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短編小説

メルヴィンとご主人様

作者: ざっきー


 僕は、道で行き倒れていた孤児だった。

 

 住む場所も食べる物もなく、王都の路地裏でただ死を待つのみだった僕を拾ってくれたのは、僕とあまり年端の変わらない一人の男の子。

 僕の顔を覗き込む金髪に金色の瞳と、周りの大人たちが「おやめください!」と騒いでいる声だけは何となく覚えているが、その後の記憶はない。


 次に目を開けたとき、僕は知らない部屋にいた。

 ふかふかで良い匂いのする寝具を見て真っ先に思ったことは、『汚す前に、ここから出よう』だった。

 でも、自分の意思に反して体は全く動いてくれない。

 何とか起き上がろうとモゾモゾしていたら、中年の女性が傍にやってきた。同じ部屋にいたはずなのに全く気配を感じなかったことに僕が驚いていたら、女性はクスッと笑った。


「驚かせてごめんなさい。坊ちゃまは騒々しいことはお嫌いだから、つい、いつもの癖が……」


 そう言いながら優しく僕を抱き起こし、水を飲ませてくれた。

 お腹は空いている?と聞かれたのでコクリと頷くと、今度は食事を持ってきてくれる。

 温かい食事が食べられるなんて、何日ぶりだろう。

 勢いよく掻き込みそうになるのをグッと我慢して、綺麗な寝具の上にご飯をこぼさないよう慎重に一口ずつ口へ運んだ。

 

 満腹になった僕は眠気に襲われ、そのまま深い眠りについた。





 食べては寝るだけの生活が三日間続き、僕はすっかり元気になった。

 ずっと僕の世話をしてくれた女性…マギーの手を借りなくても、自分のことは自分でできるように少しずつ体を動かし始めた僕を、彼女は心配そうに、でも、何も言わず温かく見守ってくれる。

 そして一週間後、マギーの手伝いができるまでに僕は回復したのだった。


 マギーの話によると、ここは僕を拾ってくれたご主人様のお屋敷で、彼女は侍女の一人とのこと。

 だから僕も、これからは使用人としてこのお屋敷で働くのだ……そう思っていた。

 

 それは、ここに来て一か月が過ぎたころだった。

 いつものように、僕は朝から使用人たちの手伝いをしていた。皆はとても親切で、孤児の僕にとても良くしてくれる。

 まだ、できることはそう多くはないけれど、大きくなったらもっとできることも増えていくはず。そのときに、少しでも貢献できるようになりたい。

 僕が頑張って仕事を覚えていると、マギーから部屋に来るようにと声をかけられる。

 仕事中にどうしたのだろうと思いながら部屋へ戻ると、マギーが綺麗な服を手に待ち構えていた。


「坊ちゃまが、おまえに会いたいと仰っているのよ。すぐに用意をしなさい」


「ご主人様が? 僕に、一体何の用なんだろう……」


「さあさあ、早く着替えるわよ!」


 マギーが、僕の着ている服を脱がしにかかった。


「僕は、自分一人でちゃんとできるよ!」


「本当? ふふふ、きちんとボタンを最後まで留められるかしらね……」


 楽しそうに笑っているマギーの顔を、僕はジト目で睨む。

 

 あれは、まだこのお屋敷に来たばかりの頃。

 着替え用に渡されたのは、ボタンがたくさん付いている綺麗な服だった。

 これまで、そんな上等な服を着たことがなかった僕は、四苦八苦しながら着替えたのだが、どこで間違えたのかボタンと穴の数が合わず、マギーに大笑いされたのだ。

 でも、あれから何度も着ているから、もう大丈夫……なはず。


 無事に一人で着替えができた僕に、マギーは「上手にできたわね!」と頭を撫でてくれた。それから彼女に連れられて、僕は初めてお屋敷の上階へ足を踏み入れたのだった。

 




