月2
さっちゃんはルナ16と久々の再開を果たした。
ルナ16は、イーグル同様にオペレーターを戴かず、一機で探査を行ってきた。
ルナ16の探査機としての最大の武器はドリルだ。月探査機ルナ16のドリルは、もともと小型のボーリング装置だった。それがH探査機としての蘇りに伴って、掘った穴の側面を即座に「焼結」させるシステムを得たドリルとなった。この進化により、ドリルは穴を永遠に深く掘り進むことができるようになった。
このドリルを使ってルナ16は月の一〇〇〇箇所に穴を空け、「全球地質ビッグデータ」なるものを調査しようとしているのだという。
全球地質ビッグデータは、人類が鉱物の掘削施設や地下基地の建設場所を決めようとした場合にまちがいなく役に立つものだ。
それほどのものを、ルナ16はたった一人で完成させようとしている。
チームを組みながらいまだに全史を一ページも更新できていない自分や姉なんかとは、探査にかける執念が違いすぎる。しっかりしろと頬を打たれたれた気がした。
に、してもだ。
そのストイックさは、流石に身を滅ぼしはしないだろうか。
「そこまでスケールの大きなビジョンがあるとは、驚きました。ですが――先輩はそれで本当に全史レースを勝ち抜けるのですか?」
「全史を更新することが宇宙探査機の使命なのか?
宇宙探査機というのは、どの国の、どの時代のものだって、必ず『自分が成さねばならぬ特別な使命』を背負って生まれてくる。そして、自分の一生をかけてその使命を全うしようとする。お前や、お前の姉だって、かつてはそうだったはずだ。
全史からの脅しを気にするあまり、自分が成すべきことを見失うな。
お前の道は、お前自身が一番よく知っているはずじゃないのか」
全史更新のヒントを得にいったはずが、ただ叱咤されただけに終わったさっちゃん。
どうだったか渡に聞かれたので、全史の話以外のやりとりを説明する。
「自分が成さねばならぬ特別な使命……か」
はやぶさは以前、小惑星・彗星探査機の使命は、惑星の成長過程を研究することだと言っていた。
月で惑星の成長過程をいちばん研究しやすい場所といえば、それはやはりクレーターだろう。
渡は二人に以下のような提案をする。
・クレーターを徹底的に探査する
・探査データを元に二人は「場所の過去」のシミュレーションを頭のなかで行う
・二人は自分の脳内イメージをゲスト(観光客)のIMSにリンクさせ、天体衝突の瞬間を披露する
渡の提案に対してさっちゃんは、
「私とお姉ちゃんは、サンプルを集めることならいくらでもできますが、それを分析する力を持っているわけではありません。時間を過去に巻き戻すようなシミュレーションを行うには、成分分析に長けた火星探査ランダーやローバーの力を借りる必要があります」
ならば、と渡はスキーを担ぎ出す。
クレーター斜面のスキー滑走に挑もうというのだ。
月は重力が低い分、斜面が急でなければスキーは滑らないだろうと考えて、急斜面をもつクレーターを探すよう二人にコマンドを出す。
白羽の矢が立ったのは、月の南部にあるジョルダーノブルーノ・クレーターだった。
データを集めてもらってから、コースを検討する。
底までスムーズに下れるかどうかという視点で、出発地点を選んだ。
ストックで勢いをつけてクレーター内に飛びこむ。
そのときに、勢いをつけすぎてしまう。
重力が地球の六分の一しかない月では、ついつい落下への恐怖心が鈍る。
しかし、重力が六分の一しかないということは、ジャンプの幅も六倍になってしまうということだ。
渡はジョルダーノブルーノ・クレーターの断崖のような縁に飲み込まれる。
勇気を持って着地に挑むが、両足の靭帯を損傷してしまう。
はやぶさとさっちゃんは慌てる。人間の体の仕組みがわからないため、怪我をした渡をどう扱ったらいいかわからないのだ。
同僚たちに馬鹿にされることを恐れて、渡は救難信号を発信することを躊躇した。
さっちゃんが機転を利かせて、ディープ経由で崇女を呼び寄せる。
渡は崇女と崇女のBTデバイスに助けられてクレーターの上に帰還する。
タイタニック号の病室に運び込まれたことで、結局スキーを失敗したことが同僚達に明るみになってしまう。
「スキー野郎がさっそく自滅したらしいぜ」
繊維そのものである靭帯の修復は、骨の修復ほど簡単にはいかない。
BTの技術をもってしても、回復には数日かからざるをえないという。
完治が予定される五日後には、オリンピック号とタイタニック号の月滞在は残すところ一日となる。
チームは一気にどん底に突き落とされる。
このチャレンジによってはやぶさとさっちゃんの全史は二ページ更新されたため、何もかもが無駄になったわけではなかった。
しかし、渡が負った怪我に責任を感じたはやぶさは、行方をくらませてしまう。




