【短編版】皇子の婚約者になりたくないので天の声に従いました
数ある作品の中から、こちらにたどりついていただきありがとうございます。
基本的にノリ99.9%で書いた作品ですので、細かい設定がぶっ飛んでいます。
いろいろ補足・修正版として連載版も始めました。
ですが、こちらもぶっ飛んでいます。よろしければお付き合いください。
十歳になったら貴族は王立学校へ通わなければならない。十三歳になったら騎士科か魔導科を選ばなければならない。さらにその魔導科の中の優秀な女性から、王族男児の婚約者が選ばれる。と、言われている。
「何、騎士科に進学したいだと!?」
シラク公爵の声が、屋敷中に響いた。その声に驚いて、屋敷の一室で昼寝していた猫がにゃーにゃー言い出し、外を走り回っている犬がわんわん吠え出した。
「はい、お父様。私、ミレーヌ・シラクは、騎士科に進学を希望します。騎士科へ進学し、お父様やお兄様のような立派な騎士になりたいと思っています」
「ミレーヌ」
父親から名を呼ばれる。
「はい」
「父や兄のようにと……。とても嬉しいじゃないか」
父よ、仮にもあなたは騎士団長です。これくらいのことで泣くのはおやめください。
「しかし、ミレーヌ。いいのか?」
兄が口を挟む。
「何を、ですか?」
「王族の婚約者候補にかすりもしないぞ? 婚約者は魔導科から、と決まっている」
「はい。存じております。その婚約者候補になりたくないから、騎士科に行くのです。私は、お父様やお兄様のような騎士と結婚したいのです」
「ミレーヌ……」
兄よ、あなたも第五騎士隊の副隊長ではありませんか。それくらいのことで泣くのはおやめください。
そして、騎士と結婚したいというのは嘘です。厳密に言うならば、あの第一皇子と結婚したくないのです。
理由? だって、好みじゃないから、顔が。これ、重要。
***
ミレーヌには幼い頃から天の声が聞こえていた。天の声と言ってもミレーヌがそう呼んでいるだけで、本当に天から聞こえる声ではない。ミレーヌの中のもう一人の声、と言った方が正しいのかもしれない。
その声が、ミレーヌが六歳の時にこう言った。
(お父様を止めて。この大雨の中、出かけることを止めて。とにかく五分でいいから引き留めて)
その日は大雨だった。国内のいたるところで被害が出ているということで、当時騎士団の副団長であった父親は休暇中であるにも関わらず、招集をかけられた。急いで屋敷を出ようとする父親にミレーヌは泣きながら言った。
「お父様、行かないで。ミレーヌのことを置いて行かないで。ミレーヌも恐いの」
かわいい娘に泣かれてしまった父親は、一生懸命娘をなだめ、そして出かけようとする。とりあえず五分は泣き続けようと思っていたミレーヌ。そのとき、外から従者が駆けこんできた。
「旦那様、大変です。この大雨でがけ崩れがおきて、王城への道がふさがれてしまいました。危うく、あれに巻き込まれるところでした」
――天の声が父親を救ってくれた?
幼いながらもミレーヌはそう思い、これからは父親の命の恩人の天の声に従おうと思ったのだった。
その天の声が再び、ミレーヌに助言をしたのは十三歳になろうとする年だった。普段は何気ない話をしてくれる天の声。何をしなさい、これをしなさい、とあまり言わない。だけど、そのときだけは違った。
(ミレーヌ。魔導科に進学しては絶対にダメ。必ず騎士科へ進学するのよ)
どうして? ミレーヌは尋ねる。
(王族の婚約者は魔導科からって決まっているでしょ? あなたが魔導科に進学したら、何をしてもどうあがいても、第一皇子の婚約者に選ばれてしまうのよ。だから、最初から候補から外れる道を選択しなさい)
わざと魔法が下手な振りをすればいいんじゃないの? 優秀な人しか選ばれないのでしょ? ミレーヌは思った。
(それでもダメなのよ。あなたが魔導科に進学する限り、何をしても婚約者になってしまうの)
えー。それは嫌かも。だって、あの皇子。顔が嫌い。
(わかる。でも、何をしても婚約者に選ばれてしまうの。悲しみしかないわね。そしてさらに、もう一つおまけがあるのよ)
何、何?
