12話 自分にできること
暗闇の中で、イータはもぞもぞとベッドで寝返りを打つ。う〜、と唸って、またコロコロと寝返りを打つが、さっぱり眠くならなかった。
「眠れないなぁ、誰か起きてる〜?」
ポツリと呟いて、暗闇の中に声をかける。カーテンも絨毯もない、ベッドだけがポツリと置いてある寂しい部屋だ。
でも今まで住んでいた場所とは比べ物にならない。隙間風もないし、寝床は硬い石床でもない。
「お〜、起きてるぞ〜」
「ぼ、僕も起きてる」
「うん、寝れないよな」
一緒に寝ていたギタンたちが振り向いて、答えてくれるので、ホッとする。どうやら寝られないのは自分だけではないらしい。
「なんか急に色々変わって落ち着かないね」
「あぁ、こんなにフカフカのベッドで寝るのは初めてだし、腹いっぱい飯を食べられたのも生まれて初めてだった」
「美味しかったよね、あのお肉。食べても食べても無くならないし」
「林檎ってシャキシャキしてて甘いんだな。いつもは腐りかけのを拾って食べていたから知らなかった」
「白パンだっけ? パンって黒パン以外にもあったんだな。石みたいにカチカチじゃないし、フカフカで口の中でふやかさなくても食べられたよ」
皆が夜に食べた料理の数々を思い出して、幸せそうな声音になる。イータも同意見だ。あんなに美味しい物があるなんて知らなかった。
夢中になって食べてしまい、大きな白パンをおかわりまでしてしまった。お腹ははちきれんばかりにパンパンだ。昼の下水道での冒険、ギタンたちは体調も悪かったし、ぐっすりと寝ていておかしくないが、寝れないらしい。
落ち着かないのだ。今までは肩を寄せ合って、寒さをこらえて生きてきたのに、急に平民権を手に入れて、暮らしが変わってしまったから。
幸せすぎるのも、また居心地が悪いのだと、イータは初めて知った。
ベッドだって、一人一つで各自に割り当てられた部屋に置かれたけど、一人で寝るなんてしたことないから、心細くて皆で寝ている。
ヨグたちは自分の部屋で寝ているので、凄いと思う。
「ヨグとトゥスって、何者なのかなぁ?」
「貴族だろ、間違いなく。だって闘気が使えて、魔法も唱えることができるんだぜ。それにあんなに頭良いしな」
「そうだよね。あの二人は頭良いし、なんか私たちとは違うよね」
ギタンの言うとおりだ。ヨグはもちろんのこと、トゥスも役所に入る時も、店で物を買うときも気後れする様子は見せなかった。
「俺達は幸運だったよな。ヨグを仲間に入れて良かったぜ」
「うん! あの時は皆が殺されると思って泣きそうだったんだから!」
薬草の仕事で騙された時のことを思い出して、ブルリと身体を震わす。容赦のない暴行を受けて、本当に皆が死ぬかと思った。
ヨグが助けてくれなければ、死んでいただろう。ギタンをリーダーとして、私たちのグループはなんとか生きていた。あのままギタンが死んだら……悲惨なことになっていただろう。
「僕も……あの時死んだと思ってた。生きてるけど」
「俺も! 怖くて怖くて仕方なかったよ。ここで終わりだって、なぜかわかったんだ。生きてるけど」
ガノンにクタンがなぜか勢いこんで同意する。たしかに死ぬかと思うレベルだから仕方ない。
「俺たちは死んだと思ったんだろ。俺も死んだと思ってた。生きてるけど」
「ぷっ、皆して死んだと思ってたんだ!」
「こ、怖かったんだけど……そうじゃなくて……確信というか、決まっていたというか、ううん、話しにくいな!」
「素直に怖かったって言えば良いんじゃないかな?」
クスクスと笑って、三人が生きていて良かったと、改めて安心するイータだった。
