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第二章 ターゲットマーカー

 すべての宇宙探査機には、共通する三つの持ち物がある。


 一つは、地球の管制室とやりとりをするためのアンテナ。


 もう一つは、探査機自身の速度、軌道、姿勢などを修正するための装置。エンジン、スラスター、リアクションホイール(モーターの回転する力の反作用を利用して衛星の回転や姿勢を制御する機器)といったものが、これにあたる。


 最後の一つは、探査機の目。すなわち、観測装置である。


 アンテナ、軌道および姿勢制御システム、観測装置。


 この三点セットが正常に動作している限り、探査機には、その探査機のために考えられた独自のミッションと、ミッションを達成するための指令コマンドが、地上の管制室によって与えられつづける。


 人型の探査機として生まれ変わる前の、人工衛星の姿をした探査機はやぶさとはやぶさ2にミッションと指令コマンドを与えていたのは、日本の宇宙航空研究開発構(JAXA)のプロジェクトマネージャーと、オペレーター達であった。


 その後、はやぶさは地球大気との摩擦で燃え尽き、最期を迎えた。


 はやぶさ2は地球大気へ突入こそしなかったものの、重要な三点セットのうちの一つである燃料を失ったことにより、ミッションの終了を宣言された。


 時代は変わり、二〇五三年。


 探査機はやぶさとはやぶさ2は、「シンギュラリティ先生追悼プログラム」という時代の流れの中、アンドロイド型の宇宙探査機として生まれ変わった。


 現在のはやぶさ姉妹は、アンテナ、軌道および姿勢制御システム、観測装置の3点セットを、きっちりと備えている。人に例えるなら、健康体ということになる。


 であるなら、ミッションと、ミッションを達成するための指令コマンドが、つねに与えられていなければおかしいのだが……


 不幸なことに今の2人は、ミッションも指令コマンドもなかなか得られないという状況に陥ってしまっていた。


 すべての原因は、姉のはやぶさにある。


 はやぶさの選んだオペレーターが、悪すぎたのだ。


 ある日、渡は自室でテレビを見ていた。座卓を挟み、テレビと対面する形で座していた。


その右隣りにはハスキーがいる。渡から見た座卓の左側には、さっちゃんがいた。さっちゃんはいつものように正座しながら、ウサギのぬいぐるみを抱いていた。


 そんな部屋に、ノックの音がこだまする。


 ハスキーがワンと吠えるとドアが開く。はやぶさだった。胸に抱く皿から、濃厚な湯気が立ち上っている。あんまんだ。何個もあるらしい。


「オペレーター……」


 自信なげにつぶやきながら、はやぶさが近づいてくる。しかし、その視線は最初から渡を捉えていない。はやぶさが足を止めたのは、ハスキーの前だった。


「ワン?」


「オペレーター、どうか今日こそは、自分に任務を与えて欲しいぶさ!」


 意中の相手にラブレターを渡すように頭を下げると、はやぶさはハスキーの足元にある餌入れにあんまんを一個捧げた。


 瞬間、渡は跳んだ。


 横っ跳びで、あんまんを弾く。バレーボールのリベロのイメージだ。


「犬に変なもの食わせんなよ!」


「あ、あんまんに何するぶさか!」


 はやぶさが逆ギレする。


 ペシィッ!


 姉に同調したさっちゃんが、渡の顔にあんまんを投げつけてきた。


「いてえ!」


 あんまんが顔にはりつく。


「さっちゃん、あんまんをインパクターがわりに使うのはよくないぶさ!」


 はやぶさが血相を変えて妹を叱った。


「なにをいってるんですか、お姉ちゃん。あんまんはインパクターじゃありません。ターゲットマーカーです。私はいま、この人間の顔を小惑星の地表に見立てて、ターゲットマーカーを投下したんです」


「投下って言うか、投球の間違いだろ……」


 探査機はやぶさのターゲットマーカー(目印として小惑星の地表に投下される玉状の装置)さながらに対象の表面にいつまでも留まりつづけるあんまんを、渡は引きはがした。ベリッという音がする。


「インパクターは対象の表面に穴を開けるためのものです。この人間の顔を見てください」


 はやぶさ2ことさっちゃんが、人差し指で姉の視線を導いた。


「穴、空いてますか?」


「あ、空いてないぶさ……」


「でしょう。それは、投げたのがターゲットマーカーだからです。日本のお手玉をヒントに開発された、無数の粒を袋で覆う構造が、見事なまでに衝撃を吸収したんです」


「な、なるほど……」


「納得しちゃうのかよ!?」


「もし投げたのがあんまんでなかったら、今頃、あの顔は……」


 言葉を切ったさっちゃんが、じっとりとした視線を投げてくる。


「ひいいっ!」


 怖気に駆られたらしいはやぶさが、ひっくり返って座布団をかぶる。


「まさに九死に一生、というやつですね」


 二の腕の鳥肌を温めるように自分を抱きながら、さっちゃんは安堵の息を吐いた。


「投げた本人がいう台詞か!」

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