(卒業する年に、平民出の優秀な生徒が現れて、皇子はその娘に夢中。ミレーヌは婚約破棄されてしまうの。さらに、その娘に嫌がらせをした罰で、国外追放となってしまう)
なんなの? その流行りの展開は。
(そうなの。ミレーヌは流行りの展開にのってしまうのよ。だから、それを覆すには騎士科に進学して、騎士となる道を選ぶのが一番いいの)
そういうことで、ミレーヌは天の声に従って騎士科への進学を決めたのだ。好みでない第一皇子の婚約者に選ばれた挙句、国外追放とは。なんなの、その人生。
そんな流れで騎士科進学を決めたミレーヌ嬢。
そのときの学校関係者と王族関係者と魔導士団関係者のお話では。
「シラク公爵。ミレーヌ嬢を騎士科に進学させるとは正気か」
「ミレーヌ嬢は白魔導士団長の娘。優秀な魔導士になる娘だぞ」
「騎士科では、王族の婚約者候補から外れるのだぞ」
「ミレーヌ嬢を魔導科へ進学させよ」
という反対の声で溢れていた。
だが、そこは父親であり騎士団長であるシラク公爵。
「娘が進みたいという道を反対する父親であってはならない。騎士になりたいと思う子供の背中を押せないような騎士団長であってはならない。この未来を担う子供たちの人生を、大人の勝手な意見で決めつけてしまって、よろしいのか」
その会議室の部屋の窓が共振するほどの大声が響いたため、皆、それ以上は何も言えなかった、らしい。
力ある父親からの後押しもあり、ミレーヌは無事に騎士科への進学が可能となった。
***
そんなミレーヌも十七歳になる。本来の年頃の令嬢であれば、婚約者の一人くらいいてもおかしくない年頃。でも、騎士科で騎士として毎日訓練に励むミレーヌには婚約者のこの字も見当たらない。それよりも、兄の結婚を先になんとかしてくれ、と思っていた。
ある日、ミレーヌたち学生も騎士見習いとして僻地任務を要請された。
しかし、騎士団長であるシラク公爵の強い要望により、ミレーヌは兄マーティンが隊長を務める第五騎士隊への同行となった。マーティンも四年も経てば、副隊長から隊長へ昇進していた。
第五騎士隊の隊員は、シラク団長とマーティン隊長が怖いからか、ミレーヌ嬢、ミレーヌ嬢とかわいがってくれる。しかしミレーヌも剣を一本構えれば、その辺の男性騎士に負けない。それは天性の賜物でありつつも、時間があれば父や兄に訓練をつけてもらっていたから。つまり、ミレーヌは努力家なのだ。
さて、第五騎士隊が派遣されたのは、国境の辺境、それも昔から魔物が多くいるともいわれている辺境だった。先に第三騎士隊が派遣されていたのだが、天候にもめぐまれず、魔物との戦いに苦戦していた。そこに応援として、第五騎士隊が派遣されることとなった。もれなく五人の騎士見習いつきで。五人のうちの一人がミレーヌというわけ。
第五騎士隊が現場にたどり着くと、第三騎士隊の面々はテントの中で寝込んでいた。何があったのか、とマーティンが確認をする。騎士隊についているはずの魔導士の姿も見えない。
「何があった」
第三騎士隊の隊長がいるであろうテントにマーティンが駆けこむ。むわっと血の匂いが立ち込めていた。
「マーティン隊長」と声をかけたのは、第三騎士隊の副隊長。「遠くまで足を運んでいただき、ありがとうございます」
「すまん、この状況が理解できない。何があったか説明してくれないか」
「はい」
第三副隊長がポツリポツリと言葉を放つ。
それをざっくりと要約すると。とにかく魔物にやられた、ということ。
そして、もう少し詳しく説明すると、動けるものは近くの町に避難し、残っているのは動けない、もしくは動かすことができない者たち。そして、それを看病している動ける者たち。魔導士がいないのは、魔導士も魔物にやられてしまい、町に避難してしまったからだという。
一通り話を聞いたマーティンが口を開く。
「念のための確認だが、そこで寝ているのはエドガー隊長か?」
「はい」
マジか。あのエドガーがこの有様か。副隊長が無事なのは、きっと彼がかばったからだろう。そういう男だ、エドガーは。
エドガーは第三騎士隊の隊長であり、マーティンと同期入隊。エドガーの冷酷さは老若男女問わず、彼の目をみたら石になる、とも言われている。超絶クールな毒吐き。その毒にマーティンも何度やられたことか。別名、氷河期の騎士。しかし、騎士隊への責任感は強く、部下からも絶大なる信頼を得ている。
