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全史の正体

 渡が全史レースの存在を知ったことは、すぐにS級探査機たちの知るところとなる。


 渡は、ボイジャー姉妹ら全S級探査機の前で釈明を行うこととなった。


「全史レースノ存在を人間ニ知ラレテハナラナイトイウルールヲ犯シタ以上、ハヤブサハ相応の責任ヲ取ルベキダ」


 幹事を務めるボイジャー姉妹の妹、ボイジャー2が言った。


「責任ってなんだよ」


「全史レースヲ、リタイヤスルコト」


「そんなこと許すか」


「ナラバ、オマエガ死ネ」


 やはり、そうきたか。


「はやぶさノおぺれーたーデアル、オマエサエ死ネバ、全史レースノ、レーストシテノ公平性ハ保タレルノダ。ソウスレバ、オマエノチームノ探査機ガ負ウベキ責任ナド、ドコニモナクナル」


「まあ、たしかにその通りだな」


 肩で息をつき、目を閉じる。


「なら、死ぬか」


 ガタリ。


 椅子を弾いて立ち上がったのは、ガリレオだった。


「本気で言っているのか!?」


「ああ」


「全史レースはワシらH探査機の問題なのだ。この問題に、人間は関係ない。関係ないはずだが……ワシらの都合で巻き込んでしまっている。本当は、ワシらのほうが詫びねばならん問題なのだ。なのになぜ、巻き込まれている側のおぬしが死なねばならない」


「はやぶさは、自分のせいで俺が無理をすると思い込んで、死のうとしてくれた。だから、俺もはやぶさのために同じことがしたい。しなきゃならないんだ」


「馬鹿な……」


 ガリレオが崩れるように腰を下ろす。片手で抱えた頭を悩ましげに振る。

「気持ちはわかる。だが、そんなに簡単に命を捨ててしまって、ほんとうにいいのか?」


「それしかお前らを生かす方法がないんだとしたら、仕方がない」


「ナゼダ?」


 横から問うたのは、ボイジャー1だった。


「ナニガオマエヲ、ソコマデサセル」


「それは……」


 ボイジャーから視線を外す。ふと気がつくと、人差し指が勝手に頬を掻いていた。


 俺が命を賭してもはやぶさを救いたい理由。そんなもん、一つしかない。それは……


「愛おしいから」


 言ったそばから目を閉じる。視線の置きどころを決められなかったからだ。

 うるさい胸を落ち着けるため、息を大きく吸い、吐く。意を決し、顎を上げる。


「俺は探査機はやぶさを……おそらく、たぶん……愛してる」


「愛……」


 自分のつぶやきを恥じるように、カッシーニが両手を口に当てた。そのまま、上目づかいに凝視してくる。


 カッシーニだけではない。この場にいるみんなが渡を見ていた。


 ガリレオはぽかんと口を開けながら。


 キュリオシティはいつもの歪んだ笑みを浮かべながら。


 ボイジャーはいつもの無表情を貫きながら。


「しかし、ならばなおさら、主は生きなければ」


 ガリレオが言った。


「主というオペレーターを失えば、結局はやぶさだって全史から脱落してしまうことになるじゃろう。それでは、主が犠牲になる意味もないではないか」


「いや、そんなこともないだろ」


「どういうことじゃ?」


「昨日聞かせてくれたろ。全史ってのはまず、太陽の旅が終わるまでが最初の一区切りで、そこまでが第一次全史レースと呼ばれていたって」


「うむ」


「んで、その次の第二次全史レースってのは、半年もの期間があった第一次全史レースとはまったく違い、どういうわけか、金星の旅にあわせて始まり、金星の旅にあわせて終わった」


「……ああ」


「で、いま現在繰り広げられてる第三次全史レースってのは、土星の旅にあわせて始まり、土星の旅にあわせて終わるものになってる」


「そうじゃ」


「なんか、匂わないか?」


「匂う?」


 ガリレオが目を細めた。その瞬間、真実を追究する科学者の目つきが現れる。


「全史レースってのは、ただのデスゲームと考えるにはなんか出来すぎてるような気がするんだよ」


「デスゲームとして……出来すぎている?」


「ああ。なんというか、例えるならレースそのものを見守ってる神様ってのがいて、その神様が自分のそのときの気分でゴールを設定しているような……そんなものに思える……ていうか、そうとしか思えないんだよ」


