その日の出来事①
自分の真ん前の席に座っているのは寺内と言う、内心今まで生きてきた中で最も軽蔑する男だ。外面が良いので1年の時に出会った頃はそれなりに親しかったもののその正体は何か気に入らない事があればブチ切れて破壊行動に走る、いわゆるDV癖のあるヤツだった。一度他校の生徒とケンカして停学喰らった事もある。それなのに、この3年間で付き合った(単に寝ただけ?)女の数は10人以上と謎にモテる男だった。確かにホストクラブにいそうな顔ではあるが、とにかく3年の自分はこの学校のトップでございと言わんばかりの態度はコイツに限ってトコトン鼻についた。それに勉強が絶望的に出来ないので、高校へ行くのかどうかは怪しい。
担任が来て、卒業式の話を始めた。はっきり言ってどーでもいい。どうせ高校でも同じ様な生活があと3年続くのだから、いちいち区切りのヤラセレモニーなんてやる意味ないし。前の席の寺内はと言うと、俯いて机の下でケータイをカチカチ弄っていた。別にいつもの事だ。ヤツに「進路」なんて言葉はないのだろう。
顔を動かさずに周りの様子を目でぐるりと見渡してみた。何やら1枚の紙をまわしているようだ。渡されたその紙に皆何か書いて、また自分の後ろか前か横の席の人へと渡している。話をよく聞いてなかった自分は、それが何の紙かよくわかんなかった。
やがて紙は寺内の所へ来た。その次は自分だ。しかし、寺内は相変わらずケータイ画面とにらめっこだ。なぜか息遣いが荒く、こっちまでゼイゼイ聞こえてくる。
「ゲームでもしてんのか?」自分は9割そうだと思った。ただ、違和感があるとすれば寺内がマフラーで膝かけしてたってこと。確かに3月とは言え寒い日だったのでマフラー自体は不自然じゃないけど寺内が女子みたいに膝かけなんて、らしくないなとは思ってた。
「おぉい、寺内!」担任が遂にシビレをきらして聞き飽きたガラガラ声で寺内を呼んだ。
「早くあみだくじをまわせ!」
反応はない。
(こんなとこで原田がキレるとメンドーだなぁ)
この時、自分がやった事を一晩明けた今も後悔してる。
あのまま寺内をほっといて担任にまかせたらよかったんだ。
そしたら、全てアイツ一人がやっていたことなんだから。今となってはもう遅いし、関わりたくもないけど。
愚かなことに、自分は寺内の背中を軽くトントン叩きながら急かしてしまった
「ちょっと寺内、早くそのか―」
その後の状況を把握するのに、5秒かかった。何かが顔に当たったのは確かだが、なぜこんな事態になったのか理解するのはもっと時間がかかった。「空白の時間」が自分を囲み、気づいた後の周りの引きつった表情、女子の中には悲鳴をあげる子もいた。生徒だけではない。担任の原田までも今まで見たことないくらい焦った表情で自分の方に来た。しかし、最もびっくりしたのは目の前の寺―いや、そこには名前のない人間辞めたイキモノが理解不能な言葉を喚き散らしてることだった。ソレの片っぽの肘には…赤黒いもの、つまり自分の血が付いてた。
自分はアレに肘鉄を喰らっていた!!