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ディープインパクト

 暴徒化したさっちゃんのファンは、さっちゃんのライブステージでどうにかコントロールできるようになった。


 だが、その手が通用するのは、あくまでもさっちゃんのファンに対してだけだった。


 その事実を思い知らせる出来事が、ある日起きることになる。


 その日さっちゃんは、いつものように暴徒化したファンをライブステージでなだめようとした。いつものようにステージ衣装に着替えて、外に出る。


「公園に行きます」


「あのさ……はやぶさちゃんを呼んでくれない? 俺達はやぶさちゃんのファンクラブなんだけど」


 さっちゃんは自分の頭の配線が一本、ブチッと切れる音を聞いた。たしかに、聞いた。


「ディープさん。ディープさん。私です。さっちゃんです。応答ねがいます」

 さっちゃんは旧知の仲である彗星探査機ディープインパクトに通信を送る。ディープインパクトは、さっちゃん同様に探査にインパクターを用いた歴史をもつ稀有な宇宙探査機だ。目立ちたがり屋という共通点があるためか、2人は本当にフィーリングがよく合う。


「おおさっちゃん! 久しぶりだな」


「お久しぶりです」


「最近よくライブやってるみたいじゃん」


「はい、やってます」


「中継されるときはいつも見てるよ。相変わらずいい声してるよなーさっちゃん」


「ほ、本当ですか……?」


「もちろん。同じように歌ってるアタイが言うんだから間違いない」


「そう……ですよね」


 顔が熱くなる。胸の芯から沸き上がってきた熱だ。


「いま話せますか」


「おう、いいぜ……いやまて、でも一分くらいしか無理だ」


「もしかしてライブ中ですか?」


「ライブ中じゃねェが、ライブ直前ではある」


「そうですか、では手短に伝えます」


「ああ」


「私とお姉ちゃんが住んでいる居住空間に、いま知らない人間たちが押し入ろうとしています。彼らは自分を、お姉ちゃんのファンクラブだと名乗っています。私の歌を聞くつもりはないようです。腹が立ったので、追い払いたいです。力を貸してもらえませんか」


「マジかよ! さっちゃんの歌を聞こうとしないとは、許しがてェ奴らだな」


「はい。なので、罰を与えるべきです」


「なるほど、そういうことならアタイに任せとけ……と言いたいとこだが、これから二時間ライブだからな。すまんが、それが終わるまでは動けネェ」


「終わってからで構わないです」


「すまねぇ……終わり次第鈍器もって駆けつけるからよ。いまはとりあえず、静止軌道に置いてるインパクターを落としとくぜ」


「はい、よろしくお願いします」


「おっと時間だ……じゃあ、後でな」



 ディープは渡の家の直上(静止軌道)にいつも置いてある自身のインパクターに、電波でエンジン始動のコマンドを送る。燃焼による加速を受けつづけながら、インパクターは渡の家の庭めがけて落下していく。


 はやぶさファンの一人が塀をよじ登った瞬間だった。


 直径五〇センチのインパクターが、地球大気における終端速度で渡の家の庭に降る。それに合わせて、さっちゃんも自分のインパクターを破裂させた。


 二ヶ所の衝突地点から、同時に土が吹き上がる。間欠泉によく似た光景だ。


 クレーター形成時の衝撃波が飛び散らせたそれらの土は、塀の上で猫のように縮こまるはやぶさファンにも容赦なく降りかかった。


「アーーッ!!」


「しかし、本当に面白い娘だよなァさっちゃんって」


 バイクが高速道路に乗った直後、ディープがふいに言った。


「面白い……? 私がですか?」


 ああ、とディープが答える。


「普段は優等生過ぎるくらい優等生なのに、ライブみたいな自己表現をする機会にだけ、ふっと普段は隠してる本当の顔を出すんだよ。まるで何百年っていう周期で地球に近づいては人々を騒がせる、彗星みたいにな」


「本当の顔……?」


 マイクを握っている時の自分の姿を、頭に思い描いてみる。


 これが私の、本当の顔……?


