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5.黒い霧

「す、すいません……」


「いいよ、ちょうど休憩しようと思ってたところだったし」


 真っ赤になって倒れたシルルを木陰で休ませるついでに、ハツカは休憩をとることにした。


[髪の毛操作]で作った簡易うちわで、シルルを扇ぎながら腰を下ろす。


「そういえば、もう結構森の奥まで来たけど、ここを抜けたら隣村だよね?」


「そうですね、そんなに大きくない森ですし、あと三十分も歩けば隣村に抜けると思いますよ」


「うーん……様子を見に行ってみる?」


 隣村の行商の到着が今月は遅れていることが、少し気になっていた。


 隣村の行商のことは、薬草についての情報交換をしたりするので、自分も知っている。


 冒険者ではないので、ハツカを草むしりとバカにすることもないし、陽気だが、真面目で堅実なおじさんだ。


 毎月きっちり同じ日にリールカームの冒険者ギルドに薬草の納品に来ており、ハツカが知る限り一度もその日を違えたことは無いはずだ。


 「信用が何より大事なんでね」と言っていた彼が何の事情もなく、遅れることは考え難かった。


「そうですね、私も気になっていましたし、少しだけ隣村に寄ってみましょうか」


 一応今日の薬草採取ノルマも達成し終わっているし、木々の隙間から覗く日もまだ高い。


 ハツカとシルルは隣村に向かうことにした。




------------------




 進路を隣村に向けて数分経った頃ーー


 気付いたのは、探査スキルを使っているハツカではなく、シルルが先だった。


 急にあたりが薄暗くなり、黒い霧のようなものが立ち込め始めた。


「ハツカさんっ、止まって下さい!」


「えっ」


 どうしたのと聞こうとしたところで、[髪の毛探査]にピコーン! と反応が現れる。


「この反応は、魔物? けど、速い!?」


 この森にいるスライムでは考えられない速度で魔物がこちらに近づいてきていた。


「方向と数、教えて下さい!」


 シルルが叫ぶと同時に魔法の杖を構える。


「え、え、えっと十一時! 二体!」


 魔物と緊急遭遇した時、方向と数をパーティ全体に知らせるのは探査スキル持ちの役目だが、戦闘どころかまともな魔物と遭遇した経験の無いハツカの返答が遅れる。


 次の瞬間、黒い霧を裂いて大きな黒い塊が二つ飛び出してくる。


「プチファイア!」


 間髪入れずに、シルルが魔法を唱えてその内の一つを撃ち落とす。


 【魔法杖使い】が使える炎系の初級魔法スキル、[プチファイア]だ。


 撃ち落とされた魔物を見てみると大きなコウモリ型の魔物が黒コゲになっていた。


 図鑑でしか見たこと無いが、このキバの鋭さと大きな翼はEランク相当の魔物ブラッドバッドだろう。


「どうしてブラッドバッドがこんなところに……?」


「あぶないっ! ハツカさん」


 魔物は二体いた。


 シルルが撃ち漏らした方の魔物がハツカに向かって走るって来る。


 こちらは狼型の魔物、血のように黒い毛並みのブラッドウルフだ。


 ガルァ!!!


 大きく顎を開いて飛び掛かり、ハツカに噛みつこうとする。


 避ける暇も、[髪の毛操作]を使って防ぐ暇も無い。


 ブラッドウルフは、Dランク相当の魔物だ。


 Fランクのハツカに対処する術などあるはずがない。


 噛みつきによる痛みを覚悟して目をつぶるーーが、ブラッドウルフに噛みつかれた衝撃がこないので目を開けると。


「シルルさん!?」


 ハツカを庇ったのだろう。


 目の前にはブラッドウルフに肩を噛みつかれ、血を吹き出すシルルの姿があった。


 シルルは体ごと腕を捻りブラッドウルフを振り解きながら魔法を放つ。


「プチファイア!」


 ブラッドウルフは魔法の火の玉の直撃を避けるように、シルルとハツカから距離をとる。


 シルルの魔法を見て、油断できない相手だと判断したのか、こちらを窺っている。


「ハツカさん……ちゃんと、気を……つけないと、危ないじゃないですか」


 シルルが血を流す肩を押さえながら言う。


 その呼吸の乱れ方から、肩の傷が相当深い事が分かる。


「そんな……心配そうな目で見ないで、ください。大丈夫ですよ。ハツカさん……は、私が、守ります……」


 明らかに無理をしてる微笑みをハツカに向けながら、シルルは携帯用の回復ポーションを飲む。


 傷が塞がり肩の血は止まったようだが、失った血液までは戻らない。


 一刻も早くブラッドウルフを倒して、シルルを医者に見せないとマズいが、ハツカには魔物と戦う術が無い。


 いや、そんなことを考える余裕すらない。


 魔物といえば、スライムくらいしか遭遇した事の無いハツカにとって、初めてと言っていい凶悪な魔物との対峙。


 ハツカはブラッドウルフの牙が、爪が、その獰猛さが、自分を狩り殺すに十分であることを目の当たりにし、ただただ恐ろしかった。


 「ブラッドウルフ……は、私が、食い止め……ます。ハツカさんは、逃げて……下さい」


 そうだ、逃げないと。


 こんな魔物相手に自分が立ち向かえるわけがないのだから。


 誰かを守る英雄になんて、「黄金鎧の勇者」のようになんて、自分がなれるわけがないのだから。


 だから、目の前の彼女が守ってくれているうちに逃げないと……。


 グルルル!!!


 唸りをあげるブラッドウルフが様子見をやめ、攻撃体制に入ろうとしている。


「はやく! 逃げて下さい!」


 シルルは、ハツカを庇うように更に前に出る。


 その身体は血に濡れ、血液を失いフラつき、満身創痍だ。


 そして、その背中は恐怖に震えていた。


 ハツカは、ハッとする。


 昨日の酒場で、シルルに庇われた時のことを思い出す。


 あの時も、彼女は自分より強いゴルデオを相手にハツカを庇おうとしてくれた。


 そして今も同じように震えながら、危険な相手と対峙している。


 シルルは英雄でも何でもない、ただのギルドの受付嬢だ。


 そんな彼女がハツカを守るために体を張っている。


 比べ、冒険者である自分はどうだ?


 シルルに庇われ、後ろで震え、あまつさえ逃げようとまでしていた。


 今まで唯一自分を冒険者として認めてくれていた彼女を見捨てて逃げる?


 戦闘用スキルがないとか、Fランクだとか、草むしりだとか、そんなことは関係ない。


 ゴルデオの拳から庇うのとは、訳が違う。


 死ぬかもしれない。


 けど、それでも。


 自分が何者であったとしても、英雄でなくてもいい、せめて……


(彼女を庇える自分でいたい!)


「ハツカさん!? 何してるんですか! 逃げて下さい!」


 ハツカは、自分を庇ってくれていたシルルの前に立つ。


「……シルルさん、さっきの魔法、何発当てればブラッドウルフを倒せる?」




⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘


● 絶エズ研鑽ヲ重ネシモノ


◯ 研鑽ノ全テヲ失イシモノ


◯ ソレデモ誰ガタメニ抗イシモノ


⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘⌘

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