13話 回帰保険の保険員になります
せっせと皆は庭の剪定をしていた。剪定というか、草むしりか。雑草をブチブチ抜いて、笑顔で働いている。陽射しの下で、根を掘り返して、草を切り、ポイポイと籠に入れていた。
どうやら自分たちでやれることを探し始めたみたいだ。良かった良かった。皆の嬉しそうな顔を見て、思わず笑みが溢れてしまう。
「働き者ですね、皆」
「働いていないのはヨグだけ」
「家具を設置しているだろ」
トゥスが『亜空間ポーチ』から取り出す家具をせっせと配置していく。屋敷の中には業者にあまり入られたくないから、二人で運んでいるのだ。カーテンや絨毯は後でイータたちと運ぼう。
とりあえず早く住民が住んでいる風に変えたい。ガランとした屋敷は外から見ても不自然だしな。
「それにしても呆れた。鉄箱にはぎっしりと金貨が詰まっていたのに、もう3割ぐらいしか残ってない。浪費し過ぎだとトゥスは思う」
「まぁ、湯水のように使ったからなぁ。俺もこんなにもド派手に使ったのは初めてだ」
非難の声をあげるトゥスに、肩をすくめつつ応接間にソファを置くと、ぽすんと座る。ふぅと深呼吸をして、真剣な顔へと変えてトゥスを見る。
そろそろ真面目な話をする時だ。
「トゥス、契約の話を聞きたい」
「むふーっ、その言葉を待っていた! 契約する気になった?」
俺の言葉に興奮して、ふんふんと鼻息荒く対面のソファに座る。具体的な話を聞きたい。支払いってどういうのなんだよ。
「『回帰保険』の支払い方法は簡単。契約者がもっとも大事にしている物を支払う」
「大事なもの? 人生とかか? それか子供たち?」
「掛け金、即ち捧げる『信仰心』の額によっては可能」
なるほどな。もちろん人生とかなら、莫大な『信仰心』が必要なわけか。
「とはいえ、トゥスはこの世界ではモグリの神、外ツ神だったから、信者は少なかった。契約者もそこまで掛け金をかける者は稀。普通は物品や知識など」
「物品かよ。なるほどな、だから俺を雇おうと思ったわけか」
剣とかなら神様の奇跡必要ないもんな! 何というパワープレイ。こいつ本当に神様? せこいにも程があるぞ。
「そう。それならコストダウンになるから。そして支払った際に契約者に預けてある保証金を回収する」
俺のジト目光線を気にせずに、トゥスは説明を続けるが……保証金?
「保証金は保険が支払われない場合のために、契約者本人の魂に預けてある。支払う前に死んだ場合は来世でちょっぴり良いスキルがつく。頭が少し良くなったり、運動神経が良くなったり」
「酷えな、死んだこと前提かよ。まぁ、トゥスを見ている限り、頭の良くなるスキルは眉唾もの、こら、頭突きをするな!」
「ふぉぉぉ! 全知なるトゥスを馬鹿にするものに神罰を!」
身を乗り出して突進してくるトゥスを防ぎつつ、話を続けることにする。滑らかな金髪が頬に当たってこそばゆいだろ!
「物品なら簡単だな。そして回収した『信仰心』から9割が俺に支払われる手当てとなると。納得した」
「ヨグが1割に決まってる!」
「なんで俺が1割なんだよ。俺が9割! これは譲れない線だからな! 早く子供たちに会いたいんだよ!」
「無理だから! 叶えるぐらいの『信仰心』を集めるにはドカンと大きな掛け金を支払っている顧客に保険を支払うしかない! そして今のヨグでは天地がひっくり返っても無理! 報酬は3割にして、報酬とは別に2割は『成長』の奇跡に充てる!」
クッ……。なんか本当っぽいな。それなら仕方ないが……『成長』の奇跡だって?
