16話 追放されても、覚醒しない男
王都の貴族街は王城を中心に円状に存在する。さらに川を挟んで外周に平民区画、隅にはスラム街がある。
貴族街では、貴族を守るために外側は騎士たちの住む屋敷となっていた。領地を持たず、国か貴族に雇われるのが騎士だ。その中で王家に仕える騎士家だけが、貴族街に屋敷を持っている。
貴族に雇われている騎士よりは、無論のこと国に雇われている騎士の方が偉い。王家直属の騎士団は先祖代々の武門であり、貴族の騎士よりもワンランク腕も高い。
その中で、一つの騎士家があった。川辺に存在し対岸には金持ちの平民の屋敷が見える。周りは同じような騎士家の屋敷で、その規模は対岸に見える平民の金持ちの屋敷よりも小さいが、王家に仕える騎士は貴族扱いされているため、それでも貴族の一員だと誇りを持っていた。
そのため、家の誇りを守るために過剰なる淘汰が行われることが多い。
今もその淘汰が行なわれていた。
庭兼訓練場たる広場に二人の男が立っている。二人とも鎖帷子を身に着けて、人が持つには重すぎる大剣を片手に持っており、同じような装備をしていた。
二人とも若い。一人は17歳程度で大柄の男だ。背丈は二メートル近く、筋肉は鍛えられてその顔は熊のようにごつい。口元に浮かべる薄笑いは凶悪なものだ。背を丸めて噛みつきそうに対面の男を睨んでいる。
もう一人は歳は16歳。背丈は平均よりも少し背が高く、爽やかな笑みが似合う顔立ちだ。体つきは平凡で、少し弱々しいが、背すじを伸ばし凛とした様子で堂々と立っている。
二人の青年の間に、壮年の男が立っており、その厳しい目つきが威厳を見せていた。
「それでは騎士後継の試合を始める。二人とも準備は良いか?」
「あぁ、準備は万端だ。くっくっくっ、おい、試合の結果はわかっているんだ。やめといた方が良いぞ?」
熊のような青年はガルルと唸って、片手に持つ大剣をブンと振る。一振りで風が巻き起こり、砂煙が舞う。
「ショウ兄さん、こんな試合をするなんて……それほど力を見せたいのかい?」
「当たり前だっ! この俺様の力を見て驚愕するんだな、バニン!」
ゲヘヘと笑い、ショウと呼ばれた熊のような男は身構える。
「クッ……兄さん……」
沈痛な顔でバニンが呟き、大剣を両手でなんとか持ち上げる。明らかに大剣を持つ筋力はないが、それでも無理矢理装備しているようだ。
二人を見比べて、壮年の男は手をあげる。
「では……はじめっ!」
「おっしゃあ! いくぜバニン」
「あぁ、勝負だ兄さん!」
ショウがドスドスと走り、雄叫びをあげてバニンに襲いかかる。大剣を軽々と振り上げて間合いを詰めると、顔を真っ赤にし全力で振り下ろす。
「ぬぅぅりゃぁぁぁ!」
「グウッ、重いっ!」
なんとか大剣を持ち上げると横に構えて、バニンはショウの大剣をなんとか受け止める。ズシンと身体が沈み込みバニンがよろけるのを見て、ショウはウハハと哄笑し、力の許す限り大剣を何度も振り下ろす。
「見たか、バニン! これこそが俺様の力! 騎士になるべくしてなる筋肉の力だっ!」
ガインガインと金属音が響き、バニンの大剣を折ろうと攻撃を続ける。攻撃を受け止めるバニンは、耐えきれずに今にも崩れ落ちそうに見えた。
第三者が見れば、確実にショウと呼ばれた男が勝利すると予想するだろう。
しかし、よくよく見れば違った。汗だくで必死なって攻撃を続けるショウに比べて、バニンは汗一つかかずに、涼しい顔をしていたのだ。
「ふっ、残念だよショウ兄さん! 本当に残念だ。今日で無駄な努力をする間抜けな姿を見れないなんてさ」
