17話 半年間は訓練した
ヨグが屋敷を購入して半年が経過した。以前は雑草が生い茂っていた庭は綺麗に刈り揃えられている。庭師がいないため、殺風景ではあるが雑草だらけよりは良いだろう。
屋敷も壁の蔦は払われて、汚れもないので新築のようだ。
皆がせっせと掃除をしてくれたお陰である。そろそろ冬になろうとする季節。風は肌寒くなっており、厚手の服が必要になるだろう。
ヨグは庭の隅に座禅をして、日課の訓練をしていた。体内の闘気を練っていき、マナを体内に循環させていく。
二つの力を同時に扱い、その額には薄っすらと汗をかいている。
規則正しい呼吸をして、人差し指に力を集めていく。紅く輝く闘気と蒼色のマナが生み出されて、螺旋を描くように交差する。
俺はふぅと息を吐き、慣れしたんだ力を解放する。茶髪に茶目の平凡な容姿が、髪の毛は磨いた銀のように変わり、その瞳は碧眼へと色を変える。
『神気』
二つの力が合わさると、純白色となって人差し指の上に小さな白い宝石へと変わった。
「ふぉぉぉ、お見事ヨグ。遂に『神気』を使えるようになった」
パチパチと拍手をしてくるのは、トゥスだ。オレの作り上げた神気の塊を見て感心している。
「どうも。でも以前は普通に使えてたからなぁ」
人差し指を振ると、宙に浮いていた宝石は霧散して消えた。
コキコキと首を鳴らして立ち上がり、虚脱感を感じてクラリとくる。まだまだ体力もマナも足りていないようだ。
「その歳でそれだけできれば充分。それに『神気』を使えば体力とマナを消費して、超回復で二つを増やすことができる」
ブンブンとおさげに纏めた蜂蜜色の髪の毛を子犬のように振って、トゥスは拳を握ると親指を立てる。
まぁ、それがこの力の利点だよなと俺は苦笑して、伸びをする。あんな体勢だと身体が固まっちゃうよな。
「あ〜! また銀髪に変わってる! かっこいいモードだ〜」
屋敷に戻ると、パタパタとイータがやってきて、俺の姿を見ると指を向けてきて声をあげる。人を指差してはいけないぞ、イータ。
そうなのだ。俺は失敗作ポーションにて、闘気とマナの両方を使えるようになった際、銀髪碧眼へと変わった。
「銀髪碧眼だと二枚目に見えるマジック」
「誰がマジックだ、誰が。たしかに見た目は少し変わったけどな。顔立ちは変わらないよな?」
コツンとトゥスの頭を叩きながらイータへと確認すると、アハハハと空笑いで返してくれた。正直に言ってごらん、怒らないからさ。
俺の無言の圧力に負けて、頬をかいて困ったように感想を口にする。
「え〜と、かっこよくというか、女の子にも見えるぐらいに可愛らしくなってるよ。パッと見、男の子か女の子かわからないぐらい」
「イータ、そこは正直に言う。よーく見ないと男だとはわからないと。人によっては裸を見ないと男だと信用してくれないはず」
「マジか……」
そうか……本来はもう少し歳をとってから失敗作ポーションを飲んで容姿は良くなった。ぼんやりとした平凡な顔つきから、少しなよっとした優男のようになったと仲間から言われたものだ。
子供の頃に飲んだから、優男よりも女の子のような容姿になったと。
たしかに同年代の中では背丈は低く、幼い顔つきが女の子のように見えるのかもしれないな。
「でも、外見が良いのは力だから別にいっか」
世間は人の中身が大事というが、話さないとその人の性格などわからない。しかも一回しか会わない人は大勢いる。その場合は外見が良いのは強い力となるのである。
「とはいえ、今のままだと攫われたりしそうですから、抑えておきますか」
神気を抑えて、姿を戻す。再び茶髪茶目の平凡な容姿に戻っていく。もっと鍛えたら、この手は使えないだろう。どう抑えても体内に神気が残るからだ。でも、今の少ない体力とマナなら大丈夫だ。
しかし戻れなくなった時は、大体の敵は倒せるか逃げるかできるので問題はない。
見慣れている二人は特に何も言わず、イータがもじもじと何かを背中に隠して、俺を見てくる。ふむ? なんだろう。
「どうしたんですかイータ?」
「えへへ、ジャジャーン! 遂に全ての文字を書けるようになりました!」
背中から紙束を取り出して、イータは俺に押し付けてくる。受け取った紙束をパラパラと捲り、ほほぉ〜と感心してしまう。
まだまだ拙い文字だが、全ての文字がしっかりと書かれている。半年で文字をマスターするとは、なかなかやるね!
