11話 陽射しの射し込む道を歩こう
「す、すげーー!」
「こんな所に住めるの?」
「良いのかな?」
「ふわぁ、窓ガラスもある」
ギタンたちが目の前の屋敷を前に、感動で目をキラキラと輝かせていた。その様子が眩しくて、僅かに目を細めながら、俺はトゥスに声をかける。
「凄いな、『認識阻害』って。完璧にお婆さんだと思っていたようだし、しかも8歳と書いたのに疑問にも思ってなかったぞ」
「むふーっ! トゥスの力は神様の力! 人では違和感を感じることすらできない」
むふーっ、むふーっと得意げにトゥスは蜂蜜色の髪の毛を靡かせて胸を張る。
さすがは神様と拍手をしながら、役所でのことを思い出す。『認識阻害』を利用して、トゥスを召使いに思わせて、俺は貴族の子供のように装った。
「変哲もない服に魔法をかけて、高価な魔道具に見せかけるヨグも素晴らしかった」
「一時間で効果を失う『下位防御』をかけただけだけど、付与されていると相手が勝手に勘違いするとは思わなかったよ」
肩をすくめて、簡単な詐欺に使える技だとちろりと舌を出す。
あの部署の役人はマナ感知ができるからな。マナ感知で勝手に魔道具だと勘違いして、俺が貴族だと勘違いをするのは勝手です。
「ヨグは詐欺師になれる。トゥスの大神官にピッタリ!」
「詐欺師と大神官の才能は同じなのかよ」
トゥスの言葉に苦笑してしまうが、まぁ、言われてみればそうかもね。
とはいえ、作戦はうまくいった。金に困っていない怪しい貴族の子供に見えたのだろう。役人たちは厄介なことに巻き込まれないように、口を噤むに違いない。
普通に大金で平民権や邸を買ったら、怪しいしカモとばかりにろくでもない悪人に伝える可能性があったからね。
そして、金を惜しげもなく使ったので良い屋敷も紹介してくれた。
平民区画にしては広い敷地に大きめの3階建ての屋敷が建っている。小川を挟んで反対岸には貴族街が見えるし、衛兵の詰所も近い。
即ち平民区画でもかなり良い立地なのだ。
金は既に支払って、権利書が俺の手にはある。内容を確認したが問題はなさそうだ。俺の名義にしっかりとなっている。
「トゥス、仕舞っておいてくれ」
権利書をトゥスに手渡してお願いする。
「むふーっ、神の力を見せる時! 『亜空間ポーチ』発動!」
チャチャチャ〜と歌いながら、ちっこい手を宙に突き出すと、トゥスは踊りだす。ここが神様の見せ所だよと、体をくねくねと、両手をひらひらとダンスを踊る。
無邪気に踊る姿は可愛らしいんだけどなと、微笑みながら眺めると、権利書が宙に開いた空間の狭間に放り込まれた。
「さすがは神様。見たこともない能力だね」
何度見ても素晴らしい能力である。
「当たり前! 人には無理なこの能力。全てを仕舞い込める『亜空間ポーチ』!」
『亜空間ポーチ』はトゥスが持つ能力の一つだ。無限に品物を仕舞えるらしい。ならば敵も仕舞えて倒せると思いきや、生命体を仕舞えないように制限をかけているのだとか。残念だ。
そうしないと、生命体を誤ってしまってしまい忘れることがあるんだとか。トゥスならやりそうだから怖い。納得である。
とはいえ、この能力のお陰で、手に入れた財宝は全て回収できたし盗まれることもない。
「仕舞うところを見られても違和感も抱けないんだろ? 俺とのこういった会話はどうなってるんだ?」
少し気になることを尋ねると、ムフンと胸を張るトゥス。
「誰も違和感も抱けない。善なるトゥスはこれを悪用しての盗みは不可! ヨグとの会話は他の会話に変換される」
最初に思いついた作戦は無理らしい。トゥスの力なら、いくらでも盗み放題だもんな。………会話が変換される?
「どんな会話に?」
「トゥスを可愛いと褒め称えたり、愛していると言った会話になる」
ケロリとした顔で答えるトゥスさん。……なんだって?
「皆の前ではもう神の話はやめとくよ」
なんて酷い仕様だ! とすると俺はいつもトゥスを褒めているセリフに皆は聞こえてたのか!
ちらりと仲間へと見ると、なぜか生暖かい顔で、気まずそうに俺たちを見ていた。うん、俺がトゥスにベタぼれに見えるんだよな! ちくしょー!