つまり、その責任感の強さがこうなったというわけか。
「残念ながら、第五騎士隊は魔導士を連れてきていない。怪我の回復は治療薬に頼るしかない」
魔導士を連れて来なかったことを少し後悔するマーティン。まさかこんな状況になっているとは思わず。
「承知……、いたしました」
副隊長が渋々と承諾する。
「まずは、ケガ人の治療に第五騎士隊のメンバーをあてよう」
マーティンはテントを出て、第五騎士隊のメンバーを集めた。状況を簡単に説明する。まずはケガ人の治療を最優先。その後、魔物討伐、という流れ。
一番後ろで、うんうん、と首を振りながら話を聞いているミレーヌに気づく。とりあえず、他のメンバーを各テントにあてがってから、妹を呼んだ。
「ミレーヌ」
「はい、なんでしょう。マーティン隊長」
「いつものように呼んでくれないのか。兄さんは、寂しい」
「一応、任務中ですから。お兄様も公私混同なさらないようにお願いします」
隊長のくせにこういうところがダメなんだ、とミレーヌは思う。
「我が妹ミレーヌよ。回復魔法を使えるよな?」
兄は問う。
「いいえ、使ったことがありません。私は騎士ですから」
妹は答える。
「いや、あの母上の娘だぞ? 使えるに決まっているではないか」
「その理屈でいけば、お兄様も回復魔法が使えることになります」
ミレーヌのその言葉に反論できないマーティン。
と、そのとき、いつもの天の声が聞こえた。
(ミレーヌ。あなたは回復魔法が使えるの。あなたの回復魔法を待っている人がいる)
え? 私、回復魔法が使えるの? と心の中で問う。
(えぇ、あなたのお兄様も言っていらしたでしょ。あなたはあの白魔導士団長の娘ですもの。潜在的な魔力が高いのよ。私が教えるから、この第三騎士隊のみんなを助けてあげて)
「お兄様」
突然、ミレーヌが声をあげた。
「私、回復魔法でみなさんを救います」
「今、使えないと言っていただろう?」
「厳密にいえば、使えないのではありません。使ったことがないのです。ですから、初めて使います。私の初めて、でよければ」
「いい。ミレーヌの初めてでいい。無いよりはマシだ」
マーティンはミレーヌを第三騎士隊の隊長のテントに案内した。
「副隊長、妹のミレーヌだ」
マーティンは律儀に紹介する。そのためミレーヌも。
「騎士見習いのミレーヌです」と頭を下げる。
それにつられ、副隊長も自己紹介をする。
だけど彼としては、なぜこの場に騎士見習いを連れてきたのか理解できなかった。ただの妹自慢か、とさえ思える。
まぁ、自慢できるくらいの美人だから、目の保養にはなるけれど。いや、っていうか妹って言ったか、今。噂の団長の娘? と副隊長は驚く。
「ミレーヌ、やってみろ。彼は第三騎士隊隊長のエドガーだ」
目の前で横になっている男に視線を向ける。体中、顔中、包帯でぐるぐる巻きにされて、まるでミイラだ。
「お兄様。この方に私の初めてを捧げればよろしいのですね」
「そうだ」
(ミレーヌ、回復魔法をかけたいところに右手の手の平をあてて)
天の声が言う。言われた通りに、まずはエドガーの顔に手の平をあてる。
(ほら、どんどん手のひらが温かくなってくるでしょ)
天の声が言う通り、手のひらが温かくなってくる。するとポワッと光の球が生まれて、それが回復したい場所を包み込む。
(回復魔法は、本人の治癒能力を高めるお手伝いをするものよ。だから、体力がある人の方が回復は早いの)
天の声はそう言うが、相手は包帯ぐるぐる巻きのため、傷がよくなっているかどうかがわからない。ま、いいや。
とりあえず、顔、そして胸、最後に足と三箇所手の平をかざした。
最後の光の球が消えると、エドガーがもぞもぞと動き出した。副隊長が顔の包帯を外す。
「気がつかれましたか、隊長!」
(よくやったわ、ミレーヌ。これで隊長は大丈夫よ)
包帯を外されたエドガーは、何のために包帯を巻かれていたかわからないくらい回復していた。
ちょっと、初めてのわりにはすごくない? とミレーヌは心の中で自画自賛。
(よくできたわ、ミレーヌ。あなたは騎士でありながらも回復魔法が使えるの。それは自信をもって)
ミレーヌは天の声に頷く。
「ここは……」
