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異界演武  作者: 八神あき
武闘大会編
2/7

麓街にて

 十分に休息をとった勇人は麓の街へ降りる。山の上から見たのと変わらない、近世中国のような街並みと人々。交わされる言葉も中国語の発音に似ている気がするが、理解はできない。師から簡単な北京語は習っているが、それとは違うようだ。

 未舗装の道路は黄土色の土がむき出しで、その両側に雑貨、食べ物などの店が並んでいる。行き交う人々は横目で見ながら通り過ぎ、ときおり足を止めるとやる気のなさそうな店主が相手をする。

 勇人は街並みを観察しながら道をまっすぐに歩く。ここでの通貨はもちろん、日本円すら持ち合わせていない勇人には何も買えない。物欲しげな目を食べ物に向けていると店主が声をかけてくるが、苦笑いを貼り付け通り過ぎた。

 細い路地に入り荷物を置いて座り込む。

「なんなんだよ、ここ……」

 ひとりごちて頭を抱える。しばらくそこで呆けていると、にわかに通りが騒がしくなってきた。そちらに目を向けると、なにやら催し物があるらしい。

 どうでもいいやと目をそむけるも、なにかが引っかかってもう一度人混みを観察した。

 祭りだろうか。いや、そんな雰囲気じゃない。もっと興奮している、見世物でもあるのだろうか?

 人混みの間からちらりと石造りの台が見えた。その上で2人の男が戦っている。

「散打?」

 武術経験者としての血が騒いだ。荷物を引っ掴み、人混みをかき分け台へと向かう。

 近くで見るとそれは散打(試合)ではなく、約束組手らしい。ひとしきり演舞が終わると、台の向こうにある土塀からひとりの男が出てくる。外見は40代半ば、中肉中背の、身なりの良い男だ。

 男が何やら話すと、観客たちは一斉にわき立ち、その中の何人かは手をあげて存在を主張しながら男の元へ駆け寄る。

 言葉はわからない。だが何が起きているのかはすぐにわかった。武術大会だ。

 師には、私闘、他流試合を禁じられている。しかしここは見知らぬ土地で、師はおらず、騒ぐ血を止められない。

 大会主催者の男は立候補者を引き連れ土塀の中に入っていく。勇人は迷いながらも、最後には腹を決めた。

 土塀の中には外の演舞台とは違う、木製の粗雑な台が置いてあった。奥には白い漆喰の建物があり、立候補者はそこへ集められる。主催者はここで立候補者から見込みのなさそうな者をはけ、30人以上いた中から16人が選ばれた。16人の中で勇人はおそらく最年少だろう。

 参加者選びを終えると主催者は消え、係の者が変わって説明をする。勇人は言葉は聞き取れないが、なんとか対戦相手はわかった。前の人の試合を見ていたらルールもわかるだろう。

 開会式も何もなく、最初の2人が台に登り、試合が始まる。顔面を殴れば金的も狙う。当身、逆技、投げ技、なんでもありのようだ。

 さして時間もかからず決着はつき、2試合、3試合と進む。とうとう勇人の番が来た。控えの建物を出て台に登る。台上から見渡すと、高いところに主催者が観戦していた。その姿を一瞥してから、対戦相手へと目を向ける。

 カンフー映画のような黒いチャイナ服を来た30代の男。ひげは伸び、頭髪も手入れされた様子がない。衛生状態は今の勇人よりも悪い。

 ゆったりとした服のせいで体格は見て取れないが、身長はさして変わらない。構えは足幅広く、腰を深く落とし、拳を作った腕を頭の高さにまで上げている。

 構えから戦い方はある程度予測できる。外家拳系、相手の攻撃を待って連打を打ち込むつもりだろう。

 それに対して勇人も構えをとる。形はほとんど同じだが、手は柔らかく開き、前に置いて左手は手のひらをわずかに敵方に開く。右手は弓を引くときのように顔の横に置き、手のひらを外側に向けた。

 試合開始の鐘が鳴る。

 相手は動く気配がない。勇人はどうしかけようかと相手の隙を探り、わずかに足をすべらせにじりよる。

 勇人が動いたときだった。敵が一挙に距離を詰め、右拳で勇人の腹を突く。十分に勁力のこもった一撃。それ以上に勇人を驚かせたのはその歩法だ。なんの予備動作もなく爆発的に加速し、地面をすべるように近づいてきた。

(強式八極拳かよ!!)

 一度だけ師に見せてもらったことがある。知らないわけではなかったが、こんなところで見るとは思わなかった。完全に不意を突かれた一撃。勇人は後ろ回り受け身を取り、台のぎりぎりで立ち上がる。

 少しでもバランスを崩せば落ちる。それを相手が見逃すわけがない。

 即座に次の攻撃が飛んでくる。顎への足刀だ。腕で払うと、相手は自分から地面に倒れてブレイクダンスよろしく回転し、勇人の足を払う。

「地功拳とか、レアなもん使いやがって!!」

 地功拳。地面の上を転がって戦う流派。もともとは船の上で戦うために編み出されたもので、映画で有名になった酔拳も地功拳の一種だ。

 右足を払われた勇人は残った左足で飛ぶ。

「せりゃっ!」

 中空で身を翻転し、上から相手の後頭部を蹴った。台の縁に手をついて思い切り押し、相手の体を飛び越えて台上に着地。一度転がって勢いを殺し、立ち上がるとバックステップで距離を取る。相手に体を斜めに向け、水月と顔の前に左右の手をそれぞれ置く四六式の構えを取る。勇人が咄嗟に出した蹴りはダメージを与えておらず、相手はすでに立ち上がり、これも四六式と似たような構えをしていた。

 相手の動きを警戒しながら息を整える。

 撃ち合ってみてわかったが、相手の実力は勇人よりも下だ。動き、威力、タイミング、すべてで上回っている。なのに勝つことができない。

 その理由を考え、すぐに納得した。

 戦うのが初めてだからだ。

 勇人は今までケンカも、試合の経験もない。師と撃ち合ったことはあるが、あまりに一方的すぎて試合とも呼べないものだった。

 実践経験の有無。それが翻弄される理由。

 はじめての殴り合い。興奮し、勇人の顔にほんのわずか、笑みが浮かぶ。

 それを隙と見たか、相手はまたも攻撃を仕掛けてきた。軽くさばき、重心を崩して突きを出すが、当たらない。伸ばした腕を掴まれ、逆技をかけられる。相手の力に逆らわず、脱力して抜け出した。

(相手のペースに乗せられるな。一発だ。一発入ればなんとかなる!)

 睨みつけ、軽くジャブを打つ。と同時に蹴り。敵は両手を外側に回して受け流し、一歩踏み込んで両掌で勇人の腹を打つ。重い。それでも発勁の呼吸でなんとか耐える。両足を踏ん張ってその場に留まると、相手の連打がはじまった。腕が弾かれ、無防備になった腹、脇、首元、顔面に雨あられと連打が打ち込まれる。痛い。けど、耐えられないほどじゃない。

 本能的に閉じてしまいそうな瞼をこじ開け、相手の動きを見ながら、腹に力を入れてただ耐える。

(ここ!)

 わずかに相手の息が乱れた瞬間。息を吐き、腰元に用意していた拳を降り出した。

 狙いは(あやま)たず敵の顔面を射抜く。敵は鼻血を出しながらよろめき、後ろへ下がった。

「っしゃぁ!! 一発!」

 勇人の雄叫びが上がった。

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