「契約の報酬の話はおいておいて、『成長』の奇跡とはなんだよ?」
「強くなれる。新たな能力を付与したりする。例えば『蟻でもできる剣の初歩』とか『豆腐でも使える初級魔法』とかの本の記憶を頭に流し込む。それか僅かな閃きとか。天才に閃きは必要」
自慢げに告げてくる女神の顔は得意げで嘘は言ってなさそうだが……本の内容かぁ。神様基準だから凄いのか?
「とりあえずヨグの今のステータスを見る。『ステータスオープン』と口にして」
「ん? 『ステータスオープン』?」
なんのことやらと思いながら口にすると驚くことが起きた。
ガバッとトゥスがテーブルに身を乗り出したのだ。……何をしているんだろ?
そっと横から覗くと、なにやらペンみたいな物を手にして、紙に書いている。なんじゃらほい?
「むー! 覗くの禁止! 書き終わるのを待って!」
キシャーと、餌を奪われそうになって怒る子犬のようにトゥスは八重歯を剥く。
「わ、わかった」
なんか大切なことらしいので、お尻をフリフリご機嫌なトゥスを眺めること暫し。
「書けた! ジャーン」
厚手の紙を嬉しげにテーブルに置いてきた。何を書いていたんだ?
紙にはこんなことが書いてあった。
魅人
体力:80
マナ:16
信仰心:0TP
スキル:神官1(トゥス神)、剣士1、闘士1、魔法使い2、錬金術師3、超戦士0(未覚醒)
「これはヨグのステータス。スキルは10段階。1は最低の初級、2が見習い、3が一人前、4がベテラン、5が達人で6が天才。他は今は説明不要」
そうか、俺のスキルや身体能力を数値化したと。まぁまぁ良いところを突いてきていると思うぜ。
「超戦士ってなんだ?」
「本来は同時には扱えないはずの闘気と魔法を操れる者。ヨグは凄い。その改造人間っぷりに使徒となる素質を垣間見た」
むふふとちっこい手を口元につけて笑うトゥス。あぁ、だから超戦士か。納得したけど、俺は軍の失敗作ポーションのおかげで選ばれて、記憶を持って過去に来れたのかぁ。何というかビミョー。
TPは聞く必要はないな。トゥスへの『信仰心』のことだろ。
「あ、ヨグの名前を書き忘れた。ここに書いておいて」
「あぁ、ここか?」
ペンを渡されたので、ステータスの上に書いておく。……はっ! 失敗した! これは罠だ!
「その紙返せ!」
「とぅっ! この紙は返さない。むふふ、契約は成立した!」
ひったくると、すぐさま『亜空間ポーチ』に仕舞ってテーブルの上で高笑いをする女神。
「フハハ、あの紙は契約書。いつまで経っても契約しないから、天才なるトゥスは罠を張った。見破ったとおり、あのステータス一覧の後ろにはもう一枚契約書があった。これは控えだからあげる」
ひらりと差し出された控えを悔しみながら読む。まさか、こんな古典的な罠に俺がひっかかるとは!