どうやらエドガー隊長は、気が付いたようだ。額に手を当てながら身体を起こす。
「派手にやられたな、エドガー」
「その声は、マーティン。なんだ、第五騎士隊が来たのか」
「なんだとはなんだ。誰が回復魔法をかけたと思っている」
「魔導士ではないのか」
「何を言う。かわいい我が妹だ」
「マーティンの妹? ああ、噂の団長の娘か」
噂の団長の娘。団長に似ているから、魔導科をやめて騎士科に進学したと言われている娘。
「かわいい我が妹は、尊敬する兄である私の後を追って、今では騎士見習いだ」
騎士見習いなのに回復魔法を? とエドガーは思う。だが、命の恩人にかわりはない。
「ミレーヌ」とエドガーが彼女の名前を呼ぶ。
「おい、呼び捨てにするな」とマーティンが言う。
ちょっとめんどくさい、とエドガーは思った。
「ミレーヌ嬢」
次は敬称をつけてその名を呼ぶ。呼ばれたミレーヌは「はい」と返事をする。
「あらためてお礼を言う。ありがとう」
「いいえ、どういたしまして。騎士として当たり前のことをしただけです。ちょっと私の初めてでしたので、自信がありませんでしたが」
そこで初めてミレーヌは、第三騎士隊隊長であるエドガーの顔を見た。
(ミレーヌのタイプでしょ)
ふふっと、いたずらな天の声が言う。その通り。目の前には理想の顔が。
黒い髪は長く美しく。そして切れ長の黒い目。ちょっと不愛想な顔。よく言えば、クールっていうやつ。やはり騎士隊隊長はこうでなければ。
エドガーも命の恩人であるミレーヌを見つめる。
マーティンの妹、と言っていたよな? と、思いながらも彼女を見つめる。
二人の視線が絡まり合う。
「おい、二人の世界を作るな」
そこでマーティンが口を挟んだ。
「いや、本当に貴様の妹なのか?」
「なんだと?」
「似ていないにも、程があるだろう」
実はシラク公爵と公爵夫人は野獣と美女と言われている夫婦。騎士団の団長である公爵は、それはもう、身体は大きく、いかつく、顔のもじゃもじゃ髭がさらに貫録をつけている。動物に例えると、可愛く言えば、熊、ごつく言えば、ゴリラ。それがシラク公爵。公爵夫人は白魔導士なだけあって、可憐で儚い、ように見える。動物で言えば、猫? ウサギ?
そしてマーティンは、おもいきり父親似のただの筋肉ゴリラであり、残念ながらイケメン筋肉ゴリラではない。ただの、ゴリラ。ミレーヌは母親似の小動物系。
それで先の話に戻るが、騎士科に進学したであろうミレーヌは、なぜか父親似のゴリラであることを想像されている、らしい。容姿がゴリラだから、わざと婚約者候補から外れる騎士科を選んだ、ともされている。
さらに余談だが。そんな優秀な白魔導士である母親も、王族、つまり現国王の婚約者候補にまであがったらしい、のだが。何をどうあがいて間違えたのか、シラク公爵と一緒になってしまった。父親が言うには、母の方が父親に惚れたらしい。
実際問題、母親と国王の婚約が成り立たなかったのは、家柄の関係が大きいのではないかと、ミレーヌは思っている。多分、母親は子爵出だったはず。現国王妃は、公爵令嬢だったはず。
余談が長くなってしまった。
「お兄様、次の方の治療にいきましょう」
回復魔法が使えると知ったミレーヌはやる気満々だ。
「そうだな。副隊長、次のテントに案内してくれ」
「いや、私が同行しよう」
「ケガ人は寝ていろよ」
可愛い妹と他の隊長が一緒にいるのが面白くないマーティン。
「おかげさまで怪我は治った。そして、これから治療するケガ人は私の隊員たちだ。私が案内しよう」
エドガーはベッドからおり、包帯を外す。手伝います、とミレーヌもそれを手伝う。興味があったのだ。自分の魔法の力に。本音を言えば、エドガー自身にも興味はあるのだが。
「お兄様。私、すごくないですか?」
実際、エドガーが動けるようになったことで全身の怪我の回復具合はわかっていたのだが、包帯を外したことで、よりその回復具合が目に見てわかる。
「さすがミレーヌだ」とマーティンは喜んで、ミレーヌの頭を撫でる。
「では、さっそく、次に行きましょう」
エドガーはミレーヌを他のテントへと案内した。団長の娘、マーティンの妹のミレーヌ。
意識が遠のき、痛みで意識が戻るような感覚の中、目の前の眩しい光に導かれ目を開けた。先に、マーティンの妹と耳に入った時には、どんな容姿なのかと思ってしまったが、そこには慈愛に満ちた笑顔で彼女が待っていた。