余裕の笑みにその口元が変わると、バニンはマナを込めて呟く。
『契約』
その呟きと共に、バニンの身体が膨れ上がっていく。その肌には硬い針金のような毛皮が生えていき、顔は猪となり牙が生える。背丈が伸びていき、ショウの背丈を大きく超える。
手に持つ大剣を軽く振ると、あっさりとショウの攻撃を弾き返してしまった。ショウは顔を顰めて後退り、大剣を構え直す。
「ぶもももぉぉぉ! 『契約』が使えない雑魚では騎士にはなれない! オーク級の僕には敵わないんだよ!」
ズシンと踏み込み、牙を覗かせてバニンは嘲笑う。巨漢の魔物と化した男は、膨れ上がった筋肉を見せつける。
「くっ……ろくに筋肉を鍛えないで、さぼって女漁りだけしてる野郎が!」
「魅人の僕たちが『契約』以外で、どうやってエルフやドワーフ、凶悪な魔物に対抗するんだい? その程度の筋肉で戦えるのかい? マナも筋肉も何もかも敵わないんだ」
「『闘気使い』なら負けることはないっ! うぉぉぉぉ、フンガー! 目覚めよ、俺の闘気! 敵を倒す力よ、覚醒せよ!」
吠えるショウにバニンは嘲笑う。
「『闘気使い』なら、たしかに対抗できるだろうよ! でも『闘気使い』になれるのは、『契約』ができる魅人よりも遥かに少ないんだ。『契約』ができなかった兄さんでは絶対に不可能だよ!」
大剣をぶつけ合い、火花を散らし二人は戦う。お互いに剣術ではなく、筋力頼りの荒々しい戦闘だ。
だが、巨漢同士の戦闘には相応しかった。
しかしショウとバニンの戦いは、あっさりとバニンに天秤は傾いた。全力で打ち合う二人だが、ショウはすぐに息切れして、バニンはまったく疲れた様子を見せなかったのだ。
力もバニンの方が上であり、打ち合うたびに弾かれてショウは無理矢理崩れた体勢を立て直し大剣を振るうが、オークの身体はまったく揺らぐことがなく、余裕であった。
「ふんっ!」
バニンが振るう一撃に、ショウの大剣は大きく弾かれて遂に手から落としてしまう。
ショウは悔しげに痺れた手で大剣を拾い上げようとするが、もはや疲れきった身体では持ち上げることはできなく、取り落としてしまった。
足も震えてショウは膝をつき、ぜぇぜぇと息切れする。
その様子を見下ろして、バニンは牙を剝いて嘲笑う。
「見たかい、兄さん。オーク級の力を!」
「くそっ! 猪の癖して牛みたいな鳴き声をあげやがって! ずるいんだよ!」
「ふっ、無様だね、毎日毎日筋トレを行い、僕が女の子を連れてきたら、わざとらしく掛け声をあげて剣を振るっても、汗苦しいから女の子は振り向かない。全ては無駄だったんだよ!」
「うるせーっ! うるせーっ! 聞こえねーっ!」
バレてたのかと、一際大きく叫んでショウはバニンを睨みつける。猪の顔を歪めて楽しげにバニンは笑い、ショウを蹴り飛ばした。
「グウッ」
メシリと胴体にバニンの脚が食い込んで、その威力に苦悶の表情となってショウは蹲ってしまう。
「そこまでだな。勝者バニン! 今日からバニンが我がゴス家の次期当主とする」
壮年の男、ショウとバニンの父親は試合の終わりを口にするのであった。
そうして壮年の男はショウへと近づくと、痛みに呻く様子を見えないかのように、冷え冷えとした声で告げる。
「『契約』一つできない役立たずの貴様はもういらん! せめてコボルドで良いから『契約』ができれば、どこかの貴族の騎士に推薦したのだが、それさえできないお前など勘当だ!」
「親父っ! 見た目からいっても、俺は騎士に相応しいだろ! 勘当しないでくれ」