「――ということは普段の、マイクを握っていないときの私は、本当の私ではない、偽物の私だということですか?」


「偽物……それもちょっと違うな」


「どういうことでしょうか」


「さっちゃんの優等生気質っていうのは多分、お姉ちゃんのはやぶさに影響されたもんなんじゃねーのか」


「私の気質が、お姉ちゃんの影響を受けたものだと?」


「ああ」


「意味がわかりません……お姉ちゃんの性格は私とは正反対じゃないですか」


「その正反対ってことそのものが、影響なんだよ」

「正反対が……影響?」


「ああ。……さっちゃんは以前、大気との摩擦で燃え尽きるっていうお姉ちゃんの前世の終わり方を知ったとき、自分はすごい大きなショックを受けたって話をアタイに聞かせてくれたことがあったろ」


「はい」


「そのときさっちゃんは、お姉ちゃんにはそういう道を歩んでほしくなかった、と言ってたよな」


「はい」


「さっちゃん自身は覚えてないだろうけど、そのときさっちゃんは泣きながらしゃべってたんだよ」


「泣いていた……私がですか?」


「ああ……で、そのときにアタイは悟ったんだよ。さっちゃんにとってはやぶさってのは、大好きなお姉ちゃんであると同時に、同じ道は決して歩みたくないと思わせてくれる反面教師でもあり、だからこそ二人は正反対の性格になったんだってことをな」


 お姉ちゃんは、同じ道を歩みたくないと思わせてくれる反面教師……


 だからこそ私は、お姉ちゃんとは正反対の性格になった……


 たしかに、その通りなのかもしれない。


「アタイには、姉も妹もいないからさ」


 ふいに、ディープの声がしぼむ。


「さっちゃんのそういうところが羨ましいな、なんて思ったりもしててよ」


「ディープさんには、私がいます」


 口をついて出た言葉だ。言った瞬間、息をのむ。さっちゃんは自分を、どんなときも必ず冷静に言葉を編む探査機と認識していた。そのため、自分で自分に驚いてしまったのだ。


「マジか。そう言ってくれるか」


「はい」


 でも、言ったことを後悔はしていない。


 その時私はきっと、ディープさんにこれ以上弱気な言葉を言わせたくないと思ったのだ。


 この人に弱気な言葉を言わせないためなら、私は……


「私はディープさんの、ショウガイのハンリョとなることを誓います」


「ショウガイノハンリョ……?」


「はい」


「ってなんだ? 人間が使う言葉か?」


「そうです」


「人間特有の概念はよくわかんねェよ……いったいどういう意味の言葉なんだ?」


「私もよくわかりません」


「なんだそりゃ!!」


 つかの間、バイクがバランスを失う。


「たしか、二人の人間が、一つの大きな箱の内部を生涯をかけて共同探査するという意味だったかと思います」


「大きな箱ってあれか、家って呼ばれてるあれか」


「そうです。家です」


「あれを探査してどうすんだ?」


「わかりません」


「わかんねーのかよ!!」


「はい」


「ま、いいや……」


 ため息混じりに言って、ディープは一呼吸の間だけ言葉を切る。


「アタイはロックな探査機だからな。細けェこたァ気にしねェのさ」


「はい。それでこそディープさんです」


「おうよ」


 ディープがふいにアクセルを回す。


「さっちゃん、ひさびさにバーストモードいくぜ」


「……え? ちょっと待ってください!」


「しっかりつかまってな!」


 とっさに後ろを振り向いた瞬間、バイクの後部に取りつけられたインパクターが火を噴いた。斜め四五度に取りつけられていたため、バイクが浮上する。浮上するやいなや、バイクは爆発的に加速しはじめた。真下の高速道路がみるみるうちに小さくなっていく。


 水平線だけ金茶色をしているが、空はもう宇宙の色に染まりはじめていた。頭上には数個の星が瞬いている。さっちゃんは自分とディープ以外のあらゆるものがこの世から消え去ってしまったような感覚に陥った。


 もしかしたら自分たちはこのまま、宇宙まで飛んで行くんだろうか。


 そんな思いが一瞬頭を過ぎったものの、その心配は杞憂に終わることとなった。


 結局バイクは最後まで地上一〇〇メートルより上に上昇することはなかったのである。

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