 そこは、普段僕が生活をしているところは全く違う別世界だった。

 歩いても靴音がしない分厚い絨毯に、綺麗に磨き上げられた窓。

 壁一面には、様々な絵画が飾られている。

 高い天井からはシャンデリアが吊り下げられ、今日みたいな曇り空の日でも部屋の中は明るかった。


「すっかり、元気になったようだな」


 執務机の椅子に座るご主人様は、金色の瞳で僕を見ている。

 一か月前に王都の路地裏で会ったときの記憶はかなり朧気だが、輝くような金髪とお月様のように綺麗な金色の瞳だけは、はっきりと覚えていた。


「おまえの名は、何と言うのだ?」


「僕に、名はありません」


「そうか。では、私が名付けてやろう。何が良いだろうか……」


 しばらく腕組みをして考えていたご主人様は、ポンと手を打った。


「『メルヴィン』は、どうだ? 良い名であろう。これは、稀代の魔法使いの名なのだぞ。彼は、実に偉大な人物で……」


 饒舌に話をするご主人様の顔は輝いていて、とても楽しそうだ。

 僕が黙って話を聞いていると、彼はニコッと笑った。


「おまえもいずれ、その名に恥じぬ魔法使いになるだろう。期待しているぞ」


「えっ、魔法使い……ですか?」


「そうだ。その黒髪が何よりの証拠だ」


 僕は、生まれつき髪が黒い。

 周囲は皆、色とりどりの綺麗な髪色なのに、僕だけ地味な黒色なのだ。

 しかし、ご主人様の話によると、黒髪を持つ人物は魔力量が多く、様々な特殊能力を持っているとのこと。

 「おまえも、この歌は聞いたことがあるだろう?」と言いながらご主人様が歌ってくれたのは、聞き馴染みのある歌。マギーがよく歌ってくれた歌だった。


「色の種類は数あれど~黒に勝るものはなし~♪ 白は清廉、赤は高貴の色なれど~それでも黒に勝るものはなし~♪ 青は~」


 数ある色の中で一番地味な『黒』を称える歌詞なのは知っていたが、それが髪の色のことを指しているとは知らなかった。


「でも……僕は魔法なんて、一度も使ったことはありません」


「心配するな。これからおまえは魔法学校へ通い、魔法の勉強をしていく。その前に、字を覚えるための家庭教師を付けてやるから、一生懸命勉強しろ。よいな?」


 凄みのある笑顔で言われてしまったら、「はい」としか返事のしようがないと思う。

 こうして僕は『立派な魔法使いになるための勉強』をすることになった。





 字の読み書きは、すぐに上達した。

「読み書きができると、将来就くことができる職種の幅が広がるよ」と皆が口々に言っていたことを覚えていたので、僕はものすごく頑張ったのだ。


そして、魔法学校へ通い始めたのだが……


「メルヴィン、おまえはまだ、そんなこともできないのか?」


「ご大層な名は付いているが、完全に名前負けだろう……」


「その黒髪も、もしかして染めているのか? ははは!」


 同級生たちから投げつけられる心無い言葉を無視して、僕は一心不乱に己の魔力と向き合っていた。

 入学前の検査でやはり僕は魔力量が他人よりも多いことがわかったが、その魔力を手のひらに集めることができない。

 いくら魔力があっても、それを外に放出できなければ意味がないのだ。


 先生はコツさえ掴めばあとは簡単だから……と慰めてくれるが、そのコツがよくわからない。

 体内魔力を動かすらしいのだが、その感覚が僕は理解できずにいた。


 夕飯を食べたあとも僕は毎日裏庭に出て、何とか体内魔力を動かそうと頑張っている。

 マギーはそんな僕を見て「私にも魔力があれば、メルヴィンに助言がしてあげられるのだけれど……」と申し訳なさそうに言い、僕のほうが申し訳なく思った。


 もし、このまま魔法使いになれなかったら、僕はまたあの路地裏に戻されてしまい、マギーや皆と会えなくなってしまう……僕は焦っていた。