ちょっとだけ顔を赤面させつつ、咳払いをして話かける。
「あ〜、備え付けの家具とかは無いし、掃除もしないとだね」
庭は雑草が生い茂っている。管理人がいたので、最低限の管理はしていたらしいけど、屋敷内に入るとガランとしており、埃が積もっていた。
それでも竈やオーブン、動きを止めた魔道冷蔵庫もあるので、まぁ及第点だ。
「家具を買うのは後回しだね。庭の剪定も臨時で庭師に頼まなきゃだけど……まずはご飯を買いに行こう!」
「お〜っ!」
皆は飛び上がって笑顔となり、喜びに瞳を輝かす。
ろくにご飯を食べていなかったもんな。今日はご馳走にしよう!
俺達はワイワイと騒ぎながら市場に向かうのであった。
◇
市場は相変わらず活気があり、熱気が凄い。
「さて、豚肉から買いましょう。塊で買いたいですね」
「ど、堂々と歩いて大丈夫かな?」
おずおずと裾を掴んでくる怯えた顔のイータ。見ればギタンたちもオドオドとしている。
そうか、彼らはスラム街の住民だったもんな。俺の子供たちも最初はビクビクして買い物には行けなかった……。
ニカリと笑みを浮かべて、わざとらしく胸を張って得意げな顔を作ってみせる。
「大丈夫ですよ。見ていてください」
皆が行き交う中を堂々と歩く。人々は俺をちらりと見るが気にせずに通り過ぎていった。昨日までの異物を見るような警戒心を露わにするような様子はない。
「ね? 皆気にしていないですよ。昨日までとは違うんです」
折り返して、身体を寄せ合って隠れるようにしている皆に微笑みかけると、イータの手を掴む。
「さぁ、ついてきてください。今の景色はきっと違うはずです」
「わっわっ」
「待てよ〜」
よろけそうになるが、すぐに体勢を取り戻しイータはぽてぽてとついてくる。ギタンたちも後をついてきて、皆で堂々と道を歩く。
子供たちの集団はカルガモ親子のように練り歩くが、やはり誰も注目する様子は見せなかった。
「だ、誰も私たちを睨んでこないね?」
今まで人々の嫌悪の視線を浴びてきたイータは、驚いている。
「えぇ、もう警戒対象ではないんです。早く慣れると良いですよ」
優しく微笑みながら、肉屋の前に辿り着く。たくさんの豚肉や鶏肉がぶら下がっており、筋肉だるまのようなごついおっちゃんが元気な声で売っている。
「ギタン、豚肉を買ってみましょう」
「うぇぇっ! お、俺か? え、か、買えるのか?」
「もちろんです。お肉売ってくれますよね、お兄さん」
俺がおっちゃんに声をかけると、キョトンとした顔になったおっちゃんは可笑しそうにワハハと笑う。
「あたぼうよ! なんだ、今日は召使い見習いの買い物の練習か? ん〜見たところ坊っちゃんがそこの坊主の先生ってところか!」
俺の服装と、ギタンたちの服装を観察して、どうやらおっちゃんはそう予想したらしい。
「まぁ、そんなものです。ほらギタン、豚肉を塊でくださいと伝えるんです」
「あ、あぁ……ぶ、豚肉をください!」
「あいよ! ここらへんじゃ見ない顔だな?」
「えぇ、最近中央区画に引っ越してきたんですよ」
「おぉ、あそこらへんに引っ越してきたのか。それじゃ、常連になってもらわなきゃな! おまけもつけて銀貨3枚だ!」
気の良さそうなおっちゃんは、豚肉の塊の他に鶏肉も渡してくるので、用意しておいた籠に入れる。『亜空間ポーチ』とやらは、できるだけ使わない。皆に買い物をしたという自覚と喜びを感じてほしい。
「さ、3枚ってどれくらいだ?」
「後で教えますよ。今は俺が支払いますね」
こっそりと尋ねてくるギタンに、安心させるように笑みを見せて代わりに支払う。算数を後で皆には教えないとな。
「ありがとうよ! それじゃまた来てくれよ!」
「はい、ありがとうございました」
元気よく手を振って見送ってくれるおっちゃんに笑顔で返して立ち去る。と、隣に来たギタンは豚肉の重さを感じて、嬉しそうに顔を綻ばせて、少しの悲しみも見せる。
「あのおっちゃん、良いやつだな……あそこらへんを歩くと、おっちゃんに怖い顔で怒鳴られるから近づかなかった」
「まぁ、仕方のないことです。今は変わったんですよ、これからは慣れてください」
おっちゃんは人が良さそうだった。怒鳴られるだけで、暴力は振るわれたことはなさそうなのは、おっちゃんの良心に違いない。
食料品店は殴る蹴る水をかけると、万引きされないように苛烈なことをする場合が多いんだ。
スラム街の住民は、隙あらば物をかっぱらう奴が多いからなぁ、悲しいけど仕方ない。おっちゃんたちにも生活がかかってるからな。
「さぁ、どんどん買っていきましょう」
再びカルガモ親子のように、市場を歩き野菜や果物、フライパンや鍋と買い集める。
そして、最後の目的地に到着した。
変わっていない。いや、一度建て替えたんだったか。以前の店も同じ作りなのか。
「ヨグ?」
「あぁ、何でもありません」
俺が目の前で立ったままでいるから不思議に思ったイータが顔を覗き込んでくるので、笑みで誤魔化すと店のドアを開く。
「いらっしゃーい!」
中に入ると元気な女の子が出迎えてくれた。僅かに面影があるな。いや、この場合は過去なんだから面影とは言わないのか?