契約書を読むと、さっきのとおり、3割が俺の報酬で2割がスキルアップやTPに変換出来ると書いてあった。今度は気をつけて読んでいくが、罠はなさそうだ。
「仕方ない……。TPってのは?」
罠がないように、やはり聞いておこう。
「『信仰心』をTPに変換できる。レートは10:1で。『信仰心』さえあれば、高位神聖魔法も使えるのがトゥスの良いところ。他の神々では無理」
「他の神々の『低位回復』の消費は?」
たしかトゥス教は3000TPだったな。
「5マナぐらい……」
そっぽを向いて口笛を吹く女神。ボッタクリが判明した瞬間でした。
そりゃ流行らないわけだ。誰だって他の神を信仰するよな。
白い目を向けると、あわあわと必死になってトゥスは弁明してきた。
「外の神はいちいち多元世界関税がかかるの! だから値段を高くするしかない!」
「本当に神様なのトゥスは?」
どこかの国のお偉いさんと言われても、納得しちゃうかも。どこの世界でも税金は厳しいのな……。
「哀れみを持って見ない! トゥスは神様! それにここの世界の神聖魔法は今ではマナ消費率が高くなっている!」
「なに? どういうことだ?」
「クロノスたちがいなくなったことで、神様経由での神聖魔法は使えなくなって、補助信仰心がなくなったからダイレクトに自分の多大なマナを消費しないと発動しなくなった。今はきっと10倍ぐらいのマナを消費させないと発動不可能」
可愛らしい顔で、エグいことを平然と宣うトゥス。それはやばくないか? 神官たちが大騒ぎするだろ。病にかかった人たちはどうするんだよ。
恐れ慄く俺に、自分の会話を全く気にすることはないトゥス。やばい、この子は見た目以上にアホか……危険だ。
「どうせ神官たちはボッタクリで、すっかり腐ってた。時と力を司るんじゃ、善なる者以外も神聖魔法を使えちゃう!」
バンバンとテーブルを叩いて、トゥスはもっともらしい言い訳を口にする。でも一理あるな。
「……たしかにな。神官に高位治癒を受けるのは、大金を支払える貴族か、大商人たちだけだった。庶民は錬金術師に頼っていたからなぁ。ポーションは効きめが悪いのがほとんどなのにな」
「それは薄めて売っていたから」
「大丈夫なような感じがしてきた! うん、大丈夫だろ。使えなくなった訳じゃないし! どうせ貴族たちの為に神官は頑張るだろうしな!」
なんかトゥスが口にしていたけど、なんのことやら。その分金額も安かったから結構売れてたんだぞ。
まぁ、話はだいたい理解した。後は実践あるのみだな。
「トゥス、契約をすることに決めた。『契約』しよう」
「その思い切りの良さがヨグの良いところ」
トゥスがテーブルから降りて、俺の前に立つ。
さて、『契約』か。久しぶりだな。俺は『契約』はできなかったから、少し楽しみだ。
もちろん『契約』の魔法陣はソラでも書ける。モグリで『契約』の儀式をしていたんだ。お金になるので。
知らず緊張で喉がごくりと鳴る。古今東西、『契約』で、神様と契約をした者は聞いたことがない。神様の使徒が良いところだ。
人差し指を天へと向けてマナを込めると、スルスルと書いていく。意思の力により、複雑な幾何学模様の魔法陣が描かれていき、やがてふたりを覆うほどの大きさへと変わっていった。
準備はオーケーだ。深呼吸をして、俺は口を開く。
「我、ヨグは汝と契約する。生命とマナの続く限り、汝と共にあらんことを」
トゥスへと微笑みとともに手を差し出す。粉雪のようにマナが魔法陣から降り出して俺たちに降り積もっていく。
ロマンチックな風景の中で、トゥスが手を差し出して………差し出さないな。
なんかジト目で睨んできているな。
「誓う、は?」
「契約をしよう、トゥス」
「誓う、は?」
「誓いたくありません」
微笑みながら正直に伝えておく。この女神様にそんな契約をすると、死ぬまでいそうだ誓いたくない。
「むぅ、ずる賢い。それなら願い叶う時までで良い」
「それならオーケーだ。我の願い叶う時まで、共にいることを誓う」
「汝と契約しよう、ヨグ。我が力の一端はそなたと共にある!」
俺たちの魂がマナのラインにより繋がるのを感じる。これからは共にあるとの言葉通り、二人の感覚が繋がった感じがしてきた。
「契約はしたぜ、トゥス。それじゃ最初の客へと案内してくれ」
「わかった、我が使徒よ。それでは最初に救済するべき者は……墓場で寝てる」
決め顔でトゥスは両手を広げて、神々しさを見せる。……けど、墓場? 嫌な予感しかしないんだけど?