 けれど、やっぱり今夜もダメで、僕が夜空に浮かぶ満月を見上げながらため息を吐いていると、人の気配がした。


「……苦労しているようだな」


 突然後ろから声をかけられて、心臓が止まりそうなほどびっくりする。

 振り返った先にいたのは、ご主人様だった。


「体内魔力が動かせないと聞いたが、本当なのか?」


「…………」


「メルヴィン、なぜ返事をしない?」


「……もし、僕が立派な魔法使いになれなかったら、またあの路地裏に帰されてしまうのでしょうか?」


 ずっと気になっていたことを、直接ご主人様へ尋ねてみた。

 もし彼の口から「そうだ」と言われたら僕はどうするつもりなのか、自分でもよくわかっていないうちに、勢いだけでつい聞いてしまったのだ。


「ハハハ! そんなくだらないことを考えているから、余計に委縮して上手くできないのだろう」


「くだらないことでは、ありません! 僕にとっては、大事な問題です!!」


 ドキドキしながら答えを待っていたのに、返ってきた答えが『くだらないこと』と片付けられてしまった僕は、彼に言い返してしまった。

 すぐに冷静になり「申し訳ありませんでした」と頭を下げると、ご主人様は「気にするな」と笑った。


「たしかに、おまえにとっては死活問題だったな。はっきりと明言していなかった私が悪かった」


 ご主人様は、僕へ顔を向けた。

 月明かりに照らされ、彼の金髪が輝いている。それに比べ、僕の黒髪は闇と同化していることだろう。

 僕とご主人様は、同じ金色の瞳を持っている。それなのに、生まれながらに光の当たる場所で生きている者と、いつまでも陰から出ることができない者。

 その違いは、どこにあるのだろうか。


「一度拾ったものを、また捨てるわけがないだろう。もし、メルヴィンが魔法使いになれなくとも、この屋敷内で働く場所はいくらでもあるのだからな」


「そう……ですか」


 ふっと、気持ちが楽になった。

 もし魔法使いになれなくても、マギーや皆と一緒にまた仕事ができる。お別れしなくもいい……そう思ったら、自然と涙が溢れてきた。


「男が、メソメソと泣くんじゃない。学校で、またバカにされるぞ……」


「……学校で泣いたことは…一度もありません。そもそも…泣きたいと思ったことが…ないので」


「そうか、それは頼もしいな」


「これは……嬉し涙です」


 鼻をすすり上げている僕に、ご主人様はハンカチを貸してくれた。

 暗闇でもわかる真っ白で良い匂いのするそれを、自分の涙と鼻水で汚してしまうのが忍びなくて使うのを躊躇っていると、彼がフフッと笑った。


「メルヴィン、それを使った後『洗浄魔法』で綺麗にしてから私に返却しろ。汚いままでは、私は絶対に受け取らないからな」


「……それは、命令ですか?」


「ああ。私は、おまえのご主人様だからな」


 そう言いながらご主人様は僕の手からハンカチをひったくると、僕の顔に押し当てゴシゴシと拭いたあと再び手に戻し、颯爽と帰っていった。

 使用せずに返却しようと思っていた僕の浅はかな考えは、とっくにお見通しだったようだ。





 僕は、ハンカチと向き合っていた。

 真っ白で手触りの良かったものが、涙と鼻水で変色しゴワゴワしている。これでは、たとえ手で洗ったとしても元のように綺麗にはならないだろう。

 やはり、洗浄魔法で綺麗にするしかないのだ。


 僕は考える。そもそも『魔力』とは何なのか?

 同じ『人』でも、魔力を持っている者・持っていない者に分けられ、さらに、持っている者の中でも個々に魔力量が異なるのだ。そして、僕は他人より群を抜いて多いのだという。

 先生は、生まれもって体内に魔力を作り出す器官があるからだと言っていたが、なぜその器官が作られるのか、魔力の素となる物は一体何なのか、現在も研究が行われているらしい。