「でもよぉ、俺たちはご飯も貰って、こんなにも綺麗な服も買ってもらって、ヨグに対してなにができるんだ?」
「…………」
ギタンの純粋な疑問に答えられる仲間はいなかった。たしかにそのとおりだ。
力も無く、お金もない。字も読めないし、子供だ。いったいなにができると言うのだろう。
もしかしたら、集団に匿ってくれたお礼はこれで終わりと、明日にでも追い出されるかもしれない。
想像するだけで泣きたくなっちゃう。道を歩いていても人々に嫌な顔はされず、ご飯もたくさん食べることができて、綺麗な服に、フカフカのベッド。
そして何より優しいヨグ。………自分よりも年下なのに、なぜかパパみたいだなぁとか密かに思っちゃったのだ。
「やだよぉ〜。追い出されたくないよぉ〜」
「お、俺だって嫌だ!」
「僕も……」
「ヨグ、追い出すのかなぁ」
皆が不安げな声をあげて心細いと泣き声に変わる。このままじゃいけない。ヨグに頼っているだけじゃ駄目だ。
「皆、明日ヨグに聞いてみよう? ヨグは優しいから、何をすれば良いか、きっと教えてくれるよ!」
「そ、そうだな……明日聞こう!」
「それじゃぐっすりと寝て、明日聞こうね!」
フンと気合いを入れると、ガバッと毛布をかぶり目を瞑る。なにができるかヨグに聞かなくっちゃね!
◇
朝日が昇り、すぐに目を覚ますとイータはヨグの元にバタバタと向かった。ギタンたちはぐっすりと寝ており、昨日のことがあるから起こしはしなかった。
どこにいるのかと思ったら、窓越しに庭に座るヨグの姿が見えたので外に出る。何をしているんだろ?
「ヨグ……」
声をかけようとして、躊躇ってしまう。ヨグは規則正しい呼吸をしながら、汗びっしょりになっていた。その体からは熱気が僅かに感じられる。なんかお話とかで聞くしゅぎょーとかしているみたい。
「ふっ、ヨグは今闘気を練っている。ついでにマナも体内に駆け巡らせてる」
「なんか凄いしゅぎょー?」
「そう。今のヨグではろくに戦えないから、訓練をしている。闘気とマナの同時発動は本来は無理だから、練習あるのみ」
後ろに振り向くと、トゥスが真剣な顔で人差し指を立てていた。トゥスもしゅぎょーをしているのだろうか?
「トゥスは何をしてるの?」
疑問に思って、コテリと首を傾げると、トゥスはフンスと答えてくる。
「奇跡を使う準備。ふぉぉぉ」
クワッの目を見開くと、ちっこい手をぐるりとまわして叫ぶ少女。
『聖雨』
トゥスの目の前に光り輝く魔法陣が描かれると、見たことのない作りの長方形の小屋がせり出してきた。な、なにこれ?
「覗かれないように見張ってて」
がチャリと、ドアをあけるとトゥスは入ってしまい、暫くすると水の流れる音がしてきた。な、なんだろう? どんな魔法なんだろ? トゥスも魔法使えたんだ!
ヨグはしゅぎょーをしているし、トゥスは中に入って出てこない。オロオロとしちゃうイータである。
そばかすの顔をヨグに向けて、トゥスの入った箱に向けてと、交互に行う事数十回。暫くすると、ようやくのことヨグが目を開いてくれた。
「おはようございます、イータ。よく寝れましたか?」
「うん! よく寝れたよ、ギタンたちはまだぐっすり」
ヨグの優しい微笑みが、なぜか年上の微笑みに見えて、てれてれと照れてしまう。異性として嬉しいのではなく、死んでしまったパパに微笑みかけられるような、暖かい笑みで心がポカポカするのだ。ヨグは年下なのに。
「あれだけのことがありましたから、仕方ありません。で、これはなに?」
笑みが消えて、半眼になりヨグはトゥスの入った小屋を指差す。そうだよね、これなんだろう?
