1話 ハロー、女神
「うー、さむさむ。やっぱりこの季節は冷えるなー。」
そう言って、薄暗い夜道で冷えた手を擦りながら真島シンは歩いていた。
今日は週末なので仕事が終わったあとに一人で飲みに行っていたら会社の連中が同じ店に入ってきた。それだけなら別に良いのだが、どうやら若手の集まりで予約までしていたらしくハブられたということが一瞬で理解出来た。しかも自分が座っているカウンターの後ろの席に通され、連中は終始気まずそうにしていたがこちらは構わず店の店員と話しながら楽しく過ごしてやった。ハハッ、ざまぁw
そして今日も何事もなく終わり、来週もクソみたいな仕事をするのだろうなんて思っていた。
目の前にシスターのような格好をした女神を名乗る女の子が現れ、開口一番に「貴方は神を信じますか?」と、いかにもやばい発言をしてくるやつがいなければ。
『信じるものは救われる』
と、どこにでもそういう事を言う人はどこにでもいる。歴史上の人物だったり、最近なら、胡散臭い宗教の勧誘だったりだろう。
まあ、間違いなく目の前の彼女は後者の方だろうなと思っていると彼女の方から再び話しかけてきた。
「ちょっとー!聞こえてます?こんな美少女を目の前にして、シカトするなんていい度胸ですねー。あ!それとも私に見とれちゃってるんですかー?それならしょうがないですねー。そうなんでしょ?」
透き通るような綺麗な銀髪の髪に全てを赦すような優しさがありながらも、どこか無邪気な子供のような顔立ち、黙って立っていれば本当に女神と称えられてもおかしくない美少女だ。
しかし、それを全て台無しにするような、言動や仕草、完全にめんどくさいやつに絡まれた。ダルすぎる。
「あー、うん、そんなところだ」
めんどくさいからそういうことにしておこう。
長く関わっていると、変なところに連れ込まれそうだし、さっさとさよならしよう。うん、それがいい。
「ちなみに神は信じてない。では、さようなら」
そう言い残し、帰ろうとしたのだが後ろから袖を掴まれた。
「ちょっと待ってください。今なんて言いました?」
「さようなら」
「違います。その前です」
「神を信じても救われない」
「さらっと、酷くしないでくれます!?」
「もう帰っていい?」
「ダメに決まってるでしょう!?神を侮辱されたままおめおめと帰す訳にはいきません!」
えー、帰ってソシャゲのデイリーミッション終わらせたいんだけど。
「だって宗教なんて金をむしり取る詐欺集団だろ?」
「違いますよ!いや、そういうところもありますけど!きちんとしたところはそんなんじゃありません!あー、こういうのがあるから神への信仰がどんどん減っているのにー!」
「わかったわかった。俺も神を信じるよ」
「え!?本当ですか!」
女の子の顔がぱぁーっと笑顔になる。
「ああ、宴会芸が得意の水の駄女神様と清楚で可愛いパッド女神様だったら信じるよ」
「二次元じゃないですか!」
「同じだろ。結局は誰かが作り出したものなんだから。それが神話かラノベか、っていうだけだろ。どっちもこの目で見たことないんだし」
「確かに……って違う!そういったものもありますが私は本物の女神なんです!」
「はいはいすごいですねー(棒)」
そうして、再び自称女神に背を向けて帰路に着こうとすると
「真島シンさん待ってください」
教えたはずのない自分の名前を呼ぼれた。
「なんで俺の名前を知ってる?」
「名前だけではありませんよ、真島シンさん。二十歳で今日が誕生日。幼い頃に両親を亡くし母方の祖父母に引き取られ、高校入学を機に一人暮らしを始めて卒業後にそれなりの会社に就職して今に至るという感じでしょうか。あと中学に暴力事件を起こして中二から卒業までぼっちになりましたね」
「なんでそこまで知ってんの!?」
