36.ハゲvsハゲ
「決着をつけよう。ダズヒル」
「人間ごときが決着などとおこがましい。格の違いを教えてやろう」
そう言うと、ダズヒルは足元から透明になり、その姿を徐々に消していく。
「また[透明化]? それは僕には通用しな……」
「くっくっく、そんなことは分かっている。だが、これがある」
ダズヒルはそう言うと、シルルの髪の毛を刈ったであろう剃刀を取り出した。
「剃刀なんて何に……まさか!?」
「剃刀の使い道など一つ。こうするに決まっている!」
ダズヒルは、剃刀を頭に当てると、その長い金色の髪の毛を一気に剃りあげた。
「な……、なんだって!」
ジャッジャッと、剃り残しの無いようにダズヒルは髪の毛を全て剃り終える。
そこには小脇にオッさんを抱えるハゲと、下半身を透明化したハゲが対峙していた。
「これでもう[透明化]した我を見つける術はあるまい」
冒険者ギルドでダズヒルの分身体と戦った時、ハツカはその髪の毛のみ[透明化]を解くことで彼を破った。
[透明化]したダズヒルに髪の毛が無ければ、その方法は使えない。
「そこまでするか、ダズヒル!」
あの美しい金髪を躊躇いなく剃り切るなど、口ではハツカのことを人間と見下しているが、分身体が負けた相手にダズヒルも相応の覚悟でこの戦いに臨んでいるようだ。
「くっくっく。見えない敵に襲われる恐怖、とくと味わうがいい」
そう言い残し、ダズヒルの姿は残りの上半身も完全に透明化した。
床には彼が剃った金髪だけが残される。
これではダズヒルを見つけることは不可能だ。
「主殿、気をつけろ! どこから攻撃されるか分からぬぞ」
離れた場所からメデュラが声をかけてくれる。
だが、ハツカは冷静だった。
「大丈夫だよ、メデュラ。僕はダズヒルを見つける必要なんて無いんだ」
ハツカはオッさんの頭にそっと手を置く。
「オッさん、やるよ。[髪の毛操作]!」
[髪の毛操作]のスキルが発動すると、オッさんの髪の毛全てが逆立つ。
それらは一本ずつ尖り、硬度を増していく。
「場を埋め尽くすよ。一斉掃射!」
ハツカの掛け声と同時にオッさんの全ての髪の毛が弾けるように伸びる。
それらは上下左右、あらゆる方向に伸び、この大きな広間の中でオッさんの髪の毛が通って無い場所など無いかのように満遍なく突き刺した。
柱や調度品、部屋にあるもの全てを貫きながら部屋中を暴れ回る髪の毛は、さながら小さな台風のようだ。
「ひっ!」
「あ、メデュラ。大丈夫?」
もちろん、メデュラとシルルだけは避けるように操作しているが、その鼻先を高速の髪の毛が掠めたメデュラが小さく悲鳴をあげる。
「こ、こんなことするなら先に言わんか!」
「ごめんごめん。けど、これで」
ハツカが、部屋中を突き刺して埋め尽くした
オッさんの髪の毛をシュルシュルと元に戻す。
すると、部屋の隅にドサッと何かが落ちる気配がした。
[透明化]していたそれは、徐々に姿を現す。
「ぐ……ぐはっ、な、なんてことを……」
それは全身を隈なく髪の毛に貫かれ、ボロ布のようになったダズヒルだった。
身体中に空いた無数の穴から血を流し、呻き声をあげている。
いくら[透明化]で消えていたとしても、部屋中を一分の隙もなく埋め尽くすように攻撃されては、避けることができなかったのだろう。
当然、起き上がれるような状態ではないので、這うようにしてこちらを睨んできている。
「そこにいたんだ。隠れんぼはもういいの?」
「……に、人間の分際で我を嘲けるなあ!」
「へえ、まだ思ってたより元気そうだね」
叫びながら上半身を起こすダズヒルを冷ややかに見下すハツカは、ダズヒルに手のひらを向ける。
「な、なにをするつもりだ……。貴様は髪の毛の無い我にはもうスキルは使えないはず」
「確かに、僕は髪の毛を操ることしかできないけど、問題ないよ。髪の毛は剃らずに、抜くべきだったね」
「なっ……!?」
「[髪の毛操作]」
「や、やめっ……ん? 何も起きない……我を謀ったな!」
ハツカがスキルを使うが、ダズヒルには何の反応も無い。
「いや、そろそろ熱くなってくるはずじゃないかな」
「は? 熱く? ……なっ、頭が熱……いや、痛い! なんだこれは!? ぐあああ、頭が割れそうだ……!」
ダズヒルが頭を抱え、叫びながら床をのたうち回る。
「やめてくれ! 我の頭で何が! あああああ!」
あまりの激痛に、壁や床に頭を叩きつけるほど錯乱している。
「あ、主殿、吸血鬼君主にいったい何をしたのじゃ? そやつの言うように髪が無い相手に、主殿はスキルが使えんはずじゃが……」
ダズヒルのあまりの姿に、メデュラが訪ねてくる。
「あー、髪の毛は剃っても、毛根が残ってることに気付いたんだ。髪の毛よりも反応が薄いから気付きにくかったけど、ちゃんと[髪の毛操作]が効いて良かった」
「も、毛根を操っているのは分かったが、それで……何を?」
「ん? 頭に残った毛根を超高速で回転させてるだけだよ。たぶん頭皮との摩擦熱で、頭の中で炎魔法が炸裂する程度の激痛だと思う」
「お……おうふ。な、なかなかえげつないことを思いつくのじゃな。主殿は」
少しメデュラが引いている。
「ぐ、ぐぐぐぐ……、ぐぞう、ごんなばずでは……」
そうこうしているうちに毛根が熱で溶けきったのだろう、激痛から解放されたダズヒルが頭から煙を噴きながら立ち上がろうとしていた。
全身を髪の毛を貫かれたうえに、頭への激痛で、心身ともに満身創痍といった風で、吸血鬼君主としての煌びやかさは微塵も残っていない。
「ぜっだいに、ゆるざんぞお!!!」
「それはこっちの台詞だ、ダズヒル。もう終わりにしよう」
「まだだ! まだ終ばらん!」
叫ぶダズヒルの身体の端から徐々に、黒い霧に変わっていく。
黒い霧は人の形を崩し、揺れるようにその形を変えながら、空中に留まっている。
「くっくっく。こうなってしまえば、もう貴様に我を止める術はない」
黒い霧の中心に目と口だけ実体化させ、ダズヒルは笑う。
「これが我の最後の秘術、[黒霧化]だ。貴様がいかに髪の毛を自在に操れるとはいえ、所詮物理的な攻撃に過ぎない。『霧』となった我は斬ることも、殴ることも不可能! すべての物理攻撃を無効化する!」
黒い霧となったダズヒルは、浮かれたように広間中を飛び回る。
「しかも! 今この村に残っているグール三十体にこの場へと集うよう命じた。いかに超越者とはいえ、グールの群れと[黒霧化]した我、同時に相手できるか? 最後に勝つのは吸血鬼君主である我ーー」
「いや、最後に勝つのは僕ーー【髪の毛を統べるモノ】だ」
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