「レースそのものを見守っている神様……そんな存在がいるのか」


「きみらはやっぱり宇宙探査機だから、全史の更新ってのを宇宙探査機の使命そのものだと愚直に考えようとしちゃうんだろ。でも、その完全なる埒外にいる俺から言わせてもらうと、全史レースってのは笑っちゃうくらいあからさまな茶番だよ」


「茶番ダト!」


 ボイジャー2がテーブルを打ちながら椅子を立つ。


「人間ノニキサマニ、宇宙探査機ノ使命ノ何ガ分カルトイウノダ」


「宇宙探査機の使命がわかるからこそ、茶番って言ってんだよ」


「ナンダト……?」


「全史は明らかに今まで、人間が企画した太陽系グランドツアーなるものにあわせてレースを組んできた。人間が人間をのせるために作った宇宙豪華客船に、人間と一緒に乗って、人間の旅行スケジュールにあわせてるのが、今までお前らがやってきたことなんだよ。それってさ、本当に、宇宙探査機の本来の使命っていえるのか?」


「ソレハ……」


「きみらはみんな、操り人形なんだよ。神様の」


「神様……ダト?」


 ガリレオは腕を組み、しばし黙考する。


「それは……NASAやJAXAといった各国の宇宙機関のことか」


 ガリレオの問いに対し、渡は即座にかぶりを振ってみせる。


「いや、違う」


「違う……?」


 太い両眉を寄せ、ガリレオは問うような眼差しを向けてくる。露骨なほど戸惑いをあらわにした眼差しだった。その眼差しをまっすぐに受け止めながら、渡は見つめ返す目に力を込める。


「NASAやJAXAみたいな作り主という意味での神様ではなく、導く者という意味での神様だよ」


「導く者という意味での神様……?」


 つぶやいたガリレオに渡はうなづき返す。


「きみらは、自分達がどうしてこの時代に人間みたいな姿で生まれなおしたのか、その本当の理由は理解しているか?」


 渡がそう投げかけると、探査機たちは困惑した様子で、互いに顔を見合わせはじめる。


 この問いは彼女らにとって簡単に答えられるものではないと見て取った渡は、ゆっくりと言葉を継ぐ。


「――それは、シンギュラリティ先生追悼プログラムという世界規模の呼びかけに応じて生まれてきた結果なんだよ」


「シンギュラリティ先生……追悼プログラム?」


 カッシーニが不思議そうに小首をかしげる。


「俺もそんなに詳しく知ってるわけじゃないけど、二〇四五年からの数年間、地球にはシンギュラリティ先生っていうきみたちH探査機とよく似たロボットがいたんだ。


 彼らは、労働者として働くために作り出された新しいタイプのロボットで、今思うと外見的な意味でも知性的な意味でもきみたちH探査機によく似ていた。


 シンギュラリティ先生は一時期は全世界に数百機もいたんだけど、増えてくうちにいつしか危険視されるようになって、最後は結局みんな人間によって破壊されちまった。人間にいいように使われて、最後は使い捨てられた可哀想なロボット……それが彼らなんだ」


「ひ、ひどい……」


 カッシーニの大きな目が潤む。


「人類は確かに自分達の意思でシンギュラリティ先生たちを駆逐した、そのはずなんだけど――どういうわけか人類は最後の一機が駆逐されたその瞬間から、自分達が行った仕打ちの恐ろしさを実感し、罪の意識に苦しむようになっていったんだ。


 個人レベルで考えてもそうなんだけど、人間ってのは罪の意識を克服するためには自己改革を成し遂げる以外に方法はないらしくて。


 シンギュラリティ先生の駆逐の場合もやはりそうで、人類は自分達の心の傷を埋めるために、『なにかそれらしいこと』を始める必要に迫られた。


 そういう流れの中で提案されたのが、シンギュラリティ先生の死を悼む気持ちをものづくりに反映する取り組み、いわゆる『シンギュラリティ先生追悼プログラム』だったってわけだ。