「先生は『体内魔力の流れを掴め』と言うけど、魔力って体の中でどう流れているのだろう……」


 『流れる』というと水が流れているイメージだが、どうにもピンとこない。


「水の中を流れているもの……魚? でも、あれは勝手に泳いでいるよな」


 食べ物を確保するために、川へ行ったときのことを思い出した。

 なんとか魚を捕まえようとしたが上手くいかず、結局、川へいろんな物を投げて遊んでいた。

 その辺に落ちていた、石や木の枝や……


「そうだ、葉っぱだ!」


 自分の体の中に葉っぱを思い浮かべて、それを動かしてみた。葉っぱが川の上流から下流へ流れていくように、頭のてっぺんから足の方へ流してみたのだ。

 次の瞬間、体が熱を持ったように熱くなる。手の指先から足のつま先まで、満遍なく熱が行き渡る初めての感覚だった。


  ――もしかして、これが……


 僕はゆっくりと深呼吸をすると葉っぱを二枚(頭の中で)作り、左右の手のひらへ流した。熱が集まっている感覚に確信し、ハンカチへ手をかざす。

 魔法の使い方は学校の授業で習っていた。頭の中に、ただ思い浮かべるだけでいいのだと。

 僕は、あの時のハンカチを思い浮かべる。ご主人様から手渡されたときの、良い匂いのする真っ白なハンカチを。


 次の瞬間、汚れていたハンカチがみるみるうちに綺麗になっていく。


「うわぁ、できた!!」


 僕は、ついにコツを掴んだのだ。

 目の前にある真っ白で綺麗なハンカチに気分が一気に高揚し、調子に乗った僕はそれから周りの物を次々と洗浄していった。

 自分の部屋に始まり、次に、マギーや皆の部屋の壁や床・窓をピカピカにしていったのだ。

 上階にあるご主人様の執務室のように、綺麗な部屋になれ!と願いをこめて……


 全員の部屋が綺麗になったところで、僕は急にくらくらと眩暈に襲われた。そして、そのまま倒れこむ。

 

「メルヴィン!」 


 マギーや皆の叫び声が、遥か遠くで聞こえた。





 気がつくと、僕は自分の部屋のベッドの上にいた。

 ベッド脇にいたマギーと目が合うと彼女はポロポロと涙を流し始め、僕は焦ってしまう。


「マ、マギー……一体どうしたの?」


「良かった…メルヴィンが目を覚ましてくれて。もう…二度と会えなくなるかと…思ったのよ…」


「えっ!? どういうこと?」


 何と、僕は魔力切れで死にかけたらしい。

 まさか、魔力を使い過ぎて死んでしまうなんて、全然知らなかった。

 そして、ご主人様はこうなることを予見していたようで、魔力の回復ポーションを事前にマギーへ渡していたそうだ。


 数日後、再び裏庭へやって来たご主人様に礼を述べたあと、「魔力を使い過ぎるなと、どうして教えてくれなかったのですか?」と多少恨みがましく尋ねたら、「おまえは口で言っても、絶対に言うことを聞かないとわかっていたから、頭と体に教えこませるためにわざと黙っていた」と言われた。

 たしかに、自分の魔力量がどれくらいあるのか、限界を測っていた可能性は否定できない。


「でも、もし僕が死んだら、どうするつもりだったのですか?」


「黒髪の人物は、魔力の枯渇くらいでは簡単に死なない。それくらい耐性があるのだ。ただし、不死身というわけではないから病気やケガにはなるぞ。だから、くれぐれも注意するように! メルヴィン……わかったな?」


「……はい」


 今回はきっちりと僕に釘を刺してくれたご主人様へ、大きく頷いておく。

 この人は、優しいのか優しくないのか、本当によくわからない。

 

 でも……


「それにしても、使用人の部屋を全て洗浄魔法で綺麗にするとは、おまえはどれだけ規格外なのだ」と、ちょっと嬉しそうに話をしている彼を眺めながら、これからもご主人様に付いて行きたい。この人の期待に応えられるように精一杯頑張りたい……そう思った。


 僕が洗浄魔法で綺麗にしたハンカチは、「今後の己の戒めにせよ」とご主人様から下賜された。

 そして、これは僕の一生の宝物となる。





 魔法学校を首席で卒業した僕は、立派な魔法使いになるべく本格的に修行を始めることになった。

 教えを仰ぐのは、宮廷で王族の方々に仕える魔法使いたちだ。


「メルヴィンも、いずれ王族の方にお仕えすることになるわ。これは、大変名誉なことなのよ」


 マギーは誇らしげにそう言ったが、僕はちっとも嬉しくなかった。

 僕の主は『ご主人様』だけだ。だから、これからもずっと付いて行くつもりだったのに……

 でも、「メルヴィンが魔法使いとして一人前になったら、私に仕えることを許可してもらう」とご主人様が約束をしてくれたので、僕は一日でも早く彼のもとに帰れるよう、頑張りたいと思う。