「確かその時の二つ名が相手にしっかりトドメまで刺そうとすることからクレイジーサイコパス真島って呼ばれてましたね」
「もうその話は止めて!」
なんでこいつはここまで俺の事を知ってるんだ?もしかしなくてもストーカーだろこいつ。
シンはズボンのポケットからスマホを取り出し画面を数回タッチすると耳にあてた。
「もしもし、けいさt」
「警察はやめてぇ!」
急に女の子がスマホを強奪してきた。
「うわっ、てめぇ何しやがる!?」
女の子は着信終了のボタンを押すと
「それはこっちのセリフですよ!何普通に通報しようとしてるんですか」
何故か逆ギレしてきた。
「目の前に急に現れて自分の素性をどこぞの同僚ばりにペラペラ喋り始めたら普通は警察に相談するわ!」
「警察なんて冤罪しかしないじゃないですか」
「安心しろ、お前は冤罪じゃねぇ。というかスマホ返してくれ」
「話を聞いてくれるなら返します」
「はぁー、わかったよ。話を聞くだけな」
どうせ明日休みだし、話くらいならいいか。
そうして女の子からスマホを返してもらうとシンは質問をした。
「それで?自称女神様が一般ピーポーの俺に何の用ですか?というか、名前位名乗ったらどうですか?」
「自称は余計です!」
まあいいです、とぼやきつつ名乗り始めた。
「私の名は、ティア。あなたをころ……迎えに来ました」
「今、不穏な言葉が聞こえたんだけど」
「言ってません」
「いや、殺すって言いかけたよね!?」
女神は、少し悩んだ後、
「むぅ……ばれてしまったのなら仕方ありません。はっ!貴方のような勘のいいガキは嫌いですよ」
「思い出したようにそんなセリフを吐くな」
ともあれ、今、目の前にいるこいつは頭のおかしい暫定殺人鬼だ。武器らしきものは見受けられないが、どこかに潜ませてるのだろう。とりあえず逃げるしかないと思い、後ろに1歩目を踏み……出せなかった。
「なっ……!」
体が動かない。金縛りにあったように指のひとつさえピクリともしなかった。
「逃がしませんよ?」
これはヤバい。何とかしなくては、本当に殺される。
「そんなに不安そうな顔をしなくても大丈夫ですよ。少し場所を変えるだけですから」
「それって天界とかか?」
「まあ、そんなとこです」
「……今から神様信じたら救われたりしない?」
「もう手遅れですね。まあ、どっちでも結果は変わりませんが。何か言うことありますか?」
「……痛くしないでね」
「善処します」
そう言われた途端に俺の意識は無くなった。
「……さい、……きて、────さい、起きてください!」
「はぇ?」
「ようやく起きましたか。お話をしたいので早く起き上がってくれますか?」
目を開けると、目の前にティアがこちらの顔を覗き込んでいた。
「なっ……!」
俺は、座ったまま後ろに飛び退いた。
ティアが少し驚いた後に、こちらを見て可笑しそうに、
「安心してください。もう貴方に危害を加える気はありませんよ」
「俺を殺すって言ってたやつの言葉を信じろと?」
「まあ、確かにそうですね」
と、納得したように頷き、
「ですが本当ですよ?もう危害を加える意味がないのですから」
そう言ってにこやかに笑った。
「ということは、俺は死んだのか?」
「はい。その通りです」
周りを見渡すと、いつもの見慣れた帰り道ではなく、見渡す限りの白い世界だった。そこにぽつんと椅子があり、そこに女神が偉そうに座っていた。
「意外と落ち着いているんですね。もっと慌てふためくと思ってましたよ」
「驚きの連続でお腹いっぱいなだけだよ。今も理解が追いついてない」
確かにそれもあるが、色々ありすぎて考えるのを諦めただけでもあるのだが。だが、聞かなければならないことがある。それは─────
「なんでこんな所に呼ばれたのか、ですかね?
