木星
火星での滞在期間中、中国のスペースクルーズ「曙光」に追いつかれてしまうオリンピック&タイタニック姉妹。
オリンピック&タイタニック姉妹にとってグランドツアー達成一番乗りは至上命題であったため、二隻の船長は、ツアー全体の日程を縮小する必要に迫られることになった。
火星の次の目的地は当初、小惑星帯に設定されていた。
小惑星帯とは、火星軌道と木星軌道の間に横たわる小惑星が密集する領域のこと。
ここは太陽系の内側から外側へむかってグランドツアーを行おうとする場合、もともと避けては通れない領域であっため火星の次の寄港地として想定されていた。
話し合いの結果、今回のグランドツアーではこの小惑星帯への寄港を取りやめることで、ツアー全体の日程を縮小しようということになった。
火星から木星へ直行する新しい航行ルートについて勝田は、
「BT革命後、小惑星帯の小惑星はすでに洗い出し尽くされている。安全なルートを計算できるから心配はない」と説明した。
だが、本当にそうなのだろうか。
渡は、誰より小惑星に詳しいであろうはやぶさに、この件についての意見を求める。
だが、はやぶさはすぐに言葉を返すことができない。
探査機はやぶさと、その妹はやぶさ2が探査したのは、地球近傍小惑星とよばれる、火星軌道のおよそ内側を回る小惑星だった。
「自分は、地球近傍小惑星の探査機なので……小惑星帯がどんな世界なのか、詳しく知っているわけではないぶさ……」
探査機ちゃんとして蘇った二〇〇機の宇宙探査機のうち、小惑星帯の小惑星を観測したことがある探査機はわずか二機しかいない。アメリカの木星探査機ガリレオと、はやぶさの後輩にあたるアメリカの小惑星探査機ドーンだ。
ドーンは全史レースからはすでに脱落している。
ガリレオは、二〇〇機会議の席上で妹のカッシーニの捜索に全力を傾けると表明したきり、行方知れずとなっている。
もしガリレオと通信を取ることができれば、日本船の事情と、小惑星帯の危険度、両方を考慮したうえで、最善の道を示してくれるにちがいない。
どこにいるかわからないガリレオに向け、はやぶさは呼びかけの言葉を電波に乗せて発信した。
自分で物事を判断せず、上の者に意見を求める。
以前の弱気なはやぶさに戻ってしまったかのような、消極的な姿勢だった。
妹のさっちゃんは口を挟む。
「もうすでに私たちには一刻の猶予もないのですから、いつ届くのか知れないガリレオからの返事を座して待つわけにはいきません。
およそ五〇億年前に生じた原始太陽系円盤――生まれて間もない恒星――の周囲を取り巻く濃いガスが回転している円盤の痕跡を、現在の太陽系でもっとも留めている場所とされるのが、小惑星帯です。
原始太陽系円盤では、小惑星同士の衝突が繰り返されることで原始惑星が誕生し、原始惑星同士の衝突が繰り返されることで、惑星が誕生しました。その様子を見たものは誰もいませんが、そう考えなければ辻褄があわないことから、それが確実に起こったことだとわかるのです。
原始太陽系円盤は、天体衝突が日常茶飯事の、生き生きとした世界でした。
そういった時代の名残をとどめているとされるのが、いまの小惑星帯です。
ですから、小惑星帯には、天体衝突のゆりかごという原始太陽系円盤の本質が、変わらず残されていると考えるべきではないでしょうか」
「小惑星帯は、いまなお生きた世界……天体衝突による天体同士の合体も、その逆の破壊も、小規模ながら現在進行形で起こっている。だから、小惑星帯の小惑星すべてを洗い出したデータなんてものがあったとしても、それはその日一日で使い物にならなくなる……さっちゃんはそう言いたいわけか?」
渡の視線を受けとめながら、さっちゃんはこくりと首肯する。
「そうです。だから、今回の船長の決断についてのリスクは、あるかなしかでいえば、確実にあります。ガリレオの意見など、聞くまでもないことです」
「さすがさっちゃんだな」
「さすがではありません。当然のことです」
さっちゃんは、いつもと変わらぬ感情の排された眼差しを、姉に向ける。
「だって私とお姉ちゃんは、原始太陽系円盤の謎を解明することを目的に打ち上げられた探査機なのですから」
いつもと変わらぬはずの眼差しに、場の空気を凍らせるような圧力が宿る。
その視線に耐えられなくなったのだろう。
はやぶさは、身じろぎしながら顔を反らした。
タイタニック号の船員としてではなく個人としての判断で、渡は、自機であるはやぶさとさっちゃんに、船外で小惑星観測を行うよう命じた。
崇女も同調し、自機のディープインパクトを送り出す。
宇宙空間を泳ぐためのエンジンを持たないキュリオシティは、お留守番となった。
同行できないならせめて……と、キュリオシティは、自身の顔についていた仮面状のレーザー発射装置を、はやぶさに渡す。
「それって、外せるもんだったの!?」
衝撃を受け、渡は尻餅をつく。
「外しテミたラ、外せタワ」
「外してみたラって……まさにいま気づいた感じか?」
「フフフ、そうヨ」
「まじか……」
「あラ、カわイイ」
パチパチパチ。
仮面を取りつけ終わったはやぶさに、キュリオシティが嘘っぽい拍手を送る。
「ほ、本当ぶさか!? 自分、かわいく見えるぶさか!?」
「モチろんヨ。ニンゲンのあいドルみたいニ、かわイクなっタワ」
「嬉しいぶさ! 感激ぶさ!」
無垢なはやぶさをからかっているのか。それとも、本気で必要な装備を送るつもりだったのか。
おそらく、どっちもだろうな。