「わからないけど……トゥスもしゅぎょーとかしているのかも!」
なんか水の音もするし、危険なしゅぎょーかもしれない! 拳を握り締めて興奮気味に言うが、なぜかヨグは頭を振ってきた。
「いえ、トゥスが朝からそんなことをするとは思えません。あ、出てきましたね」
話している間に、髪がびしょ濡れのトゥスがぽてぽてと出てきた。髪から水滴が滴り落ちている。
やけにさっぱりとした顔のトゥス。なんか肌とか艶々しているよ。
「ふぅ、さっぱりした。昨日はお風呂に入れなかったから、あさしゃんは必須だった」
「トゥスさん、これはなんですか?」
糸のような細目になり、なぜか怖いヨグがトゥスに尋ねる。おぉ、なんか怖いよぉ。
「お湯で身体を洗える奇跡。それよりもヨグ、トゥスの髪を乾かしておさげに纏めて?」
ヨグの醸し出す威圧感に、まったく気づかないトゥスは、ニコリとお願いを口にする。凄い、大物だね!
ヨグに顔を掴まれてしまったけど! なんかミシミシと音がしそう!
「『信仰心』は無いって言ってなかったか?」
「トゥスのイメージを崩さないように、最低限の『信仰心』は残してる! 汚い姿だと、誰も信仰してくれない!」
じたばたとあばれるトゥスに、嘆息するヨグ。
「はぁ〜、ったく。この小屋は何分持つんだ?」
「一時間。残りは30分ぐらい?」
「イータ、この小屋でお湯を浴びてきてください。全知なるトゥス、もう一回入って使い方を教えてあげてくれ」
「む? 全知なるトゥスに任せる! イータついてきて!」
グイと手を掴まれて、私はお湯が天井から降る小屋に入ったのでした。
なんだがピカピカになっちゃった。ボサボサだった髪の毛はスラリと流れて艶々だし、小さい傷が多くて荒れ放題だった肌もプルンプルンだ。
「神の奇跡! 聖なる雨には微々たるものだけど浄化と癒しも混じってる。ヨグにも教える! 髪だけでも洗う」
後5分しかないけどと、トゥスはヨグを小屋に引っ張りこんで、ワシャワシャと髪の毛を洗う音がしてきたのだった。
ピカピカとなって嬉しくなって、るんるんと鼻歌を歌ってトゥスと手を取り合って踊っていて思い出した。
しまった! ヨグに私ができることを聞くんだった。
ヨグはどこかなと思って探したら、厨房にいて竈に火を入れていた。朝ご飯の準備をしているらしい。
昨日もそうだったけど、私たちは料理は愚か、竈に火を入れることもできない。ここは早速お手伝いできることがあったよ!
「ヨグ! 私もお手伝いするよ!」
「え? あ、はい。それじゃ竈に火を………危ないから、野菜を切って……も、手を切るかも。それじゃトゥスと踊っていてください」
「それ、一番駄目なやつ! ヨグは優しすぎます! 私たちは頼ってばかりで、いつ追い出されるか不安なの。なにか仕事をください」
私の言葉に、ハッとした顔になり、なぜか悲しげな雰囲気になるので慌ててしまう。なにか悪いことを言っただろうか?
すぐに優しい顔になるとヨグは微笑んでくれる。
「いえ、前も同じことを言われたことがありましてね。そうですね、たしかに過保護なのはいけません。それではお皿を並べてもらいますか? それと昼には大掃除をしますから、たくさん食べてください」
「うん! 頑張るね!」
「それにしても皆を追い出したりしませんよ。家族ですからね」
「家族?」
「えぇ、家族です」
予想外の言葉に、キョトンとしてしまうが、コクリと頷くヨグを見て、じわじわと嬉しさが込み上がってくる。
「家族なら追い出さない?」
「家族なんですから当たり前です。多少の我儘も聞きますよ」
家族。仲間とは言われたことはあったけど、家族はパパとママが死んでから初めてだった。
そっか、家族かぁ。それなら、追い出さないよね!
「皆にも教えてくるね!」
「えぇ、変な心配はしなくて良いですと伝えてください」
やった家族だ! 私に新しい家族ができたんだ!
イータは喜んで満面の笑みで駆け出す。皆が家族! これからは家族で頑張ろうと、皆が寝ているベッドにダイブするのであった。