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異界演武  作者: 八神あき
武闘大会編
5/7

達人

 準決勝。次の相手はシュカという名の老人だ。白い髪は短く切り揃え、綺麗に髭を剃ってある。痩せ細っているが腰は曲がっておらず、かかしのようにまっすぐ立っていた。腕は身体の後ろで組んでおり、戦意の欠けらも見出せない。

 台の上、勇人は対戦相手を睨みつける。瞳に殺意を湛え、腰を低く構えた。

 相手は老人。だが先の試合でも素人とたかを括って痛い目を見た。もう油断はしない。試合がはじまると同時に持ちうる最強の技で、ただ一撃で倒す。

 銅羅が鳴る。日本武術でいう縮地法で5メートルはあった距離を一息でつめた。老人の目の前の地面を踏みつける。

 震脚。踏み込みの一種だが、その重さは剣道などのそれとは一線を画す。木製の台は陥没。下方への衝撃は真上へと伝わり、さらに丹田を爆発的に膨らます呼吸法で力を増幅させる。すべての力は肩へと集約され、老人の胸に叩き込まれる。

 心意巴。少林寺に伝わる諸流派の中でも一撃必殺の威力を誇る流派で、拳よりも体当たりや頭突きでの打撃を主体とする流派だ。

 老人は体当たりしてくる勇人に対し、そっと左手を添え、足をかけた。ひっくり返る勇人の体に両掌を叩き込む。勇人は吹き飛ばされ、空中で身体を操り、地面に手を伸ばして摩擦で勢いを殺した。すんでのところで台の上にとどまる。慌てて立ち上がり老人に向き直るが、シュは最初と同じように台の中央で手を後ろに組んで佇むだけ。

 化勁。相手の力をいなし、返す技法。

「太極拳かよ……!」

 太極拳は今でこそ健康体操として扱われているが、もとは唐の武将が編み出した戦場格闘術。特に化勁に優れ、相手の力に真っ向から力で返すのではなく、柔らかく受け流し、反転させ、その力を敵に返す。

 柔よく剛を制し、剛よく柔を断つ。それを体現した流派。

 もっとも、清の貴族の間に流行したことで荒々しさが抜け、さらに文革で伝統武術が弾圧されてからは形だけの健康体操に成り下がったが。

 しかし、目の前のシュという老人はそれを実践レベルで習得している。

 達人。そう呼べる実力の持ち主を、勇人は師以外にはじめて見た。

「手強いな、こりゃ」

 勢いに任せて突っ込んでも初撃の二の舞になるだけだ。勇人は警戒を解かないまま、じっと相手を観察する。

 一方一方、ゆっくりと近づいた。間合いに入る。シュの首元へ左の手刀。シュは右手でさばき、左掌で打とうとする。勇人は右手で螺旋を描き、シュの腕を外側からすくって内に行き、また外へ受け流す。一方踏み出し右足をシュの膝裏にかけた。シュは母指球を視点にかかとを動かし逆に勇人の足をすくう。勇人は咄嗟に前足を脱力させる。後ろ足だけで立ったまま右の突き。それもさばかれる。

 突き、さばき、反撃し、受け流す。

 手技の応酬。しかし手だけに集中しているわけではない。少しずつ足も動かし、前後左右へ揺れ動き、やがて歪な円を描く。

 極度の集中。一見小さな動きだが、そこで行われる駆け引きは巧妙で、体力を消耗する。体が熱くなり、攻撃的な手を出したくなるが、必死に抑える。それをした瞬間負けるからだ。淀みない動きで隙を見せず、逆に相手が隙を見せるのを待つ。

 消耗戦。勇人が最も嫌う戦い方。それでも今はこれしかない。

 冷静に自己を抑え、敵の動きを観察し、適切な動作を実行する。常に身体のどこかが動き続けている。頭で考えているのではない。敵の攻撃に対し、反射的に今までの稽古で染み付いた動きが自然と出る。

 先に攻勢に出たのはシュだった。人差し指の第二関節を立てた拳で勇人の喉を狙う。勇人がそれを受けたら次の手でとどめを刺すつもりだ。だが、勇人はそれを受けない。

「かっ!!!」

 発勁の呼吸で喉へ勁を集め、敵の拳を弾き返した。受け技では目の前の達人には決して勝てない。ゆえに究極の剛で返す。

 シュが目を見開き、よろめいた。勇人は鳩尾に蹴りを入れ、ハイキックで顎を揺らして気絶させる。

 勇人の勝利。決勝進出だ。

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