水星
コメット艦隊が帰還した翌日、はやぶさはニア、スターダストの電波が無くなったことに気づく。
嫌な予感がしたため、すぐに二人のオペレーターの元を訪れる。
その人の部屋で目にしたのは、目を閉じて動かなくなったニアとスターダストだった。
はやぶさは二人を抱きしめる。その状態で延々と泣き続ける。
「ニアは、自分とスターダストはもうとっくに第一次全史レースをクリアしてるって、たしかに言ってたぶさ……なのに、どうして……」
はやぶさは二人の運用停止を受け入れられない。
そんななか、S級探査機マゼランの号令で、船内の探査機が一同に会する。
あらわれた探査機は三五機。
タイタニック号に同乗していたはずの五〇機のうち、ニア、スターダストを含めた一五機の探査機が第一次全史レースで魂を失ったことが、このとき明らかとなった。
第一次全史レースで条件を達成できなかった探査機は、「探査機としての使命」をおろそかにしたものと見なし、運用を停止するという全史からの布告が、どうやら現実のものとなったらしいと、マゼランは結論づけた。
水星にいく途上で、二〇一八年一〇月に打ち上げられたJAXAの水星磁気圏探査機「みお」がはやぶさをはげます。
「みお」には水星表面探査機MPOという、同じロケットで打ち上げられた姉妹がいる。
「たしかにはやぶさはかけがえのないものを失った。でも、すべてを失ったわけじゃない。まだ立ち止まるのは早いんじゃないの」
はやぶさがそうであるように、ディープもまた、腐れ縁だったスターダストの脱落を受け止めることができない。
落ち込む二人を、さっちゃんがはげます。
「まだ、望みはあります。
最初に全史を埋め尽くした探査機は、好きな願いがひとつ叶えられるというルールを、二人は忘れたのですか。
全史レースで失ったものは、全史レースで取り戻せばいいのです」
水星の重力は地球の二・五分の一。強すぎるでもなく、弱すぎるでもないこの重力は、観光地の環境としてはほどよいもの。
水星の北極付近には年間平均気温が-九〇℃前後の涼しい環境があり、北極地域のクレーターには水の氷を露出させているものもある。
そういうわけで、水星は渡の思い描くスキー・アクティビティが結実する地となる。
低重力環境ならではの「ビッグエア」で、人々の目を釘付けに。
渡はここで、月での悔しい思いや、悪口による鬱憤をはらす構えを見せる。
しかし、アクティビティはあくまでもゲストに楽しんでもらってこそのもの。
前回のような無茶はもう繰り返してはならない。
徹底的に安全面を考えたコースづくりを渡は心がける。
アクティビティ成功の鍵は、融点に近く摩擦の少ない水の氷を見つけだすことであり、サンプラーホーンをもつ姉妹の真価が問われた。
水星は月より地形がダイナミックで、かつ重力もあるので、落石、地滑り、転落といった事故に、スペースクルーは気を遣う必要に迫られる。
豪華客船タイタニック号が多くの移民を乗せていたように、スペースクルーズタイタニック号は、「移民を運ぶ船」としての役割も果たす。
スペースクルーズ・タイタニック号には、四組の宇宙移民が乗船していた。
彼らはみな一様に、「地球界コンテナ」とよばれるBTデバイスを、タイタニック号に運搬してもらっていた。
地球界コンテナは、人間の排泄物で土を作り、土で植物を作り、植物プランクトンで酸素や動物プランクトンを作り、動物プランクトンで擬似食肉をつくる、というような循環を機能させることで、一人の人間の一生をその中だけで成り立たせることができる、家型のBTデバイスで、「出る必要のない家」という呼び名でも知られる。
地球界コンテナの内部は完全な閉鎖循環環境なので、どのような環境に放り出されても家としてちゃんと機能する。
ただ、内部環境を維持し続けられるかどうかは、それを置く場所に太陽光、風力、採掘資源というようなエネルギー資源がどの程度あるかどうかによって左右された。
いい場所をきちんと案内できるかどうかは、やはり探査機による探査にかかっている。
「地球界コンテナは、地球よりもむしろ宇宙環境と相性がいいBTデバイスなのではないか」ということが、以前から言われていた。
その説を検証するはじめての機会という意味でも、今回の旅は注目されていた。
水星の移住先としての魅力は、太陽に一番近いため太陽光が得やすいということであった。




