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なんの変哲もない田舎魔女ですが、三百年つぎ足し続けてきた秘伝のポーションが伝説級の品質だったため王子様に求婚されました。

作者: 英 慈尊

 魔法工房と言えば聞こえは良いが、王国の片隅のさらに片隅……リアンの森に建てられたここは、実に質素な造りである。

 二階などという気の利いたものは存在しない平屋であるし、玄関を開ければ浴槽ほどもあるポーション用の大鍋がお迎えするという豪快な間取りだ。


 良く言えば、機能的。

 悪く言えば、こぢんまり。


 そんな家ではあるが、数年前に両親を亡くしてからは少々手広く感じられるようになったのだから、人間というのは不思議である。


 聞いたところでは、先祖がここに工房を建ててから自分の代に至るまで、およそ三百年が経過しているらしい。

 それはつまり、三百年間毎朝この匂いが工房を満たしていたということ……。


 ――乾燥させた百月草。


 ――鳥食い(つる)の朝露。


 ――リアンスライムのゼリー片。


 その他、諸々の素材を手順にのっとりつぎ足し、火にかけ混ぜる。

 大鍋から漂う清涼感のある香気を嗅ぐと、まだどこか寝ぼけていたところのある頭がたちどころに覚醒した。


「うん……朝の日課、終わり。パーフェクト」


 独り言をつぶやく癖ができたのは、両親が亡くなってから。

 先祖代々果たしてきた魔女としての務めを終え、指先を軽く振る。

 すると、大鍋の下で燃え盛っていた炎がたちどころに消え去った。


「それでは、今日も今日とて素材集めに参るぞ」


 壁にかけていたコートと魔女帽子を手に取り、素早く身支度を整える。

 肩かけ式のバッグには、念のため小瓶に分け入れておいたポーションを数本……。

 最後に、自分の身長ほどもあるねじくれた杖を手にすれば準備は完了だ。


「準備は万端だ。ビシリ」


 これが、今年で十五歳となる魔女ワグネの日常……。

 しかし、出かけた先で出くわしたのは、いつもと全く異なる非日常だった。




--




「うう……ぐぅ……」


「おお……これは困ったぞ」


 いつも通り、森の奥深くに入ってからしばらく……。

 昨日までは元気にそそり立っていた木々がまとめて倒壊し、ちょっとした広場のようになっているそこで、ワグネは立ち尽くすことになった。

 なぜならば……。


「まさか、ドラゴンの屍と見たことない死にかけの男性が森に転がっているとは。

 事件の匂いだぞ、ワグネ」


 ワグネが口にした通り……。

 彼女の眼前には、小山ほどもある巨大な竜の屍……。

 そして、見るからに立派な――ところどころが破損した鎧を身に着け、血だまりの中に倒れ伏す青年の姿があった。


 見れば、竜の眉間には女神の祝福とか精霊の加護とかが特盛で宿ってそうなスゴ味のある剣が突き刺さっており、おそらくこの青年が激闘の末に勝利をもぎ取ったのだと思われる。


「昨日の夜、大きな音と振動がしたと思ったけど、正体はこれだったわけか。

 ……私の家に落ちてきてたら一巻の終わりだったぞ。ドキドキ」


「ぐ……っ。

 だ、誰かそこにいるのか……?」


 のん気に検分していると死にかけの青年がしゃべり始めたので、そちらに近寄りしゃがみ込んだ。


「お、俺はもう駄目だ……。

 もう目も見えないが、行きずりの者よ……どうか頼みを聞いて欲しい」


「え、やです」


「そ……そう言わずに聞け。

 王都へ行き……父上に……王に……こう伝えて欲しいのだ。

 暗黒竜ルブギャンは、あなたの息子が……ラック・エバーが命と引き換えに討ち果たしたと……」


「ですから、やです」


「こ、拒んでくるなあ……。

 あの……話の流れで分かると思うけど、俺王子だよ……?

 違ってたらごめんだけど、ここエバー王国の領内だよね……?」


「はい、ここはエバー王国の領内です。コクリ」


「な、ならば……願いではなく命じる……。

 王都へ行き……先の命を果たすのだ……。

 報酬として……懐の路銀はすべてくれてやる……庶民ならば一生遊んで暮らせるだろう……」


「報酬の問題ではなく、めんどいのでやです。キッパリ」


「ええー……」


「というか、そういうのは自分でやって下さい」


「いや、だから……見ての通りもう死ぬところで……」


 その割にはずいぶんと余裕がある王子の頭を持ち上げ、バッグからポーションを取り出す。

 そしてこれを――無理矢理に飲ませた。


「――む!?