こちらを見透かしたように、女神が口を開いた。
「なんで殺されたのかも追加しとく」
「ふふっ、確かにそうですね、順を追って説明しましょうか」
そうすると女神が指をパチンと鳴らすと、何もなかった所から水晶玉が出てきた。そして、女神が何か呟くと水晶玉が光り、モニターのようなものが浮かび上がってきた。そして、モニターにある1人の女性が映し出された。
「この女性を探して出して欲しいのです」
「……誰?」
「私の友人です。何年か前に行方不明になってしまって探してるんですよ」
「それでなんで俺が探しに行かないといけないんだよ」
するとティアは頬を赤らめ、モジモジしながら言った。
「貴方が私の好みだったからですよ」
「は?」
「個人的にタイプだったので」
「そんなんで俺殺されたの?」
「それだけではないですよ。あなたには魔王を倒す資格があるんですよ」
「資格?」
「そうです。この資格を持ってる人は中々いないのでレアですよ」
「それって勇者的な感じ?」
「まあ遠からずというとこですね。勇者はまた別でいますので。シンさんはそういった人達からみるとイレギュラー枠ですね」
「イレギュラーねぇー」
他に勇者がいるということは転生者もいたりするのだろうか。
「まあその資格のおかげで色々と力が使えるんですけどね」
「え!?まじで!」
異世界をチートパワーで救って、ハーレムを築く素晴らしい物語が始まるのか!
「とは言ってもすぐに超能力が使えたり魔法を撃てる訳ではないんですがね」
「えっ……」
力が使えると聞いて、そういった類いのものが使えると思っていたのに速攻で否定され、ちょっとショックだった。いや、かなりショックだった。
「うわぁー、目に見えて落ち込んでますね。死んだときよりショック受けてません?というか、あなたから魂抜くのかなり簡単だったんですが、未練が無さすぎませんか?」
と、少し心配そうに女神が言ってくる。
「……いやいやそんな事ないだろ。家族……いない。友達………………」
どうしよう、泣きたくなってきた。
「ちなみにどのくらい簡単だったんだ?」
「例えが少し難しいですが、手のひらにボールが乗っているとするじゃないですか。本来ならそのボールは握られていて、未練がある人ほどボールを握る力が強くて取るのが大変なんですよ。ですが、あなたの場合は置いてあったものをそのまま取った感じですかね」
「握ってすらないのかよ……」
とはいえ、他に未練がありそうなものを考えてみても特にない。仕事なんて労働基準法を軽々飛び越えてくるクソブラックだし、 趣味なんてたまにある休日にラノベ読むくらい…………
「もう……ラノベの続きが読めない……」
なんてこった、それはとても不味い。
「今すぐ俺を元の世界に戻してくれ!」
「無理です」
「そんな……」
「というか、そろそろ話を戻していいですか?」
「はい」
何故か呆れられた目をされた気がするがきっと気のせいだろう。
「えっと、シンさんに資格があることは説明しましたね。問題はその力をどう使うかです」
「けど、魔法とかは使えないんじゃ……」
「ええ、すぐには使えませんがいずれは使えるようになると思いますよ。」
「おお!」
「その反応を見ると先程の話をきちんと聞いてまなかったようですね、はぁー」
何故かため息をつかれた。解せぬ。
「まあいいです。その力があれば他の世界に行って魔法を使うことが出来ます。まあ、色々と制約はありますが細かいところは気にしないでください」
すごい気になる事を言われたが、とりあえず話を優先しよう。
「大体は分かった。要は異世界に行って、あの子を探せばいいんだろ?」
「そう単純なら話は早いんですけどね」
「他に何かあるのか?」
すると女神は少し言いづらそうに
「さっき言った通り今から行く世界に勇者と魔王が存在してるんですけど……」
「まあお約束の展開だな」
さっきそんなことも言ってたな。だがこういった異世界転生ものにはありがちなパターンで、そこまで言いづらそうにする理由がないと思うんだが。
「その……魔王が強すぎて誰も倒せる気配がないんですよね」
「どんぐらい強いんだ?」
「最近だと勇者が五人がかりで攻めて返り討ちにあってましたね」
「やばくね?」
「やばいですね」
「他人事みたいに言うなよ」
というか、魔王が強すぎるってどういうことだよ。普通は勇者の理不尽なご都合パワーで倒すんじゃないのかよ。
「まぁそんなことはさておき」
「そんなこと」
「とりあえずあっちの世界に行っちゃいましょうか」
「いや、ちょっと待てぇぇぇぇ!?」
急すぎる。まだ転生特典とかチートとか貰ってないのに、魔王が暴れまわってる世界なんぞに行けるわけないだろ。
「転生特典は?ほら、バカみたいに強い武器とかチートとかは?」
するとティアは首を傾げながら不思議そうな顔をして
「そんなものありませんよ?」
と、ごく当たり前のように言った。
「えっ……俺、この拳ひとつで魔王倒しに行くの?」
「頑張ってくださいね」
「ムリムリムリ!!!!異世界行って3分で死ぬわ!