死にたくなる感情の中、心に一つの希望を持てたのは、彼女のおかげにちがいない。まるで、聖女のようだと彼は思った。初めて湧く感情に戸惑いを感じつつも、この聖女をどうにかして自分のものにできないか、というところまで考え込んでいた。
***
僻地赴任から戻ると数日の休暇が与えられる。国境を脅かしていた魔物討伐を無事に終え、戻ってきた第三騎士隊と第五騎士隊は束の間の休息に入った。
そしてなんとも運が良いことに、休暇と建国祭の時期が重なった。建国祭とはその名の通り、国が作られた日を祝うお祭り。騎士隊も交代制で任務につかなければならないが、僻地帰りの第三と第五はその任務の除外対象になった。
ミレーヌは一通の手紙を受け取っていた。差出人は第三騎士隊のエドガー。先日のお礼を兼ねて、建国祭を一緒に、という。
(やったわね、ミレーヌ。憧れの隊長とデートよ)
天の声は冷やかす。ミレーヌはその手紙を何度も読み返し、夢じゃないかしら夢じゃないかしら、と何度も思っていた。そのたびに天の声は、夢ではないわ、と言ってくれた。
「ミレーヌ。今年はなんと建国祭に休みが取れた。兄さんと一緒に出掛けようではないか」
妹ラブのマーティンが誘ってくれた。だけど、それもやんわりと断る。
「お兄様、今年はお友達から誘われましたので。お友達と出掛けてもよろしいですか」
「何、ミレーヌにも友達がいたのか。それは良かった。では、私も友人と出掛けようとしよう」
それよりも女性の一人や二人と出掛けてください。と、ミレーヌは心でそっと呟く。それに兄の言う友達とは、第五騎士隊のメンバーに違いないだろう。
「あ、お兄様。第三騎士隊の皆様は、どうされていますか?」
ミレーヌの初めての回復魔法が気になっていた。
「ああ、皆、ピンピンしているよ。あのときの姿が嘘じゃなかったのか、と思えるくらいに。ミレーヌのおかげで、我が第五騎士隊の評価はグッと上がった」
グッとで、右手で拳を握る。
「第五騎士隊のお役に立てて良かったです」
ミレーヌは上品に笑んだ。
「それから、ミレーヌの力は第三騎士隊にも第五騎士隊にも口止めをしておいた。バレたら魔導科へ転科ということもありえるからな。騎士になりたい、というミレーヌの気持ちをふみにじるようなことはしない」
「ありがとうございます、お兄様」
「もし、ミレーヌの力をばらすような奴がいたら、尻叩き千回の刑だ」
それは、絶対に拒否したい刑だ。やられるような人がいるとしたら、自業自得だと思うとともに、同情だけはする。
***
建国祭当日。従者に祭会場の入口まで送ってもらう。帰りは友達と帰りますから、と言って、従者の迎えを断った。それも、エドガーからの手紙に書いてあったのだ。帰りは送らせてほしい、と。両親は仕事で不在。問題は兄だが、兄が帰宅する前に帰れば問題ないだろう、と甘く考えている。
エドガーとの待ち合わせは噴水の前とのこと。
いつもの騎士服ではないけれど、遠目から見ても彼だとわかった。さすが、好みの容姿は遠目からでもわかるようにできているらしい。
気づかれないようにそっと後ろから声をかける。
「お待たせしました、エドガー隊長」
驚くかな、と思っていたのに、さすが騎士隊長。気配で察していたらしい。
「今日は、わざわざ来てもらって悪かった」
「いいえ。私も、隊長からお祭りに誘っていただけて、とても楽しみにしていました」
「その」とエドガーは口元に手を当てる。「隊長と呼ぶのをやめていただけないだろうか」
ミレーヌは首を傾ける。
「エドガーと呼んで欲しい」
「わかりました、エドガー隊長」
「だから、隊長はいらん」
「はい、エドガーさん」
エドガーはさん付けで妥協した。
「君に、あのときの御礼をしたいと思って、プレゼントを考えたのだが。何がいいのかわからなくて」
「御礼なんていりませんよ。私は騎士として当然のことをしたまでですから」
「君にとっては当然のことかもしれないが、私にとっては命の恩人だ」
「大げさですよ」
ミレーヌはそこで笑顔を浮かべる。
「そうか」
エドガーは御礼の話をあきらめた。
「では行くとするか」
自然と彼が右手を差し出してきたので、ミレーヌは自分の左手を差し出した。ら、手を取られた。