中国の宇宙豪華客船「曙光」と張り合うため、航海スケジュールを変更し小惑星帯を突っ切ることになったオリンピック&タイタニック姉妹。
乱暴な抜け方をする以上、破片のように小さな小惑星すら命取りになる。
思えば「豪華客船タイタニックの悲劇」も、航海のスピードで世界の注目を集めようとしたがために起こった、自滅の事故だった。
百数十年の時を経て、また同じ悲劇がくり返されてしまうのだろうか。
船外に出たはやぶさ、さっちゃん、ディープの三人は、二手に分かれる。
ディープは前を行くオリンピック号を一人でカバーし、はやぶさとさっちゃんは後ろに続くタイタニック号を二人でカバーすることになった。
なんとしてでも悲劇の運命を回避するため、三人は懸命に暗闇に目を凝らす。
と、ここでガリレオからはやぶさへ通信が入る。
今そちらに向かっているとガリレオが言う。
ガリレオは今、オリンピック&タイタニック姉妹のように小惑星帯を横断するのではなく、斜めに流れながら前方の小惑星を追い抜いている。追い抜きながら、オリンピック&タイタニック姉妹にとって危険となりそうな小惑星をマッピングしていく。
はやぶさたちとすれ違う瞬間、それまでにマッピングしたデータを渡す。
つい最近小惑星同士の衝突が起こったのか、物凄い数の微小な小惑星が衝突進路上に存在しているとガリレオは報告。さっちゃんの危惧が現実のものとなる。
相対速度秒速数十キロのスピードで衝突してくるのだから、一〇センチの小惑星だって危険。
むしろそういうものこそ本当の敵。
小さすぎ、また遠すぎるせいでギリギリまで感知できない「襲撃者」との対峙。
惑星間宇宙船が過去に小惑星帯で小惑星に当たったことはないという歴史が、危機意識の薄さに繋がっていた。
今回のグランドツアーで旅をしているのは、惑星間宇宙船とは比較にならない大きさの宇宙版豪華客船だ。迫る弾丸からしてみれば、これほど狙いやすい的はない。
一〇センチ未満のものははやぶさがキュリオシティのレーザーで対応する。
それ以上のものは、さっちゃんとディープでどうにかするしかない。
インパクター・マーク2はさっちゃんもディープも一弾づつしかもっていない。
それらを使い果たしたあと、はやぶさが焼ききれない微小小惑星がタイタニックの右舷に迫る。
さっちゃんはその小惑星に突っこもうと飛びだす。
衝突予定地点に飛び出した直後、ディープに突き飛ばされる。
ディープはソーラーシールドを盾状に展開し、小惑星を迎えうつ。
ディープは小惑星に押されるソーラーシールドと船体とのあいだでサンドイッチになり大破する。
ディープのボディが緩衝材になったお陰で、船体に穴が開くことは免れた。
ディープは体の多くを失うはめになった。
ベッドに横たえられたディープに寄り添いながら、さっちゃんは涙を流す。
「私が微小小惑星のリスクを訴えたばかりに、こんなことに……こんなことになるなら、人間の船のリスクなんて放置すればよかった」
「そんな風に考えんな。アタイらインパクターをもつ探査機は、きっとこの日のこの瞬間のために生まれてきたんだ」
キュリオシティが、船内の部品を寄せ集めてディープのボディを作り直してくれる。
すれ違ったガリレオが合流。
ガリレオははやぶさからの電波を受けとった後、すぐにタイタニック号を援護すべく動いたのだという。
今回のガリレオの迅速な対応の裏には、はやぶさやさっちゃんが小惑星探査機のかわいい後輩であるということ以上の理由があった。
それは、ニアとの約束だった。
ニアは史上初の小惑星探査機だ。
史上初だからこそ、同類の探査機に甘えられる先輩はいない。
そのため、木星にいくついでに小惑星を探査した歴史をもつガリレオは、ニアにとっては唯一無二のアイドルだったのだ。
ガリレオはニアから、
「もし自分に何かあったら、はやぶさのことをお願いします」
と頼まれていた。
「ニアはあの小さな体で、多くのものを背負い込もうとした。ニアの先輩として、ワシは負けていられない」
ガリレオが仲間になる。
ガリレオ衛星(イオ、エウロパ、ガニメデ、カリスト)をもつ木星は、大気の海と岩石の地表の両方を味わえる魅力的な観光スポットである。
太陽系唯一の活動火山があるイオと、水の海があるエウロパには、冒険者の心をくすぐるロマンが満ち溢れている。
ガニメデにいたっては、衛星でありながら水星より大きな直径をもつ。
そういう意味では、木星自体が「ミニ太陽系」みたいな存在であるといえる。
いままで岩石型惑星を順に旅してきた旅行者たちにとって、木星はまさに驚きの世界だ。
木星では、今回のグランドツアーで初めて、複数の天体にゲストが分散する。
そういう意味では事故の危険度は大幅に上がる。
木星の大気に飲み込まれる、イオの火山に巻き込まれる、エウロパのクレバスから転落する……事故のパターンを考えていったらきりがない。
外部太陽系の惑星である木星で真価を発揮するのは、ガリレオやキュリオシティといった内部電源をもつ探査機。
太陽から遠く離れたこの領域は、太陽光をあまり期待できないため、ソーラーパネルを主電源にする探査機たちはみな一様にエネルギー不足に悩まされることになる。
その問題は、この後で訪れる土星でさらに深刻になる。
はやぶさとさっちゃんにとっては試練のときであった。
無駄にエネルギーを使わずに探査を行うスマートさが求められる。
しかしいまの彼女たちは月や金星のときとは違い、四人いる探査チームのうちの二人であり、協力し合うことで互いの弱点を補い合うことができる。