「可愛らしい娘だったんだなぁ」
店員の女の子を見て思わず呟くと、女の子は少し赤面して、肩をつついてくる。結構強めにつついてくるので少し痛い。
「私が可愛らしいなんて、お世辞? パンを安く買おうって魂胆でしょ!」
「いえ、それよりもパンを買いに来たんですが、売ってますか?」
目の前の子はパン屋のおばちゃんだ。未来において少し豊満な体つきになるが、今はほっそりとしていて、元気いっぱいな女の子だった。年月とは残酷なものだとか言ったら、未来のおばちゃんに殴られそうだな。
「もちろん! うちのパンは美味しいから、たくさん買ってって! 美少女な私も今年からお手伝いしているから、私に会える分、他のお店よりもお得だよ!」
ウィンクしてくるパン屋の女の子。なるほど、こんな若い頃から商魂たくましかったのか。
「馬鹿を言うんじゃないよ! きちんと接客しな!」
「あいだっ! もぉ〜、同じ歳っぽいし、私に惚れて毎日買いに来るかも、あ、あいだっ、ごめんなさーい」
ゴチンとその頭におばちゃんの拳骨が振り下ろされた。めげない女の子に再び拳を振り下ろすおばちゃん。母親らしいな。
「すまなかったね、で、ご注文はなんだい? うちの黒パンは朝に焼いた物だから柔らかいよ」
「ありがとうございます。えっと黒パンではなく白パンはありますか? 白パンを6個、いや12個欲しいのですが」
「白パンかい!? たしか……まだ今日はあるけど高いよ?」
ぎょっとして、おばちゃんは俺たちをジロジロと見てきたが、白パンを買う人が少ないんだろう。
「えぇ、お願いします。中央区画に引っ越してきたので、これからは僕らの誰かが毎日買いに来る予定です。なので、用意しておいてもらえれば助かります。これは前金で一ヶ月の半分の料金です」
「ほぇ〜、わかったよ。これから毎日だね! ちょっと待ってな!」
銀貨を数枚渡すと、ホクホクして顔となり、店の奥へとおばちゃんは行った。
以前と同じく白パンを俺は買い続ける。これは俺が平民になった頃からの日課だ。
白パンが大好きなわけではない。
信頼を買うためだ。パン屋には多くの人々が訪れる。話好きのおばちゃんは何人かに俺の話を伝えるだろう。
金を持っている人の良さそうな子供だと。以前は怪しげな店を経営しているが、スラム街の子供を育てており、信用はできそうだと言ってたか。
再び信用を得るために動かなければならない。ハリボテのエセ貴族ではなく、信用できる人間と。まだ子供であるところがネックだが、やっておかなくてはいけない。
子供たちも信用を得ることができるからな。
「あいよ、白パンだ! 今日は初めてのお客ということでタダにしておくよ。一ヶ月の前金をもらっちまったしね!」
おばちゃんから白パンを笑顔で受け取りながら思う。
これからは新たな家族と共に暮らしていこう。
陽射しの射す明るい道を歩いていく。
頑張って生きていくから、子供たちよ、未来で見守っていてくれ、お父さんの活躍をな。