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異界演武  作者: 八神あき
武闘大会編
4/7

一撃

 試合を終えた勇人は(うつむ)きがちに歩いて控えの建物に入る。他の出場者たちの視線を受けながら壁際まで移動し、座って柔軟をはじめた。

 足を180度開き、胸を地面につけた。ゆっくりと深呼吸し、戦いの熱を冷ます。

 目を瞑ると先程の試合の光景が蘇る。対戦相手に攻撃をかわされ、殴られ、反撃する。

 相手の呼吸、服の下での筋肉の微細な動き、視線、すべて克明に焼き付いている。

 跳ね起き、敵の幻影を撃った。さっきよりも動きがいい。一度戦うだけでこうも拳が磨かれる。効く打撃の打ち方がわかる。攻撃を出すタイミングも、当たる軌道も。

 今まで漠然と繰り返していた型の意味を理解できる。

 シャドウ打ちは息が上がるに留め、再び柔軟に戻る。前屈をしていると、足音が近づいてきた。顔を上げると、人相の悪い男が立っていた。

 男は勇人に何事が怒鳴りつけ、去っていった。なんと言っているのかはわからないが、穏当な雰囲気じゃない。

「……なんだ、あのチンピラ」

 疑念に思うも、すぐに気を取り直してストレッチに戻った。

 身体をほぐしている間に試合は進んでおり、勇人の2回戦目が回ってくる。

 武台に向かうため立ち上がると、ちょうど相手方もそちらに向かっていた。次の対戦相手は先程勇人に絡んできたチンピラだった。

 台に登り、向かい合うと相手は勇人を指差し何事か喚き散らす。よくわからないが、特に強調された部分、コウヨウキというのが自分の名前なのだろう。

 銅羅(ドラ)が鳴り、試合がはじまる。勇人は右足を大きく後ろに下げて構える。体重は後ろ足七割、前足三割。手は緩く開いて指先を相手に向け、手のひらを下に向ける。

 対するコウは、なのんの構えもなく、雄叫びを上げながら突っ走ってきた。

「は?」

 あっけに取られながらも反撃。突っ込んでくる相手に対して斜め前に身体を滑らせつつ足をかけ、バランスを崩した隙にボディブローを入れる。

「げはっ!!」

 目を見開き苦しむ相手に追撃。顔面に右ハイキックを入れ、右足が地面に着くと同時に身体を捻り、左足で馬蹴りをかました。

 コウはなす術もなく吹っ飛んでいく。場外ぎりぎりの所に落ち、ぴくぴくと手を震わせていた。

「……武術経験ないのかよ」

 動きはどう見ても素人。ただの喧嘩慣れした不良だ。勇人は場外に投げ飛ばして勝負を決めようと距離を詰める。

 が、コウはかっと目を見開いて飛び起きた。油断していた勇人の胸ぐらを掴み、頭突きを入れる。

「ってえな!」

 苛ついた勇人は顎に蹴りを入れ、よろめいた相手に回し蹴り。今度こそ場外送りだと思ったが、コウは台の縁にしがみついて復帰。そのまま台の中央までダッシュし、勇人を睨みつけた。

 服を脱ぎ、胸元をばんばん叩く。お前の攻撃など通じないというアピールだろう。

「くそっ。地味にうっとうしいな、こいつ」

 コウはその場で両手をあげ、勇人を待つ。柔道の構えのようだ。近づいた瞬間組みつくつもりだろう。

 勇人は舌打ちし、身を低くして相手の懐に飛び込んだ。柔道がお望みなら相手してやる。下から相手の腕に手をそえ、軽く引きながら逆の手で相手を持ち上げ、体格差のあるコウを容易く投げた。が、コウは投げられながらも勇人の腕を掴み、そのまま転がってマウントを取る。そして勇人の顔面を殴りつけた。当然、一発では終わらず、何度も何度も拳を振り下ろす。

 馬乗りでの攻撃。近代格闘技では反則に当たるのだろうが、中国憲法はルールなき戦場で磨かれてきた技だ。髪も掴めば馬乗りになって殴りもする。

 ゆえに、その状態からの返し技もある。

 勇人は乱雑に繰り出される攻撃を見極め、コウの手首を掴み、内側にあるツボに親指をめり込ませた。コウは激痛にうめく。しかし、それでも勇人を離そうとしない。

「嘘だろ」

 驚きに目を見開く。経絡(けいらく)を抑えられているのだ。その激痛は耐えられるものではない。そのはずなのに、現実としてコウは歯を食いしばってその痛みに耐えている。

「どんだけ根性あんだよ、お前!!」

 勇人は相手の両手首に螺旋状の力を加えた。手首、肘、肩と関節が決まり、力の逃げは失われ、コウの体幹に直接伝わる。コウは後ろに転び、自由になった勇人は咄嗟に距離を取った。

 コウはすぐに体勢を立て直して突っ込んでくる。

 はっきり言って舐めていた。武術経験のない対戦相手を、いやそれ以上に、戦いというものを。

 勇人は認識を改める。生半可な攻撃じゃ通じない。

 師の言葉を思い出した。戦うなら殺せ、殺す気がないなら戦うな。ただの精神論と思っていたが違う。そういう心づもりじゃないと勝てる相手にも勝てない。

 殺す気で、いや試合だから本当に殺すとまずいのだが、しかしそのくらいの覚悟で、一撃で終わらせる。

 相手が攻撃を出そうとした瞬間。勇人は一歩前に出て、コウの背中に左手を回した。右手は相手の腹に当て、抱き抱えるような状態になる。身体の前後から挟まれることで、衝撃は一切の逃げ場を失い、全てが相手の体内で炸裂する。

 勇人は密着状態から勁を発した。コウはその場に崩れ落ちる。息こそあるが、もう起き上がっては来れない。

 審判が勇人の勝利を告げた。残る試合はあと二つ。

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