 修行の初日、師と共に王城内の修練場で火魔法の火球を発動させる練習をしていたら、何やら外が騒々しい。

 ふと見ると、開いた窓から一羽の鳥が迷い込んできた。

 見たこともない金色の(くちばし)に漆黒の羽を持つ珍しい鳥で、高い天井を旋回したと思ったら降りてきて僕の頭にとまった。

 遠くから見たときはそんなに感じなかったが、近くにいるとかなり大きい個体であることがわかる。


  ――なんで、わざわざ僕の頭の上にとまるの? ちょっと重いし、爪が刺さって痛いよ……


 どこかへ移動してもらおうと頭を振ってみたが鳥は動かず、落ちないようさらに爪を立てられてしまった。


「師匠、どうすればいいのでしょうか?」


「ははは! そいつは、メルヴィンが気に入ったようだ。珍しい鳥の魔物のようだし、おまえの『使い魔』にすればよい」


 『使い魔』とは魔法使いの眷属のようなもので、師匠たちは様々な生き物を使役している。

 使い魔との相性が良ければ、魔法で強制的に使役せずに済むと聞いているが、この状況は相性が良いと言えるのだろうか。


「メルヴィン、鳥の心に直接話しかけてみよ」


 師匠の言葉に従い、まずは話しかけてみた。

 『頭が重いし、爪が痛いから、そこから動いてほしい』と伝えると、鳥はスッと頭から離れ、僕の目の前の地面に舞い降りる。

 僕を見上げる金色の瞳と目が合ったとき、彼と気持ちが通じ合ったような気がした。


「金色の瞳に、黒い羽か……まるで、メルヴィンのようだな」


 無言で見つめ合う僕たちの横で、師匠がぽつりと呟いていた。





 黒い鳥に、ご主人様から頂いた『メルヴィン』の名から一部をもらい、『メル』と名付けた。

 僕とメルは、どこへ行くにもいつも一緒だ。そして、僕の頭の上が彼の定位置となった。

 僕はローブを羽織りフードを頭から被っているので爪が刺さることはないけれど、どうにも恰好がつかないと思う。

 早く体が成長し、師匠たちのように腕や肩にのせられるようになりたい。





「うわぁ…上空から見下ろすと、街はこんな風に見えるんだ」


 修行が始まって半年が経ったある日、僕は空を飛んでいた。……と言っても、飛んでいるのは僕ではなくメルだ。

 僕は自分の使い魔に意識を移して、活動をすることができるようになっていた。

 どうやら、これが僕の持つ特殊能力らしい。

 

 この能力に気づいたきっかけは、急にメルの食が細くなり元気が無くなったことだった。

 あんなに食欲旺盛で、外に実地訓練へ出かけたときには小動物を捕食していた彼が、ほとんど餌を食べなくなってしまったのだ。

 定位置である僕の頭の上にものらず籠の中でじっとしているメルが心配で、僕は原因を探ろうと必死になった。

 メルへ行動を指示することはできても、彼と対話をすることはできないので、何とか意思の疎通だけでもできないか何度も試みていた。


 メルは籠の中から、金色の瞳を僕に向けている。

 その瞳は真剣で、彼が僕に何かを訴えかけているのは分かるのだが、それが何かわからない。


「僕が、メルになれたらいいのに……」


 ふと、言葉が口をついて出た。

 今だけでもメルになれたら、彼の不調の原因がわかるかもしれない……そう考えたとき、僕の中の何かが動いた。

 目の前にいるメルの中へ吸い込まれていく感覚に僕は慌てたが、それは止まらない。

 そして、気付いたら僕は籠の中にいて、籠の前には微動だにしない僕がいる。


  ――これは、もしかして……僕の『特殊能力』なのか?