「人が多いから、はぐれたら大変だ」と、エドガーが言う。
「まるでお兄様みたいです」とミレーヌは笑う。「私が迷子にならないようにって」
エドガーとしては複雑な心境。
それから二人、仲良く手をつないでお祭りの露店を見て回ることにした。
ミレーヌが言うには。
「父も母も兄も、この時期は仕事が忙しいから。こうやってお祭りをゆっくり楽しんだことは無いのです」
誘ってよかった、とエドガーは思う。
髪飾りを売っている露店があった。そこでミレーヌが立ち止まる。
「髪飾りが欲しいのか?」 エドガーは問う。
「いえ、あの。訓練のときに髪を縛る紐が欲しいなと思いまして」ミレーヌが答える。
「では、私からそれを贈らせてほしい」
(ミレーヌ、断ってはダメよ)
今まで静かだった天の声。
「ありがとうございます」自然とミレーヌの口からその言葉が出た。
エドガーと二人で髪を縛るための組紐を選ぶ。訓練用なので、シンプルなものが良いだろう。赤八割と黒二割の飾り気の無い組紐を選んだ。
そしてミレーヌはもう一つ。赤二割と黒八割の、先ほどと色違いのデザインを選んだ。
「これはエドガーさんに。良かったら、使ってください。今日のお礼です」
***
そしてこっちは、むさ苦しい男三人衆。よく見ると、第五騎士隊のメンバーではないか。隊長、副隊長、隊員Aの三人。
お祭りの露店に併設されている喫茶スペースで、飲み物を飲んで休憩中の三人。
「隊長、なんでミレーヌ嬢を連れてきてくれなかったんですか」
とぼやくのは、副隊長。
「ミレーヌにも友達の付き合いというものがあるのだ」
「むさいです。むなしいです」と隊員A。
「何が悲しくて、この三人でお祭りなんですか」と副隊長。
「我々には、同行してくれるような女性がいないからだろう」
事実、事実ではあるが、悲しい。
「そういえば」と副隊長が口を開く。「さっき、恐ろしいモノを見ました」
「恐ろしいものだと?」
眉間に皺を寄せ、マーティンが尋ねる。
「はい」内緒ですよ、と副隊長が言うので、むさ苦しい男は三人顔を寄せ合う。
「笑顔のエドガー隊長……」
ヒヤっと冷たい汗が背中を流れた。
「それは、怖い。あの、エドガーが笑顔だと?」
マーティンが聞き返す。
「はい。しかも、とても素敵な女性を連れていました。あのエドガー隊長が、女性と手をつないで歩き、笑っていたんです。怖くないですか?」
副隊長の告白に、先ほどから背筋に冷たいものが流れ、止まらない。これが悪寒というものか。
「想像しただけで鳥肌が立つな」
言い、マーティンは露店で買った冷たい飲み物を、グイッと飲んだ。残念ながらアルコールではない。
実はこの三人。お祭りに同行するような相手、家族がいないことから、任務を任されてしまった。お祭りの見回り、という嬉しいのか悲しいのかわからない任務。
「隊長、噂をすれば。というやつではないですか?」
隊員Aが、小さな声で言う。「あれ、エドガー隊長ですよね?」気づかれないように、そっと指をさす。
言われ、隊員の指先を追って、マーティンは顔を向けた。
そこには、楽しそうに歩いているあのエドガーがいる。私服ではあるが、間違いなくエドガーだ。目の合った者を凍り付かせる、と噂されている氷河期の騎士エドガーだ。
「間違いなく、エドガーだ」
「ほら、隣に女性がいますよね。手をつないでいますよね?」
間髪いれずに副隊長が言う。言われ、じっと観察をする。エドガーは隣の誰かと手をつなぎ、その誰かとしゃべっている。そして、時折、笑顔を向ける。
「ヒッ」
と、危うく悲鳴をあげそうになり、それを飲み込んだ。
「大丈夫ですか、隊長。エドガー隊長の笑顔に殺られましたか」
「だだだだだ、大丈夫だ」
マーティンは気づいてしまった。あのエドガーの隣を歩いているのは、妹のミレーヌ。間違いなくミレーヌだ。
騎士見習い時の格好とは違うから、副隊長も隊員Aも気づかないのだろう。でも自分はミレーヌの兄だ。私服姿の妹であること、見ればわかる。
***
建国祭も終わり、第三騎士隊と第五騎士隊の休暇も明けた。その休暇明けに噂になったのが、エドガー隊長の笑顔だ。
どうやらあの建国祭で、楽しそうに女性と手をつないで歩いているエドガーの姿を、数多くの騎士隊員たちが目撃していたらしい。そして、皆、凍りついたらしい。