「お見事です、イータ。これなら代書屋とかになれますよ」
うちの子供はとても頭が良いよねと、頭を優しく撫でてあげる。エヘヘと気持ち良さそうに、イータは、目を瞑って撫でられて嬉しそうな笑顔になる。
その姿は我が子を愛でる父親であった。
「タルクもできるようになったって! それよりもお料理の練習の方をしているけど。どうやら料理人になりたいみたい」
部屋に戻りながら、イータが皆の様子を教えてくれる。ふむふむ、まぁ、文字はそれぐらいできれば良いだろう。
「それよりも料理人ですか……。料理人は狭き門ですからね……。基本は貴族の屋敷で奉公することになります。平民だと金持ちの商人とかになりますし」
競争倍率高いからなぁ。スラム街出身の平民を雇うところはないだろう。
「うぅーん、ここはどこかの没落貴族の養子にして、アンダーカバーを作った後に、料理人の奉公に………虐めに合わないように、しつかりとした優しい料理人の所が良いかな」
「あの……タルクは小さなレストランとかでも良いんじゃないかな?」
「駄目ですよ! タルクの天才的な料理の才能を活かすためには、ちゃんとした環境が必要です。小さなレストランなんて、お客が来なければすぐに潰れるんです! 特に酒場兼用ではないレストランは半年以内に潰れることが多いんです」
なぜかイータが苦笑気味に、肩をつついてくるので、顔を近づけて反論する。うちの子は天才的な料理の才能を持っているんだよ? この間は一人でオムレツを作れたしね! 少し焦げてたけど、竈で焼くのは怖ろしく大変なんだよ。
「はぁ〜、なんだかすっかりパパみたい。こういうの親馬鹿っていうのかな?」
「ヨグは過保護すぎ」
「過保護じゃありませーん。父親が家族を守るのは大事ですよね?」
イータの言葉に、なぜかトゥスが同調するけど失礼な! 子供を守るのは父親として当然でしょ。
父親って言ってるしと、呆れた顔になるイータ。おっと、少し暴走したかも。
てくてくと食堂に着くと、既にタルクが来ており、お皿に料理を盛っていた。
「あ、皆来たんだね。ちょうどご飯ができたよ。お昼だから軽くペペロンチーノにしてみたんだ」
大皿に山盛りで入っているのは、ペペロンチーノだ。茹でたてのようでホカホカと湯気がたっている。野菜炒めとスープが人数分置かれていた。
「ほら、イータ。まだ11歳なのにペペロンチーノを作れるんですよ。天才です!」
ここは王宮料理人に奉公させないとな……どんな方法があるかなぁ。
「うん、半年でヨグはすっかりお父さん」
「アハハ、だね。あんまり暴走しないように見守らないとね」
わかってないな、二人とも。やれやれ、タルクの才能が見抜けるのは俺だけみたいだ。
「そういえばギタンたちは?」
いつもお昼には我先にと来るのに、姿を見ないね。腹ヘリ子供なのに珍しい。
「冒険者ギルドで、簡単な依頼をしてくるってさ」
「えぇっ! 護衛の冒険者は雇ったの、あたっ」
「過保護すぎ! なんで冒険者が冒険者の護衛を依頼して、依頼を受けるの!」
ぽかりとイータに殴られてしまった。どうやら本気に思われたみたいだ。
「さすがに冗談ですよ。とはいえ、危険な依頼は受けてほしくないですけどね」
「ヨグの言葉は冗談に聞こえないの! でも、危険な依頼は受けないと思うよ。半年前はひどい目にあったから街中の仕事にするって言ってた」
苦笑して肩をすくめると、プンスコと頬を膨らませて怒るイータ。ギタンたちは考えているらしいので、安心する。
「あぁ、それなら問題はないと思います。とはいえ文字の勉強もして欲しいのですが」
大皿からどっさりとペペロンチーノを取ると自分の皿に盛りつける。皆も同様に取り分けて、食べ始める。
うん、なかなか美味しい。この歳でこれだけの物を作れるのは天才だと思うんだけどなぁ。
「読むことはできるようになったし、名前は書けるようになったって言ってたよ。二桁までなら計算もできるかな? ちょっと不安だけど」
「………それなら充分ですか。ギタンは冒険者の仕事に就くつもりですかね?」
「だってお仕事ないよ? 奉公するにも、もうギタンは13歳になったし」
イータのセリフは芯をついている。通常、平民の奉公は10歳からだ。ギタンは体も大きいし、歳を誤魔化すのは難しいだろう。
でも、そんなもんは無視すれば良い。金貨を見せつければ……駄目か、そんなことをしてもギタンたちのためにはならない。
となると、冒険者として金を稼ぎ、歳をとったら田舎に大きめの田畑と農奴を買って余生を暮らすのがパターンだ。
確率的には数%。お勧めできないよな。
とすると、もう一つの可能性を考えよう。それは何かというとだ。
名前を売って、どこかの貴族の騎士としてスカウトされるか、国の兵士になるかだ。そのパターンだと成功率は2割ぐらいだ。
無理そうに聞こえるが、その2割に入れる簡単な方法がある。
『契約』だ。これならたとえ最低ランクの戦闘系『契約』でも雇われる可能性は極めて高い。
「『契約』を試してみましょうか。イータやタルクも試してもらいたいですし」
「『契約』だって? でも『契約』は高いだろ? それに成功するとは思えないよ」
フォークにくるくるとパスタを巻くことに集中していたタルクが俺の呟きに反応して困惑した顔になる。まぁ、世間一般の考えだとそうなるかもな。
「タルクは勘違いしてますよ。『契約』は戦闘系が有名だから、そう思うのは無理もありませんが、『契約』にも様々な種類があるんです。そうなると成功確率が大幅に上がります」
商人とか少し裕福なら平民でも知っている内容だ。だから結構『契約』をしている魅人は多いんだ。
それこそが虐げられていた魅人が街まで作れた理由だからな。
それじゃあ、明日は皆を連れて魔石屋巡りをするかな。良い魔石があると良いんだけど。