探娘辞典 月着陸船イーグル
ヒューマノイド探査機化したアポロ11号の月着陸船イーグル。
一人称は「私」
やさしさと気品を兼ね備えた淑女。誰に対しても一貫して敬語を使う。
アポロ11号は人類初の月面到達を演出した宇宙船として知られているが、人だけを運んでいたわけではない。月を調査するための科学観測機器をいくつも積んでいたのである。
・反射鏡の設置により、地球と月が年々遠ざかっている事実が初めて確かめられた。
・地震計の設置により、月震の存在が初めて確かめられた
。
・上記の二つと四つの観測装置(全温度イオン検知器、帯電粒子観測装置、磁気メータ、大気・太陽風観測機)が一緒くたになった、「アポロ月面科学観測ボックス」の設置により、月の物性および環境の理解が進んだ。
また、月の石と砂をはじめて地球に持ち帰ったアポロ11号は、宇宙探査史上初のサンプルリターン機でもある。
月と小惑星という探査対象の違いこそあれど、はやぶさやさっちゃんはイーグルを、サンプルリターン機の偉大な大先輩として認識していた。
イーグルの側もまた、はやぶさやさっちゃんに対して特別な感情を抱いていた。イーグルにとってはやぶさやさっちゃんは、サンプルリターンという自分が生みだした概念を引き継いでくれたかわいい後輩にあたる。特別な目で見ないはずがなかった。
イーグルは、人型の探査機ちゃんの間で争われる「全史レース」への不参加を表明している。その理由は、大きく分けて二つあった。
一つは、モチベーションがないこと。唯一のSS級探査機である彼女には、闘争心を掻き立ててくれるライバルがそもそも存在しないのだ。
二つ目は、ソ連の月探査機、ルナ15への罪悪感である。
ルナ15号は、アポロ11号より三日早く月へ打ち上げられた、史上初の月サンプルリターン機である。打ち上げから四日後の七月一七日に月周回軌道に入り、その三日後に月面軟着陸に挑んだ。結果は、失敗に終わった。着陸前の減速に失敗し、月面に衝突して自壊してしまったのである。
こうしてアポロ11号は、ルナ15号の自滅に救われる形で月サンプルリターン競争の勝者となった。
全世界の人々が、アポロ11号と三人のクルーの偉業を祝福した。
アポロ11号の前世の記憶を継ぐ者として蘇ったイーグルは、その時の祝福を素直に喜ぶことができない。
重責を果たせたのはもちろんよかった。だが、その日を堺に世界がルナ15の存在を忘れ去ってしまったことが悲しい。
イーグルにとってルナ15は、同時代の貴重なライバルだった。
そのルナ15との月サンプルリターン競争に勝利したことを褒めてほしいのに、世間は有人月面着陸にフォーカスするあまり、サンプルリターン競争が存在した事実そのものを忘れ去ってしまったのである。
勝てば官軍、負ければ忘却。
これが、宇宙開発競争の宿命なのか。だとしたら、悲しすぎる。
競争という概念そのものに寒気を覚えたイーグルは、全史という「次の土俵」には自分は上がるまいと決意するのだった。




