インパクター
西暦二〇五三年。
高校三年生の渡辺渡は、札幌市内のありふれた一軒屋の自室で、二人の女子と一匹の犬とともに座卓を囲んでいた。
犬は、名をハスキーという。
白とライトグレーの毛が入り混じる、白っぽいシベリアンハスキーである。
ハスキーは座布団に行儀よく座りながら、テレビに映し出されている母なる大地シベリアの録画映像に郷愁的なまなざしを送っている。
ニ人の女子のうち一人は、白い大きな帽子に金色の半袖シャツ&ショートパンツという変わったいでたちをしている。肩にかかるくらいのダークグレーの髪が、左右に大きく分けられて、ちょうどウサギの垂れ耳のようになっていた。瞳はグレー。外見年齢は高校生くらい。困ったような垂れ眉が、おどおどと落ち着かない気質を物語る。
白い大きな帽子はアンテナを模した形をしており、金色のショートパンツは、裾の左右に2枚のソーラーパネルがあしらわれていた。
もう一人の女の子も、メガネ、二つのアンテナ、胸に抱くぬいぐるみといった固有の特徴をのぞけば、同様の外見をしている。
一見すると、コスプレ女子のように見える彼女たち。
ニ人がもしコスプレ女子なのだとすれば、アンテナ、金色のボディ、ソーラーパネルといった要素を揃えていることから、「探査機はやぶさ」か、あるいは「はやぶさ2」の、擬人化のコスプレイヤーなのだと推察することができる。
だが実際のところ、ニ人は探査機のコスプレイヤーなどではない。
だがそれでも、コスプレイヤーであることに違いはなかったりする。
なにが、なにになりきる。その方向が逆なだけなのだ。
「探査機の皮を被った人」の逆。すなわち、「人の皮を被った探査機」
そう。
こう見えてニ人は、2053年の探査機はやぶさ姉妹なのだ。
ある日、渡が自室で探検の本を読んでいると、はやぶさが叫びながら部屋に飛び込んできた。大きく見開かれた双眸が、興奮の強さを物語っている。
「すごいぶさ! すごいぶさ、渡さん!」
「どうした」
「さっちゃんが、テレビCMに出演することになったぶさ!」
はやぶさの言うさっちゃんとは、妹の小惑星探査機はやぶさ2のことだ。
「さっちゃんがCM? ……そりゃすげえな」
「すごいぶさ! さすがは自慢の妹ぶさ!」
「でもよくよく考えると、そんなに驚くことじゃないかもな。はやぶさやさっちゃんみたいな人型の探査機って、最近よくCMに出てるからな」
「たしかに……でもさっちゃんがCMに出るのはこれがはじめてなんで、やっぱり嬉しいぶさ!」
「ああ、よかったな」
さっちゃんのCMが初めて流れる日。
渡とはやぶさとさっちゃんとハスキーは、いつものように座卓を囲みながら、目の前のテレビにさっちゃんのCMが流れる瞬間を心待ちにしていた。
Jリーグの大観衆を観客席の真下から仰ぎ見る映像が流れた瞬間、さっちゃんが、
「あ、これです」
とつぶやく。
「これなの!?」
サポーターはみんなして一方向をみつめ、息を詰めている。手を合わせて祈っている人もいる。得点のチャンスらしい。ということは、PKが蹴られる寸前とかか。
そこで急に、景色が宇宙へと切り替わる。
小惑星探査機はやぶさ2が小惑星リュウグウにインパクターを打ち込むシーンの再現映像が、唐突にはじまった。
はやぶさ2がインパクターを分離させた瞬間、インパクターの内部構造が画面いっぱいに広がる。円錐形の容器を円形の蓋が閉じている構造を教えてくれる映像だ。そこで、男性声優のナレーションが入る。穏やかな声だ。
『小惑星リュウグウに穴を開けた探査機はやぶさ2のインパクター。ステンレス容器を火薬で破裂させることで、銅の衝突体を飛ばす仕組みでした』
円形だった蓋が、爆発の力で球形に変化し飛んでいく。スローモーションなのでわかりやすい。
『もっとも大切なのは、中に入れる火薬の密度を均一にすること。そうすることで爆発のエネルギーはきれいな波となる。きれいな波の先端が中心にぶつかることで、銅の蓋はきれいな球形に変化しつつ、まっすぐ飛ぶ』
飛んでいった球形のインパクターが、どういうわけかサッカーのゴールネットを突き破った。先ほど祈っていたサポーター達が、また映されるやいなや大歓声を上げる。スタジアムが瞬間的に沸騰する。
『ウォォォォォォ!!』
また画面が切り替わり、今度はテロップが映し出される。テロップに倣うように、ナレーターがドヤ声でささやく。
『サッカーは、科学だ』
「どういうことなの……」
渡は思わず白目を剥きそうになる。
画面がテロップから切り替わると、ようやくさっちゃんが映し出された。ピッチ内を駆けている。どうやら、サッカーの試合に選手として出場しているらしい。いつも胸に抱いているウサギのぬいぐるみは、背中にくくりつけられていた。
さっちゃんは鋭いスライディングでボールを奪取すると、正確無比なロングパスを味方選手へ供給する。そこから、スピーディーなカウンターが展開されていった。
ボール保持者が敵陣を切り裂いているあいだ、さっちゃんはゴール前へと侵入する。
そこでさっちゃんは、どういうわけか突然バック宙を披露した。
すると、ちょうどその足に飛んできたパスが当たり、豪快なオーバーヘッドキックとなった。
ボールがゴールネットを揺らした瞬間、スタジアムは大歓声に包まれる。
『キミの瞳に、インパクツ!!』
先ほどしゃべっていたナレーターと同一人物とは思えない、妙にハリのある声だった。
最後にさっちゃんは、Jリーグの有名選手一〇人を背後に従えながら腕を組む。表情はいつもと同じ能面だが、醸しだすその雰囲気には威厳が満ち溢れていた。
『スポーツ見るなら、WOWOW』
「なんなんぶさかこれ!? 凄すぎるぶさ、さっちゃん!」
姉バカのはやぶさは我を忘れて大はしゃぎする。
凄すぎるっていうか、ありえなさ過ぎるだろ……
「いえ、普通です」
いつも通りの淡々とした口調で、さっちゃんが答える。
「私はべつに、特別なことをしたつもりはありません」
「たしかに、いわれてみれば汗ひとつかいてなかったよな……それどころか、ぬいぐるみを背中に……」
「さすがはさっちゃん、クールビューティーな妹ぶさ!!」
はやぶさがさっちゃんに飛びつく。人形を抱きしめるような愛情表現だった。実際さっちゃんの側も、人形を髣髴とさせるいつもの真顔を崩していない。
「そこにプリティーも追加してください」
「クールプリティー・ビューティーな妹ぶさ!!」
「あとついでに、キューティーも入れてください」
「クールプリティー・キューティービューティーな妹ぶさ!!」
「はい」
「なんかカッコいいぶさ~! さすがはさっちゃん!」