「よ、エドガー」と、不機嫌マックスのエドガーに対して、陽気に声をかけてきたのは第四騎士隊隊長のロビーだ。
昼休憩。食堂で食事をしようとやってきた。そこで今、噂のエドガーを見つけたら、面白おかしく話を聞くしかない。と、ロビーは思っていた。
「なんだ」
エドガーは、見たものを凍り付かせるような冷たい視線で、ロビーを見る。
「いつにも増して不機嫌だな」
手にしていたトレイをテーブルの上に置き、エドガーの向かい側に座る。
「周りがうるさいからな」
「彼女に会えてないのか?」
ロビーのその一言で、もう一度ギロリと睨む。「図星かよ」
「彼女も忙しいからな、時間が合わない」と言い訳をする。実際、ミレーヌはまだ学生の身の騎士見習い。授業もあるし、訓練もある。そしてなぜか、マーティンがべったりと張り付いている。
「で、相手は誰なんだよ」
ロビーは興味津々。
「言うわけが無いだろ、このアホが」
「だよな。この氷河期の騎士を惚れさせた女、興味はあったんだけどな。スゲー美少女らしいな」
「似ても似つかないな」
「誰にだよ」
そのツッコミにエドガーは答えない。
「わかったよ、相手は聞かない。で、どこまでいったんだ?」
「建国祭に誘っただけだ」
「じゃなくて、彼女とどこまで進展してんだ?」
「父親を通して、結婚の申し込みをした」
ロビーは危うく、食べていたパンを喉に詰まらせるところであった。
「そこまでいったのかよ!」
「彼女は私の運命の女性だ。早くしないと他の男に取られる」
ロビーとしては、エドガーにそこまで言わせる彼女が気になって仕方なかった。
そこへ、騎士団長のシラク公爵がやってきた。
「エドガー、食事中のところ悪いが。今日の訓練が終わったら、団長室へ来てほしい。ああ、立ち会いはロビーに任せよう。二人とも、訓練の後、団長室に来てくれ」
本当にそれだけを言って立ち去る。
「お前、団長に何をしたんだよ」と、小さな声でロビーが言う。
「だから、結婚の申し込みを」と、エドガーが答える。
「団長に?」
「んなわけあるか。団長の娘だ」
「え? マーティンの妹ってことだろ? あのゴリラの」
「お前、失礼なヤツだな。立ち会いするなよ」
「いや、団長に頼まれたからには立ち会う。ゴリラの妹、見てみたい」
エドガーはもう一度、ギロッと睨んだ。
***
婚約の儀とはお互いの名前の交換から始まる。
「遅くなってごめんなさい」と、ミレーヌが団長室に入ると、父親とエドガーと、そして見たことあるけど名前の知らない人、が座っていた。エドガーと名前の知らない人が並んで、父親の向かい側に座っている。
「ミレーヌ」と父親が名前を呼び、おいでおいでと手を振るので、父親の隣に座る。
「今日は何かあったのですか? お父様」
ミレーヌの名前の知らない人、つまりロビーのことであるが、ロビーは彼女の姿を見て驚くしかなかった。
「だだだだだだ団長の、娘?」と、動揺も隠せない。
「はい?」とミレーヌは返事をする。
「似てない」と小さくロビーが呟いたのを、エドガーはしっかりと聞いていた。
「ミレーヌ。本来であれば、こんな場所ではなくきちんとした場所でやるべきなんだが。仕事もたてこんでなかなか帰れず、申し訳ない。エドガーから婚約の申し込みがあったのだが、二人はそういう仲であると思ってよいのだな?」
そういう仲ってどういう仲? ってミレーヌは思った。が、建国祭の帰り道を思い出し、赤面する。
建国祭の帰り道。ミレーヌはエドガーと並んで歩いていた。人込みも無く、屋敷へと続く道を静かに二人で。もうすぐで別れなければならない、というとき、エドガーが彼女の手をとり、言った。
「突然、こんなことを言うと驚かせるかもしれないが」と、鉄面皮が言う。今までの笑顔はどこへ消えたのか。それともこれが本来の彼の姿なのか。いや、ただ単に緊張しているだけなのか。
「結婚を前提に、私と付き合ってほしい」
という結果がコレか。婚約するのが手っ取り早いけど。そしてこういうときにかぎって、天の声は静か。いや、最近は静か。
「はい」父親の確認にうつむきながら、ミレーヌは返事をした。もう、顔がほてってしまい、まともにエドガーを見ることができない。
「では、婚約の儀をすすめよう。立会人、ロビー・ボード」
