初戦
タイトルを「異世界武者修行」から「異界演武」に変更しました。よろしくお願いします。
一口に中国拳法といっても様々な流派、様々な練功法が存在する。ある者は手足を極限にまで鍛え上げ、ある者は呼吸を研究することで爆発的な力を発し、またある者は暗器(隠し武器)を使用する。
勇人が習っていたのは少林寺に伝わる諸流派。大小紅拳、弾腿、蟷螂拳、棍、槍、剣、心意派などだ。
どれだけ練習を積んでも、それが正しい練習かどうかはわからない。結局のところ、戦ってみなければ自分の強さなどわからないからだ。真面目に修練を積んでいても負ければなんの意味もない。勝つことだけが自身の努力の正しさを証明してくれる。
異界の街に設けられた試合場。勇人の拳が敵の顔面にめり込む。
「っしゃぁ!! 一発!」
雄叫びをあげ、後ずさる相手に距離を詰めて追撃。手を掴んで外側にねじりながら肘を折り、一歩踏み込んで肘打ち。足をかけると同時に頭を掴んで地面に叩きつけた。最後に下段突きでとどめを刺そうとしたが、これが試合であることを思い出して寸止めにする。
残心を解かずにゆっくりと後方へ下がる。動く気配はない。試合は終わりだろう。台を降りる階段に向かおうと背を向けた時だ。
背後から抱きつかれた。意識は朦朧としているはずだがさすがは武術家。何千何万という反復練習で攻撃動作が身に付いている。一見がむしゃらに見える動作は確実に勇人の関節を押さえ、重心をとっていた。
「くそっ!」
勇人は膝の力を抜いて重力に身を任せる。落下しながら足から螺旋状の力を発して肩を回し、相手の腕から逃れると、連続した動作で右拳を突き出した。
本来なら衝撃を体内にとどめて内側から破壊するが、今回はただ後ろに吹き飛ばす。
男は台の外にまで飛んでいき、地面に落ちてようやく動きをとめた。
審判が勇人の側に旗を上げる。ここに勝負はついた。
リュウ家は街を取り仕切る商人の家で、当主のリュウエンには一人息子がいた。彼は子が病弱なのを気に病み、武術を習わせて身体を鍛えさせようと思い立った。
どうせなら最高の師をつけさせるべきだ。
そう考えたエンは武術大会を開く。事前に高名な武術家たちに声をかけ、当日は街中に設けた舞台で演武を行わせて宣伝し、飛び入り参加も募った。立候補した男たちを商人としての経験で培った観察眼で見繕い、見せかけの男を外していく。
飛び入り参加組の中に気を引かれる男が混じっていた。かなり若い。年は17かそこら、食べ物に困る環境で育ったわけではないらしく、肉付きはいい。といっても特別大きいわけではなく、もっと身体の大きい男ならいくらでもいる。
しかし、表層の情報に惑わされていれるようでは商人などやってられない。
少年の動作は洗練されていて、武術の動きが骨の髄まで染み付いている。長年かけて練り上げた拳は今にも人の骨を砕きそう。その目は一見やるせないが、奥には満々と戦意を讃えていた。異国の人らしく言葉は通じないが、なんとか名前は聞き出せた。
異国の少年、ハヤサカハヤトの試合がはじまると意外にも守勢に立たされている。対戦相手はリ・ブンテイという、この辺りでは名の知られた武術家だ。少年は開始早々場外ぎりぎりまで追い詰められ、からくも逃れるが敵の連打を受けなす術もない。
見込み違いかと落胆した。それでも息子の師を選ぶ大切な試合、最後まで見ていようと座に留まる。
一方的な連打が続く。少年はかなりの時間持ち堪え、リにも疲れが見え始めた。ほんのわずか、呼吸が乱れ、攻撃がやむ。
一瞬の間断。しかし、訓練の積んだ武人ならば十分過ぎる隙。
少年は相手の顔面を殴りつける。異国の言葉で叫び、少年の練撃がはじまった。それはリの、何度も回数を重ねることで相手を追い詰める連打ではない。的確に、確実に相手の人体を破壊する攻撃だ。地面に倒したがとどめまでは刺さず、勝利を確信したのか背を向けた。
リは残った力を振り絞って襲いかかるが、結局は少年の勝利に終わる。油断して背を見せたことは気にかかるが、勝ちは勝ちだ。
リュウは次以降の試合で少年の真価を見極めることに決めた。