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エベレスト

 生まれてはじめてBTスポーツの一部始終をみたことで、渡は、「人間は所詮BTデバイスで能力を拡張しないとなにもできない生き物」というニアの言葉の意味を理解する。


 同時に、美山があれほどBTを崇拝する理由も理解できた。


 一〇月からスペースクルーの一員として地球を旅立つことが決まっている以上、ここで腹を決めなければならないのか。


 BTデバイスが広く普及している現代だからこそ、太陽系グランドツアーのゲストを宇宙事故の危機から救うためには、人一倍多くのBTデバイスを所有している必要がある。だからやはり、スペースクルーになる以上、BTデバイスに背を向けつづけることなど問題外なのではないのか。


 だが、なにか引っ掛かる。


 船長の勝田は、渡と初めて対面したあの日、出航までの残りの期間をBTデバイスの操縦を覚えることに費やせとは言わなかった。


「自分がなぜこれほどの適性値を出せたのか、よく考えた上で、自分のやるべきことを定め、その実現のために残りの二ヶ月、可能な限りの準備をしろ」

 そのとき船長は、渡の「ココロの成分表」を見ていたからこそ、そのようなメッセージを投げかけてきたのではないか。


 鍵はココロの成分表にありそうだ。


 渡はあらためて自分のココロの成分表を見る。


 いちばん多くの比重を占めていたのは、もちろん家族愛だった。はやぶさ、ハスキーの顔が思い浮かぶ。


 次に割合が大きかったのが、「極地」だった。「スキー」がそれに続く。さらにその次が、「探検部」だった。


 極地やスキーといった成分の方が探検部より大きいことが意外だった。


 本棚を見ると、高山スキー滑降のパイオニアとして名高い三浦雄一郎の著書がぐうぜん目に入る。


「スキー……か」


 なんとなく直感的に、渡は残りの二ヶ月を高山スキー滑降の練習に捧げることに決めた。


 ニアにあやまる。


「やっぱりあんたなんかにはやぶさは任せられない。……でも、あんたがあんただからこそはやぶさは、あんたに……」


 一緒に暮らすようになってから、ニアははやぶさを毎日のように自分のチームに来るように誘った。しかしはやぶさは頑として首を縦にふらなかった。


 渡とハスキーを裏切りたくないというのも一因だろうが、はやぶさはそれ以上に、スペースミッションに復帰すること自体を恐れているようだった。やはり小型機ミネルバ喪失のトラウマは相当に根深いものだったのだ。


 普通のスペースクルーには、おそらくあの娘の心は救えない。


 ならば、もう渡辺渡にかけるしか……


 そんなニアの思索をよそに、渡は夏の盛りにエベレストに赴く。


 ニアは、この男にはもうなにをいっても無駄だと判断し、去る。自分には自分の準備があるため、もともと長居をする余裕はなかったのだ。


 三浦雄一郎の背中に導かれるまま、渡は繰り返しスキー滑降に挑む。


 BTデバイスで身体能力を拡張できるようになったいまの時代、エベレスト登山は拍子抜けするほど簡単になった。渡はBTデバイスのアシストを活用しながら、登っては滑降、登っては滑降を繰り返す。

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