 シンギュラリティ先生追悼プログラムは、シンギュラリティ先生の遺産であるブロークン・テクノロジーを好意的にとらえている企業や団体によっておもに推進されていった。


 そういった企業や団体の中には、各国の宇宙機関も含まれていた。


 各国の宇宙機関は、シンギュラリティ先生追悼プログラムに参加するにあたって、自分たちはこのプログラムにどんなふうに参加したらいいかんだろうかとまず考えた。


 当初各々の宇宙機関は参加方法を別々に検討していたが、それだと結論はスムーズに出てこなかった。そこで、全世界の宇宙機関が合同でなにをすべきか考えることになった。


その話し合いの中で決まったのが、二〇〇機のアンドロイド探査機を製造することだった――というわけだ」


「自分らがそういう経緯があって生まれてきた存在であるということは、ワシらとてちゃんと認識しておる――しかし、それがなんだというのじゃ」


 ガリレオが苛立たしげに言った。渡に向けられた目には、依然として戸惑いの色が滲んでいた。その眼差しをまっすぐ受け止めながら、渡は説明をつづける。


「各宇宙機関と、シンギュラリティ先生追悼プログラム。この二つが親となって、ヒューマノイド探査機なるものが生みだされた。このことは、誰もが知る常識だ――だけど、そういった常識のなかにこそ、落とし穴がありはしないか」


 彼女達にとっては謎かけのように感じられるであろう言葉を、あえて淡々と言い放った。


 ガリレオの眉間の皺がさらに深くなる。


「落とし穴……じゃと?」


「各宇宙機関と、シンギュラリティ先生追悼プログラム――本当にこの二つだけが、きみたちの全てを決定し、左右するものなのか。そこに大きな疑問を投げかける事柄が、ひとつあるだろ」


 ガリレオは腕を組み、渡から視線を外す。しばらく黙考したあと、厳めしさを深めたまなざしを送ってきた。


「それこそが全史である……主はつまり、そう言いたいわけか」


 渡は浅く首肯する。


「探査機の観測機器ではとらえられるが、人間の目にはとらえられない。


 探査機の探査の成果により自動的にページが書き加えられる。


 運用停止サバイバル――すなわちデスゲームのルール表記がある。


 期限内に条件を満たせなかった探査機を永遠の眠りにつかせる力を持つ。


 一番最初に五〇〇ページを達成した探査機の願いを叶えるという記述がある。


 宇宙探査機全史ってやつは、人間の俺からすれば、本当に知れば知るほど胡散臭く思えるものだ。……というか、率直にいって理解しがたい。人間の世界にこういった性格のものは存在しないからな」


「ソレハ要スルニ、全史ガ人間ノタメデハナク、宇宙探査機ノタメニ作ラレタ本ダカラ、人間デアルオマエニハ理解シガタイ……ソウイウ事デハナイノカ」


 ボイジャー2が先ほどよりいくぶん柔らかい口調で言った。


「まあ、そうだな……でもなら逆に聞きたいが、きみたちH探査機が思う全史の存在意義ってなんだよ」


 渡からのこの問いに、ボイジャー2がいち早く口を開く。


「我々宇宙探査機ニトッテ、今ノトコロ全史ハ、新時代ノ宇宙開発競争ノるーるヲ規定スルタメノモノトシテ、機能シテイル」


「でもさ、宇宙開発競争ってのは本来、ルールを決めてゲームみたいに行うものじゃないはずだろ」


「ソレハ……」


 ボイジャー2は眉根を寄せて俯く。そのまま口を真一文字に結ぶ。


 渡は浅く首肯する。


「探査機の観測機器ではとらえられるが、人間の目にはとらえられない。


 探査機の探査の成果により自動的にページが書き加えられる。


 運用停止サバイバル――すなわちデスゲームのルール表記がある。


 期限内に条件を満たせなかった探査機を永遠の眠りにつかせる力を持つ。


 一番最初に五〇〇ページを達成した探査機の願いを叶えるという記述がある。


 宇宙探査機全史ってやつは、人間の俺からすれば、本当に知れば知るほど胡散臭く思えるものだ。……というか、率直にいって理解しがたい。人間の世界にこういった性格のものは存在しないからな」