するとティアはフフっと笑い、
「冗談ですよ、流石にチートは無理ですが武器のひとつ位なら差し上げます」
そう言い、ティアは手を前にかざすと何もない空間から古式の短銃が出てきた。
「これをどうぞ」
「銃?異世界に火薬とか弾とかあるのか?」
「火薬位ならあると思いますが弾は無いんじゃないですかね」
「じゃあどうやって撃つんだよ」
するとティアはよくぞ聞いてくれたとばかりに
「魔力を込めるんですよ。あなたの中にあるその力を弾にして放つんです。」
と、人差し指で銃の形をしてばーんとやりながら言ってきた。
「そんな訳のわからない力の使い方なんてわかんないんだけど」
「大丈夫です。銃に力を込めるようなイメージでやってみれば撃てるはずですよ」
そう言われ、銃に力を入れるイメージでやってみると、手のひらから何か吸い込まれたような感覚があった。
「うわ!何か吸われた!」
すると銃がカチリと音を立てると全体が淡く光った。
「無事、弾を入れられたようですね。では撃ってみましょうか」
ティアがパチンと指を鳴らすと5メートル程離れた所に的が出てきた。
「さあ、どうぞ」
シンは引き金に手を掛け、的目掛けて撃つと的の中心から数センチ外れた所に当たった。
「意外と使いやすいな」
初めて銃なんて使ったのに銃が身体の一部のように馴染んでいてとても使いやすい。
「それはそうでしょう。私があなたに合わせて作ったんですから」
ティアは誇らしげに胸を張ってドヤ顔をしていた。
「あ、あとこれも持って行ってください」
ティアはそう言うとまた何もない空間から青い宝石が付いたペンダントを取り出して渡してきた。
「これは?」
「まあお守りみたいなものです。あっちの世界に着いたらその銃で撃ってみてください。いいものが出ると思いますから」
「何が出るんだ?」
「それはヒミツです」
ティアの不自然なくらいの笑顔が不気味でしかないが追求してもどうせ話さないだろうから黙って受け取った。
「それではそろそろ行ってもらいましょうか」
女神が床に手をかざすと魔法陣が出てきた。
「急だな……というか結局色々答えなかったな」
「まあ、後ほどわかると思いますよ」
「ホントかよ……」
ティアはニコニコしたままで、どうせ聞いても話そうとしないだろうなと思いながら魔法陣の上に乗る。
「まあ、短い間だったけど色々ありがとな。勝手に殺されたのは納得いかないが元いた世界よりは楽しくやれそうだよ」
するとティアは目を丸くして
「自分を殺した人に感謝するなんて変な人ですね」
「確かにそうだな。でも何かお前と初めて会った気がしなくてな。自分でもおかしな事だと思うんだが」
ティアはフフっと笑い
「確かにおかしな人ですね。では魔王を討伐した暁には願いをひとつ叶えて差し上げます」
「期待してるよ」
「では、行ってらっしゃい。あなたが魔王を討伐することを願っていますよ」
そしてシンは魔法陣とともに白く輝いて消えた。
そして騒がしいのがいなくなって少し寂しくなった場所で
「さて、私も準備しよっと」
と、上機嫌そうにティアが笑った。