火星
火星滞在期間では、「宇宙ユネスコ派とテラフォーミング派の対立」が浮き彫りになる。
火星はテラフォーミング(地球化)の夢を長いこと語られてきた惑星である。
BT革命後、「ようやく火星テラフォーミングの時代がきたか」と胸を躍らせた人々が、テラフォーミング連盟なるものを発足した。
テラフォーミング連盟は、世界中にいる彼らの後援者からのバックアップを得て、火星環境に適応する植物や温暖化装置を次々と開発しては、それらを火星に送り込もうとする。
しかし、そんな彼らの動きを、太陽系全体を保全対象ととらえる宇宙ユネスコは見過さなかった。
火星には常に、連盟が送り込んだテラフォーミング装置と、宇宙ユネスコが送り込んだ対テラフォーミングロボットとのいたちごっこがある。
そのいたちごっこに鍛えられて、連盟が送りこむテラフォーミング装置は年々手の込んだものになってきていた。
いまでは対テラフォーミングロボットを狩ることに特化した、対テラフォーミングロボット・ハンターなるものさえ存在する始末。
両者のロボット戦争にゲストが巻き込まれないよう、スペースクルーは細心の注意をはらう必要がある。
また、宇宙豪華客船を運営する組織は宇宙ユネスコと提携しているため、火星でテラフォーミング装置や対テラフォーミングロボット・ハンターを発見したり回収したりすることは、クルーにとって立派なスペースワークになる。
現在の火星には、有根地衣類という改造植物が広く根づいているが、これも元はテラフォーミング連盟が地球から送り込んできたものだ。
対テラフォーミングロボットはこれまで有根地衣類を徹底的に駆除してきたが、なかなか根絶には至らなかった。
その背景には、有根地衣類をばらまくことに特化したロボット「サワー」の存在があった。
サワーは高い運動性能を持つワーム型ロボットである。ヘビのような形を活かして火星の砂の中を移動できるので、これまで捕らえることは容易ではなかった。
しかし、多くのH探査機が降り立つ今回の滞在で、その形成はついに逆転することになる。
H探査機たちの活躍によってサワーの根絶が近づいていたある日のこと、とつぜん「改造サワー」なるものが登場しはじめ、スペースクルーサイドは仰天する。
渡たちの滞在期間に宇宙からテラフォーミング連盟の運搬船が飛来した形跡はなかった。そのため、もともといたものを誰かが改造したとしか考えられない。
一体、裏切り者は誰なのか。
じつはその改造サワーの作り手こそが、渡の三機目の探査機となるキュリオシティだったのだ。
犯人が断定されたあと、崇女は、「貴女ほどの探査機が、どうしてこんなことを……?」
と、キュリオシティに問う。
「言ってモ、あなたタチはきっト、理解できナイでしょうネ」
と、キュリオシティは崇女を突き放した。
キュリオシティは、「火星生命に関する発見」を目標に打ち上げられた、火星ローバーだった。
二〇一二年八月五日に火星に降り立ってから、キュリオシティは火星の過去を解き明かす上での重要な発見をいくつも成し遂げてきた。
しかしいちばんの目標だった、「火星に生命が存在したことを裏付ける決定的な証拠」を見つけ出すことは、残念ながら叶わなかった。
結果的にキュリオシティは、火星生命の証拠を発見できると信じて自分を送り出してくれた研究者達に、「火星に生命が存在した決定的な証拠は探しても見つからない」という非情な現実を突きつけなければならないことになった。
キュリオシティは、「想像と現実は違うものなのだ」ということを、このときに悟った。
H探査機として蘇ったキュリオシティは、自分は今度こそ、「人の望まない現実」を人に突きつけない探査機になりたいと、心に誓っていたのだ。