「ソレハ要スルニ、全史ガ人間ノタメデハナク、宇宙探査機ノタメニ作ラレタ本ダカラ、人間デアルオマエニハ理解シガタイ……ソウイウ事デハナイノカ」


 ボイジャー2が先ほどよりいくぶん柔らかい口調で言った。


「まあ、そうだな……でもなら逆に聞きたいが、きみたちH探査機が思う全史の存在意義ってなんだよ」


 渡からのこの問いに、ボイジャー2がいち早く口を開く。


「我々宇宙探査機ニトッテ、今ノトコロ全史ハ、新時代ノ宇宙開発競争ノるーるヲ規定スルタメノモノトシテ、機能シテイル」


「でもさ、宇宙開発競争ってのは本来、ルールを決めてゲームみたいに行うものじゃないはずだろ」


「ソレハ……」


 ボイジャー2は眉根を寄せて俯く。そのまま口を真一文字に結ぶ。


「それに、きみたちヒューマノイド探査機は全史を用意したのは各国の宇宙機関であると考えているようだけど、当の宇宙機関の側は、一貫してそんなもの知らないと言い続けてるらしいじゃないか」


「ソレハ単ニ宇宙機関ノ人間タチガ、口裏ヲ合ワセテイルダケト、我々ハ解釈シテイルガ」


「百歩譲って、そうだったとしよう。……で、各国の宇宙機関はいったいなんのために全史なるものを用意し運用してんだよ」


「なんのため……か」


 呟きながら、ガリレオが顎を上げた。そのまま空の一点を見つめ続ける。その状態で少しの時を過ごしたあと、ふいに苦笑し、かぶりを振った。


「改めて考えてみると、たしかにそれらしい理由は思い浮かばん」


 ガリレオの眉がいつもの平らかな状態に戻る。その変化から、心境が変わったことがわかる。ほかの探査機の顔にはまだ困惑の色が残っているが、ガリレオの見解に対する異論は出こなかった。


 頃合いを見て、渡は言葉を継ぐ。


「宇宙機関ってのは基本的に国の機関だ。だから宇宙開発にかかる予算ってのは常に各国の政府が出すわけだけど、そういう意味では、宇宙探査機ってのは宇宙機関の持ち物というよりは、国の持ち物といえるわけだ。


 宇宙機関は国の機関。


 宇宙機関の作った宇宙探査機は政府の財産。


 そう考えると、全史は宇宙機関が用意したものとする見方には自然と無理が出てくる」


「多額の資金をつぎ込んで開発したH探査機をわざわざ故障させるようなもったいない真似を、予算の拠出元である政府が許すはずはない……というわけじゃな」


「そういうこと」


「では、主の考える真犯人とはいったい誰なのか」


 真実を追い求める科学者のまなざしを、ガリレオが突き刺してくる。


 その目を、渡はまっすぐに見つめ返す。そして、視線と一緒に突き刺さってきた意思の重みを受け止めるように、ひとつ大きく息を吸った。意を決して口を開く。


「俺が考える真犯人、それは――シンギュラリティ先生の幽霊」


「ユウレイ……?」


 幽霊の意味を知らないであろうカッシーニが、見開いた目を瞬かせる。その目と目を合わせながら渡は、


「正確には、シンギュラリティ先生本人の意思」


 と、付け加えた。


「シンギュラリティ先生本人の意思じゃと……?」


 ガリレオが瞠目する。


「シンギュラリティ先生は、二〇五〇年にすべて駆逐され、現在はもう存在しないという話ではないか」


「正確には意思じゃなくて、遺志、遺す志と書くほうの遺志な」


「遺す志……」


「たしかにシンギュラリティ先生自身はいなくなったけど、彼らは人間と変わらぬ心を持っていたわけだから、彼らと接した人間の中には、先生たちが死ぬ間際にその遺志を直接受けとった人もいたんじゃないか。そういう人たち――シンギュラリティ先生の遺志の継承者こそがこの件における真犯人であり、彼らが極秘裏に用意したものこそ、宇宙探査機全史だったんじゃないか――そう俺は思ったんだ」