 以前、ご主人様が話していた、黒髪の人物は様々な特殊能力を持っているという話。

 師匠たちからも、自分の持つ特殊能力が何か、調べておくようにと言われていた。

 

 思いがけず自分の特殊能力を知ることができ、メルの不調の原因も分かった僕は、さっそくメルの治療から始めた。

 喉がひどく痛かったので、おそらくそれが原因だと見当をつけ、メルに嘴を開けるよう指示し中を覗き込む。

 ライトで口の中を照らすと、喉に小骨が刺さっているのが見える。

 すぐに取り除いてやると、彼の瞳がぱあっと輝いた(ような気がした)。





 街へやって来た僕だが、遊びに来たわけではない。

 これも立派な修行の一環で、自分の特殊能力を余すところなく行使できるようにと師匠から厳命を受け、日々訓練をしているところなのだ。

 ……と建前を言いつつ、僕は久しぶりの街の散策を楽しんでいた。

 

 昔、(ねぐら)にしていた廃墟はまだあるのか見に行った僕は、建物の中に人がいることに気づく。

 以前の僕と同じように住む所がない者たちなのかと思ったが、どうやら様子が違う。不穏な空気を発した男たちが、大勢集まっていたのだ。

 その異様な雰囲気に胸騒ぎを感じた僕は、彼らを観察することにした。

 今は鳥の姿なので、割れた窓から堂々と室内へ入り話を盗み聞きする。


「……決行日が、決まったぞ。来週、対象者は街外れの孤児院へやって来るから、その道中で襲撃する。これは非公式の訪問だから、目立たぬよう護衛も最小限らしい」


「その情報は、信頼できるのか? 前回のように、無駄足になるのはごめんだぜ」


「前回は急に予定が変更となったようだが、今回は大丈夫だと聞いている」


 彼らは誰かを襲撃する計画を立てているらしい。そして、その人物は高位の貴族のようだ。

 しかし、肝心な対象者の名がわからない。

 僕はしばらく話を聞いていたが彼らが最後まで名を言うことはなく、解散となってしまった。

 仕方なくこの場を後にしようとしたとき、最後まで残っていたリーダー格の男の呟きが耳に届く。


「……これで、スタンリー様も終わりだな」





 王城に戻った僕は、さっそく師匠たちへ報告をした。

 「来週、『スタンリー様』という方が襲撃される」との話に、皆が一斉に顔を見合わせる。

 僕の話に静かに耳を傾けていた師匠が、おもむろに口を開いた。


「……メルヴィンは、例の魔法を行使できるようになったか?」


「えっ? はい。まだ、できるようになったばかりですけど……」


 急な話題の転換に反応が遅れたが、師匠は「よし」と大きく頷く。

 

「では、この人物を見てくれ」


 師匠が見せてくれたのは、ある人物の肖像画。

 光り輝く金髪に、お月様のように綺麗な金色の瞳の男の子……紛れもなく、僕のご主人様だ。


「こちらは、我が国の第一王子殿下であらせられる『スタンリー殿下』だ」


「……へっ? ええええ~!?」


 部屋の中に、僕の大絶叫が響き渡った。





 家紋のない馬車が人里離れた場所に差し掛かったとき、道の両側から男たちが現れた。

 彼らは覆面をし、手には武器を所持している。


「あんたに恨みはねえが、『生きていられると、困る』と言う方がいるもんでな、悪いがここで死んでもらう!」


 彼らが馬車を一斉に取り囲むと、中から一人の人物が出てきた。

 豪華な服を身に纏い、金髪に金色の瞳の男の子を確認した男たちは、暗殺対象者であると確信し武器を構える。

 しかし、男の子は一言も声を発さず、顔色一つ変えない。


「さすが、一国の王子様ともなると肝が据わっているな。殺すのが惜しくなるぜ……」


「……では、私を見逃してくれるのか?」


「ははは! それは出来ねえ相談だな。せめて、苦しまずにあの世へ送ってやるから、安心しな」


「そうか……では、仕方ないな」


 男の子の表情が、がらりと変わる。

 不敵な笑みを浮かべると、両手を前にかざした。


「あなた方は大事な証人ですので殺しはしませんが、手加減はできませんので悪しからず。僕も、自分の命は惜しいので」

 