勘当の言葉にショウは涙目になるが、ごつい熊のような男が涙目になっても、まったく父親は同情してくれなかった。
「大剣と鎖帷子はくれてやる! 後はどこぞなりと行くんだな! 今すぐにな!」
「野垂れ死にするんだな、兄さん! いや、もう兄さんでもなんでもない。ただのショウ! ぶもももも」
「ぬぐぐぐ……ちくしょー! 俺が『闘気使い』になったから戻ってきてくれとお願いしても、もう遅いんだからな! たかだか召使い一人しかいねー、しょぼい家のくせによぉぉ」
うぉぉぉと叫びながら滂沱して、ショウは走り出す。うぉぉぉ、うぉぉぉと屋敷の外に走り出し、ぐるりと反転すると屋敷の中に入っていき、財布を取り出し、鞄に服を仕舞い、金目の物を持っていこうとして、父親に殴られて、また屋敷から去っていくのであった。
「バーカバーカ、あーほあーほ、猪が狩人に狩られろ!」
そうして、ショウ・ゴスはゴス家から追放されるのであった。
◇
ショウ・ゴスは川を渡って対岸に辿り着くと、トボトボと街中を歩いていた。
熊のような男の威圧感に、皆はこわごわとした顔で距離をとっていたが、ショウは俯いており気づかなかった。
「俺を追放するなんて、見る目がない親父だよな。未来の俺は『闘気』を使えるようになるんだ、そして出世をして見返すんだ」
暗い顔はしておらず、うへへと顔を緩ませて、スキップまで始めてしまう。
スキップというか、荒ぶる熊の踊りに見えるので、ますます周りの人々は怖がり、衛兵を呼ぼうかしらとヒソヒソと話していた。
追放されてもまったく落ち込んでいないショウであった。
ショウには確信があった。未来における自分の輝かしい姿が予知とも言って良いレベルで。
「俺はこれから覚醒する。くくくく、そして『闘気使い』になり、出世街道をまっしぐら。最強の名を欲しいままにする」
石畳を歩きながらブツブツつぶやくショウ。そろそろ衛兵が遠巻きに見て来ていたが、幸せな未来を思い浮かべて気づかない。
ショウはこれから『闘気』に目覚める。そして溢れる体力を闘気に注ぎ込み、魔物退治で活躍するのだ。そして、国のお偉いさんに目をかけられて出世する。
「ふへへへ、兵士界隈では、俺は『闘気使いの暴れ熊』と二つ名で呼ばれ、騎士副隊長まで出世。そして準男爵の爵位も貰えるようになる。独身の未来はきっと妄想だから気にしなくて良いよな」
そう。ショウは兵士の間では無敵と呼ばれていた。騎士の間ではそこそこの腕前と呼ばれていたが。
そして、騎士家のバニンにドヤ顔で会いに行って、戻ってきてくれとお願いしても、もう遅いと伝えてやるのだ。
幸せそうな家庭を築きやがってと、余裕の笑みを浮かべて、家族の夕飯時間に乗り込んでやるのだ。なぜかモテない将来で独身のままだったので、何度もバニンに会いに行ってやるのだ。可愛らしい奥さんに子供までいやがって、こんちくしょう〜!
「うはははは! それでは栄光あるこのショウの未来を目指して、何かが起こるまで冒険者でもしてるか」
どうやって覚醒したのかは、よく覚えていない。たしか魔物の群れに襲われたような……。
「まぁ、冒険者になればなんとかなるだろ! 魔物の群れにも絡まれるかもしれないしな!」
うへへへと含み笑いをして、冒険者ギルドの扉を潜る。
「ふへへへ、未来の騎士副隊長ショウ・ゴス参上!」
これからの未来を思って、ショウ・ゴスは高笑いをしてドスドスと中に入るのであった。
そして、何も起きずに半年が経過した。