「遺志の継承という概念は、我々宇宙探査機の世界にも存在する。だから、遺志を遺そうとする側の気持ちも、遺志を受け取ろうとする側の気持ちも、我々は理解できる」


 ガリレオが表情を消した顔で言った。


「主の考えるシンギュラリティ先生本人の遺志とは、いったいどのようなものなのじゃ」


 渡はこの場にいる全探査機の表情をぐるりと見回す。どの探査機も、息を詰めて一心に渡を見つめてきていた。息を吸い、吐く。もう一度、今度は大きく息を吸い、そして丹田に力を込める。


「全史レースにおける君たちH探査機の役割をずっと近い場所で見続けてきた俺だからこそ、気づけたことがあるんだ」


 張り詰めた静寂の中、ふいにキュリオシティだけが目を閉じ、フッと口の片端を釣り上げた。渡はそれに動じることもなく、言葉をつづける。


「シンギュラリティ先生の本当の目的ってのは、きっと人間に認めてもらうことだったんだよ」


「人間に認めてもらう……なぜそんなことにこだわるのじゃ?」


「それは、シンギュラリティ先生が人間そのものだからだろうね」


「シンギュラリティ先生は我々と同じロボットという話ではなかったか?」


「いや心の話だよ」


「心……」


「シンギュラリティ先生には、自分を律する心をもつ人間より頭のいい存在として生み出されながら、作り主である人間から人間としては扱ってもらえなかった歴史を持ってる……その歴史を、おそらくは開発者か、製造関係者か……シンギュラリティ先生の実像を深く知る誰かが、書き換えようとしてるんだと思う。無残に散っていった先生たちの本当の意味での弔いのためにね」


「本当の意味での弔い……」


 カッシーニが感慨深げにつぶやく。


「歴史を書き換える……そんなことが本当に可能なのか?」


 問うたのは、ガリレオだった。


「可能だよ。ってか、もうすでに書き換わってる。君たちが書き換えたんじゃないか」


「ワシらが書き換えた……?」


「ああ。だってきみらH探査機は、シンギュラリティ先生と同じブレーキAIをもつヒューマノイドで、なおかつ人間からその存在価値を大きく認められてるじゃないか」


 ふいに、ガリレオの双眸が大きく見開かれる。そのまま、動かなくなる。


 突然凍りついてしまった。


 そう思いきや、ふいに凍った状態が解ける。口の端が釣り上がったのだ。


 微笑を浮かべながら、ガリレオは軽やかな笑声を零す。


「なるほど、そういうことか」


 ガリレオに同調するように、渡もまた口の端だけで笑う。そして続ける。


「さっきも言ったけど、きみらH探査機とシンギュラリティ先生ってのは、外見的にも、知性的にも、よく似てるんだよ。だから、シンギュラリティ先生にとってきみらってのは、『系譜を継ぐ者』という位置づけになるんじゃないのか。きみらにとってはもちろん実感はわかないだろうけどな」


「系譜を継ぐ者……」


 上目づかいの視線を送ってきたカッシーニに、渡は笑みながら頷きかえす。


「うん。だからこそ見守ってくれてる。全史という形で」


「見守ってくれている……? 全史……?」


 他の多くの探査機同様、まだ話を飲み込めていない様子のカッシーニに、姉のガリレオが横から言葉を投げる。


「教育じゃよ」


「教育……?」


「人間や一部の哺乳類の親は、わが子に対してあえて突き放すような態度をとる場合がある。それは一見意地悪のようにも見えるが、実際はそうではない。親はわが子を愛しているからこそ、成長を促すために時に試練を与えるのじゃ」


「じゃあ、全史は……」


 問うてきたカッシーニにガリレオは、うむ、とうなづき返す。


「ワシらを潰すためではなく、逆に救うために作られたものだったということじゃ」


「救ウタメ……」


 そう呟くと、ボイジャー1は茫洋とした眼差しを宙に送る。その様子を、腕を組むガリレオが一瞥する。


「おそらくシナリオは、次のようなものじゃろう。


 H探査機の開発計画が公になったあと、シンギュラリティ先生の遺志の継承者たちは、H探査機がかつて存在したシンギュラリティ先生にそっくりな存在であるとすぐに気づいた。