「坊主一人で、何ができると言うんだ」


「護衛は逃げ出したのか? あはは!」


 しかし、男たちが余裕の表情でいられたのはここまでだった。

 男の子から次々と繰り出される火球や氷の矢の攻撃に、為す(すべ)なく一人また一人と倒れていく。


「おい、王子が魔法を使えるなんて、聞いていないぞ!」


「作戦は失敗だ! 俺は逃げる!!」


「……残念ですが、一人たりとも逃がしはしません。また、ご主人様の命を狙われると困りますので」


 逃げ出そうとした者たちは、もれなく全員が土魔法の落とし穴の餌食となったのだった。


 襲撃犯がメルヴィンによって鎮圧された同時刻、ある屋敷を騎士団が取り囲んでいた。

 実行犯確保の知らせに、騎士団長が令状を手に当主を捕縛する。

 捕らえられたのは、現国王陛下の異母兄……公爵だった。

 自身が国王になれなかったことを恨み、優秀なスタンリーを亡き者にして、あわよくば自分の息子を次期国王にと画策していたのだった。





「今回は、大活躍だったな。メルヴィンのおかげで私も命が助かったのだから、礼を言うぞ」


 お屋敷の執務室で、いつもの椅子に座っているご主人様が満面の笑みで話をしている顔を、僕はじっと見つめる。


「なんだ? 何か言いたいことがあるのなら、遠慮なく言え」


「……僕は、あなたが第一王子殿下とは全く聞かされていなかったのですが、なぜですか?」


「おまえが、私に聞かなかったからだ。大体、おまえは私に興味などないのだろう? 少しでもその人に興味があれば、尋ねてくるはずだが……」


「興味がなければ、あんな危険なことはしませんよ。命を狙われているのがご主人……スタンリー殿下だとわかったから、僕は身代わりとして一生懸命頑張ったのです」


 それに、使用人である僕がいろいろと聞くのは、失礼だと思ったから……少し唇を尖らせながらそう答えると、ご主人様が破顔した。

 何だかとても嬉しそうに見えるのは、気のせいだろうか。


「それに、ご自身の命が狙われていると最初からわかっていて、わざと王都の視察などをされていましたよね? ……容疑者を油断させ、実行犯をおびき寄せるために」


 よく考えればわかることだが、この聡明な主が気づかぬはずはないのだ。

 僕が確信を持って尋ねるとご主人様がわずかに視線を逸らしたので、どうやら図星だったようだ。

 まあ、その行動のおかげで僕は拾われたのだけれど……


「ゴホン……ともかく、今回の働きでメルヴィンの実力が周囲に認められた。だから、今日から正式に私の従者となってもらうが……異論はないか?」


「ございません。これからも、誠心誠意お仕えさせていただきますので、よろしくお願いいたします」


「うむ。こちらこそ、よろしく頼む」


 恭しく頭を下げた僕に、ご主人様は満足げに頷いたのだった。





 あれから月日は流れ、僕は十九歳になった。

 成人し、もう自分は立派な大人だと思っているのだけれど、マギーに言わせると、まだまだらしい。


 ご主人様との主従関係は、今も変わらず続いている。

 変わったことと言えば、ご主人様が王太子殿下となり、僕が宮廷の筆頭魔法使いになったことくらいだろうか。


「メルヴィン、私は半年後に隣国を訪問することになった」


 執務室に入ってくるなり、ご主人様は開口一番そう言った。


「はい、聞きました。この度はご婚約が調ったとのことで、誠におめでとうございます」


「婚約は調ったが、相手はまだ決まっておらぬ。その婚約者を選び連れ帰ってくるために隣国へ行くのだ。これから語学の勉強をせねばならぬし、忙しくなるな」


「ご主人様は優秀ですので、全く問題はないかと」


「おまえも他人事だと思ってボーっとしていないで、一緒に言葉を覚えるのだぞ。優秀な私とおまえ、どちらが先に言葉を話せるようになるか、せっかくだから競ってみるか……」