 ん……ん……」」


 小瓶に入っている量は大したものではなく、王子はたちどころにこれを飲み干す。

 飲み干して、くわと目を見開いた。


「――こ、これは!?」


 そして立ち上がり、力強く右腕を掲げる。


「治ってるーっ!」


「全快おめでとうございます。パチパチ」


 言葉だけでなく動作でも拍手してやり、ワグネ自身も立ち上がった。


「では、私はこれで。スタスタ」


「……いやいやいやいやいや、ちょっと待て!」


 日課の素材収集を行うべく、森の更に奥地へ向かおうとするワグネであったが、そこに待ったがかかる。


「まだ何かありますか?」


「あるに決まっている!

 おい娘! 今飲ませたのはなんだ!?」


 ラック王子の言葉に、バッグから今飲ませたのと同じ、ポーションの小瓶を取り出した。


「娘ではありません、ワグネです。ビシリ。

 そして、今飲ませたのは私が作ったこのポーションです」


「ポーション!? ポーションだと!?」


 ワグネの言葉にラック王子は血相を変え、瞬間移動でもしたのかという俊敏な動きで眼前に迫る。

 そして、差し出された小瓶をまじまじと見据えた。


「ワグネと言ったな?

 本当に、このポーションで俺を治したのか?

 あれだけの深手を、それも一瞬で治せるポーションなど、見たことも聞いたこともないぞ?」


「実際に見ているし味わってもいますよ。

 よかったら、お土産に一本差し上げましょうか?」


「そ、そんな気軽に差し出せるものなのか!?」


「それはもう、売るほどありますから。コクリ」


 素直にうなずくワグネである。

 実際、近隣の村へポーションを持って行き、それと交換で金や物品を得ることで生計を立てているのだ。


「売るほど……!?

 いいか……? 世に知られている回復魔法もポーションも、治せる範囲というものはたかが知れている。

 まあ、せいぜい人間が自然に回復するのをいくらか早める程度だ。

 あんな状態から一瞬で回復させるポーションなど、おとぎ話にしか出てこないぞ?」


「そう言われても、実際に作ってますし」


「おお……」


 そんなはずはないのだが、ポーションで治りきらなかった傷でもあるのだろうか?

 ラック王子は頭を押さえながら、遥か上空を見上げてみせた。

 そして、次の瞬間には膝をつき、天に向けて祈りを捧げてみせたのである。


「女神ディクトよ!

 俺をこの出会いに導いてくれたこと、感謝いたします!」


 素早く祈りを終えた王子は立ち上がり、ワグネの顔を覗き込む。


「ワグネ! 頼みがある!」


「はい、なんでしょうか?」


「俺の妻となってくれ!

 そして、その力でもって王国をますます栄えさせることに貢献してくれ!」


「やです。キッパリ」


「ええ!?」


 衝撃を受けた顔で後ずさる王子である。

 一体、何が不思議なのだろうか?


「あの、重ねて言うけど、俺、王子よ? しかも第一の。

 その俺に求婚されるって、ものすごく光栄なことなんだけど?」


「あまり興味がありませんので」


 ではと言って立ち去ろうとすると、再び瞬間移動じみた速さで前方に回り込まれた。

 そこに転がっている竜がどの程度の格だったかは不明だが、それを討ち果たした実力は本物であるようだ。


「だから待てって!

 ……よーく考えてみろ?

 俺の妻となることは、イコールで贅沢三昧な日々が送れるということだ。

 ポーションを作ってもらわないといけないから、労働から解放されるというわけではないが……いや、それも誰か適当な人材に伝授してもらえばオーケーか?

 ともかく、素敵なドレスを着放題! 色とりどりの宝飾品も付け放題だ!

 どうだ? 女の子なら誰もが夢見るだろう?」


「残念ですが、私はそういった物に興味がありません。

 ドレスや宝石なんかで心動かされるほど、私は安い女じゃないぞ。キリッ」


「なら米をやろう」


「わーい、王子様しゅき。いっぱいしゅき」


 無表情のまま抱きつく。ワグネはちょろい女だった。


「よーし! なら俺とお前は今日から晴れて婚約者だ!

 ともに王国のため、その力を尽くそうではないか!」


「おー!」


 王子と共に、天へ向かって拳を突き出す。


 ――ここに、婚約が成立した!




--




 こうして……。

 リアンの森に住む魔女ワグネは王子様と婚約し、歴史の表舞台へ姿を現すことになりました。


 暗黒竜の竜玉を触媒にした転移門作りに始まり、そのポーションを巡って彼女は様々なトラブルへ巻き込まれることになるのですが……。


 それはまた、別のお話……。

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