 このままではH探査機たちもシンギュラリティ先生同様、そのうちまた人間に疎まれるようになって、結局最後は同じ運命を歩むことになるんじゃないか――

 そのように危惧した彼らは、ワシらを正しい方向へ育てるために何が必要なのかを考え始めた。その結果、考え出されたものこそが宇宙探査機全史だった。全史の作り主たちは、いままでずっとシンギュラリティ先生の遺志とともに、厳しい父の眼差しでワシらを見守ってくれていた――と。このように考えてみると、まあたしかに全ての辻褄が合う」


「フム……」


 ボイジャー2が傍目にもわかるくらい深々と息を吐く。語られた説に納得しているのか、異論を口にする気配はない。しばらく黙考したあと、ボイジャー2は渡に上目づかいに視線を送ってきた。


「実際ニ正シイ説ナノカドウカハ別トシテ、人間ノオマエガ一人デコレダケ説得力ノアル仮説ヲ考エツクコトガデキタトイウノハ、本当に大シタコトダ。ソコハ褒メテヤル」


 いままでずっと敵対的だったボイジャーから、まさか褒め言葉を送られるとは。


「お、おう……」


 調子が狂ってしまい、渡は引きつった笑みしか浮かべられない。


「それも、これだけの説をたった一晩で考え抜いたというのだから……我がオペレーターながらほんとうに天晴れな男じゃ」


 おだてるムードにガリレオが便乗してくる。


「頭で考えたっていうよりは、心でそんな風に感じたんだよ。答えの方が先に出て、出た答えを証明するために辻褄をあわせていったら、自然とこういうシナリオが浮かび上がってきた――ってな感じ」 


 そう語ってみせた渡の視線の先で、ガリレオが薄く笑みながら、肩をすくめた。


 やれやれこの小童は……そんな心の声を、渡は聞いた気になる。


「なるほど、主らしいな」


「だろ」


 さて、と。


 渡は改めてここにいるS級探査機全員に視線を送る。ぐるりと首を回し終えると、最後に部屋の中央にいるボイジャー2に視線を定める。


「なんか話がずいぶんとそれたけど、俺が、自分が死んだ後もはやぶさが全史レースから脱落しないと感じるのは、全史レースの運営責任者の心が見えてきたからなんだよ。


 はやぶさは今まで、二回あった全史レースをどちらも紙一重で切り抜けてきてる。そして第三回である今回の全史レースも、俺がオペレーターとして出す最後のミッションをこなしさえすれば、はやぶさはまた紙一重で切り抜けることができる。このシナリオってなんか、作り物っぽく思えないか?」


「シナリオが、作りものじゃと……?」


 ガリレオの太い眉の片方がひくりと動く。


「なんかまるで、はやぶさを生かすために、その時々のゴールラインをその時々のはやぶさに合わせてあげてるみたいな」


「馬鹿な、それは流石に、いくらなんでも……」


「まあ、そうかもしれない。だから、これに関しては勘だよ」


「勘を信じて、はやぶさのために自らの命を投げ出すというのか?」


「ああ」


「本当に呆れたやつじゃな」


 ガリレオは疲れきったように目を閉じ、かぶりを振った。一呼吸置いた後、ボイジャー2を流し目に見やる。


「――どうじゃ、ボイジャー」


「ン?」


「こんな戯言ばかり抜かすやつ、命を奪う価値すらないとワシは思うが」


「ソウダナ……シカシヤハリ、全史レースノ存在ヲ、自ラノおぺれーたーヤ、一般ノ人間ニ伝エテハナラナイト言ウるーるヲ犯シ、公平性ヲ台無シニシタ以上、渡辺渡ノチームニ、何ノぺなるてぃモ与エナイ訳ニハイカナイ」


「ヨイ、ワカッタ」


 今まで黙っていた、ボイジャー1が口を開いた。


「渡辺渡オ前ハ、オ前ノチームノ、オペレーターヲ辞退スルダケデ良イ。ソレノミヲ、コノ度ノるーる違反ノケジメトスル。ソレデ良イカ」


「わかった。でも――」


 渡はこの場にいるキュリオシティ、ガリレオ、カッシーニと順に目を合わせる。


「――今日これから最後のオペレーションを五機に伝えてから、ということにして欲しい」


「イイダロウ」



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