「……いま、私もと仰いましたか?」


 何かの聞き間違いだと思いたいが、非常に嫌な予感がする。


「ああ、そう言った。主が言葉を話せるのに、その従者が話せないのはおかしいであろう?」


「いいえ、全くそう思いませんが。大体、なぜ私も覚える必要があるのですか? 私は、ご主人様がいない間の留守を預かるのでは?」


「何を寝ぼけたことを言っているのだ。おまえも私に随行するに決まっているだろう。あちらの国で、我が国の筆頭魔法使いにやってもらわねばならぬ事もあるしな……」


 ニヤリと悪い顔をしたご主人様を見て、思わずため息が出た。

 今度は何を無茶ぶりされるのか、事前の心構えが必要だ。


「私は……何をやらされるのでしょうか?」


「また、私の身代わり役になってもらうぞ」


  ――やっぱり!


 そうではないかと思っていたけど、やはり聞くまでもなかったようだ。

 

 あの暗殺未遂事件で僕が自分そっくりに変身できると知ってから、たまにご主人様は僕に身代わり役をやらせて自分は『僕』になりすまし、ローブ姿で王城内を散策するという悪い遊びを覚えてしまった。

 しかも、殿下なのにメルを頭にのせて歩くという徹底ぶり。

 

 僕は顔はそっくりに似せることはできても声までは変えられないので、いつかはバレると言っているのに、全然ご主人様は聞いてくれない。

 そして、今度はそれを隣国でもやると言い出したのだ。


「ずっと身代わりになれとは言わないから安心しろ。たまにお茶会の席で、婚約者候補たちを観察したいだけだ。私は、まだ隣国の言葉が覚束ないと説明するから、おまえは無言で彼女たちの話に頷いていればよい。ただし、きちんと人は見ておけよ! おまえにも、人を見る目を養ってもらわねば困るからな」


「もし相手側に知られたら、どうするのですか? 下手をすれば、外交問題に発展しますよ。それに、これはどう考えても魔法使いの仕事の範疇(はんちゅう)を越えています! これは、ご主人様の横暴だと思います!!」


 国内ではおとなしく言うことを聞いていたが、いくらなんでも、さすがにこれは止めるべきだと思う。

 しかし、僕の進言は一笑に()されて終わったのだった。





「……というわけなんだよ。ねえ、マギーも酷いと思うでしょう?」


「ふふふ、坊ちゃまは相変わらずなのね」


「本当に、僕は苦労しているんだから」


 はあ……とため息をついた僕を、マギーは優しいまなざしで見つめる。


 年を取り侍女を辞めたマギーは、今は僕の屋敷でのんびりと暮らしていた。

 これまで世話になった恩を、今度は僕が返している番なのだ。


「坊ちゃまがご結婚ということは、メルヴィンもそんな歳になったのね。月日が経つのは、本当に早いわねえ……」


 僕とご主人様は、一つしか歳が違わない。

 だから、最近僕のもとにも、様々な見合い話が持ち込まれてきているのだ。

 平民だけど筆頭魔法使いの僕は王城内で人気があるようで、僕には全く関係のないところで女性同士が争っているらしく、正直言って迷惑をしている。


「僕は、まだまだ結婚なんてしなくてもいいんだけどな……」


「そんなことを言っていたと思ったら、あちらの国で良い人と巡り会って一緒に帰ってくるかもしれないのよ。だから、私は楽しみに待っているわね」


 マギーはそう言って笑っているけど、僕はそれは絶対にないと思った。

 だって、隣国へは仕事で行くわけだし、どこで知り合うというのか。


 しかし、このときの僕は知らなかった。

 隣国で、自分と同じ黒髪のとても美しい女性とひょんなことから知り合い、恋に落ちることになろうとは……



ご覧いただき、ありがとうございました。

この話の続きにあたる、短編『主から虐げられていた侍女は、隣国の使い魔と知り合い幸せをつかむ』(ヒロイン視点)もございます。

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