あ、ロビーという名前だったのか、とミレーヌは思う。
その後、エドガーとミレーヌの名前の交換の儀を終え、二人は正式に婚約者同士となった。
このときの二人の髪は、あのときのお揃いの組紐で縛られていた。
(おめでとう、ミレーヌ)
静かだった天の声が聞こえた。
噂というものはあっという間に広がるもので、氷河期の騎士と団長の娘のめでたい話は騎士団の誰もが知る話となった。ただ、皆、団長の娘の容姿に少々誤解があるようで、エドガーがミレーヌと並んで歩いていると、さっそく浮気かよ、と言われる始末。
どうしてかしら、とミレーヌは首を傾けるのだが、エドガーはあえて言わない。
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第一皇子の婚約者になる予定だったミレーヌが、第三騎士隊の隊長の婚約者となってしまったおかげか、残念ながら第一皇子の婚約者はまだ決まっていない。
本来なら、この時期に平民出の娘シャノン、天の声が言うにはヒロインと呼ぶらしい、が皇子と劇的な出会いをするはずなのだが、それも残念ながら無いらしい。
と思いきや。
マーティンがこの娘と結婚したいと連れてきた娘がシャノンであった。喜んだのは両親、むしろ母親。シャノンは平民の娘だが、魔導科での成績はトップクラスとのこと。あれよあれよと婚約の儀を済ませてしまう。
後日、ミレーヌがシャノンに二人の出会いを聞いた。クラスメートに押されて、校舎の窓から落ちてしまったところを、偶然、その下を通りかかったマーティンが抱きとめてくれた、と。
(本当はその押した人がミレーヌだったはず、なんだけどね)という天の声。
ん? とミレーヌは思う。
二人の出会いの話はまだまだ続く。シャノンから見たら、マーティンは熊のような人らしい。体が大きくて、怖そうに見えるけど、熊のぬいぐるみのように安心感を与えてくれる、と。
その意見が一致したのが母親。母親が父親に対する見解と一緒だ、ということで、熊でゴリラを伴侶とすることを誓った二人は盛り上がっていた。
(みんな幸せになってよかったわね)と天の声が言う。
(そろそろ私の出番もおしまいね)
え? なんで? 寂しいよ。ミレーヌは心の中で言う。
(私は、みんなを幸せにするためにいたから。ミレーヌも、シャノンも、幸せになったなら、私はおしまい。そろそろ消えるね)
もう、あなたとはお話できないの?
(でも、いつでもみんなを見守っているから)
ありがとう、天の声。あなたのおかげで私もエドガーと出会えたよ。
(ありがとうミレーヌ。末永くお幸せに。あなたのおかげで、裏ルートのマーティンを攻略できたよ)
最後の言葉が解せないが。
それきり、ミレーヌには天の声が聞こえなくなった。
それでも、ミレーヌがエドガーと幸せな時間を過ごし、マーティンもシャノンと出会えたのは、天の声のおかげであることに違いはない。
たくさんのブクマ・評価ありがとうございます。
これもいつも読んでくださっている、みなさんのおかげです。
これからもよろしくお願いいたします。
3/19 & 20 追記。
報告、ご感想ありがとうございます。感想は、はじめていただきました。
一夜あけたら、すごいことになっていて、驚くばかりです。
一万文字くらいで一つ書きたくて、詰め込んだ結果がこうなってしまいました。
至らない点は多々ありますが、読んでくださり、本当にありがとうございます。
3/20 14:00現在、
総合とジャンル別の日間一位になっていて、目を疑いました。夢ですか?
これも、本当に読んでくださったみなさんのおかげです。
報告やコメントも拝読して、次のネタ用に書き留めています。
ネタ大好き人間ですので、感想読んで笑わせてもらっています。
本当に、ありがとうございます。
3/21 追記
みなさんからいただいた感想を読んで、妄想が広がり。
現在、修正加筆しております。
この短編の全面書き換えも考えましたが、やはりこの文章にいただいたコメントということで、こちらはこのままにいたします。
準備が整いましたら、活動報告のほうで連絡いたします。
本当にコメント、ブクマ、評価ありがとうございます。
妄想が止まらなくて、妄想が止まらなくて。
これからも、どうか妄想にお付き合いください。