松尾山にて小早川秀秋に土下座してみる
夜の山道は怖いけどなんとか松尾山にたどり着いた。相手の取次の人は
「え?石田三成様?ご本人?ほんとに?」
とか混乱していたけどどうにか本陣まで通していただけた。
夜の山をろくな明かり無しで登るのは辛すぎる。
「小早川秀秋です。こんな時分にいかがなさいましたか?」
小早川秀秋は一見軟弱とも見えるような柔和な外観ながらどこか目付きが鋭かった。
これはだめな方の小早川秀秋を想定してはだめだ。
普通に考えてへうげものの切れると強いやつか藤原竜也の戦国自衛隊を想定しなければ。
「小早川秀秋様には、明日の会戦での活躍を期待しております。
勝利の暁には関白になっていただき、秀頼様を後見していただけましたら…。」
俺は深々と土下座しながら話した。
「ふん。書面もなく約定も口約束か。どうしてそんなものを信用できよう。なあ奥平。」
声をかけられた方向にはいかにも三河者、という感じのものすごく実直で真面目そうな
侍が控えている。徳川方からの目付の奥平貞治だ。
ヤバい。すでに徳川家康はしっかり手を打っている。
「そもそも松尾山城の伊藤を追い出して俺が抑えた時点でなんで俺がそちの味方だと思うかな?」
小早川秀秋は続けた。そもそも味方の伊藤盛正を追い出して布陣し、暗がりでよく見えなくても
松尾山はすでに柵など要塞としての工事をして城と呼んでもいい状態になっていた。
更に奥平貞治を迎え入れてむしろ東軍に加担する気満々なのは明白だ。
この秀秋、絶対藤原竜也だ。もしくはやる夫AAの関ケ原の戦上手で朝廷工作プロの秀秋。
「太閤殿下の血縁たる小早川秀秋様がこの戦に勝利することで豊臣家の第一人者として
これからの世を動かしていただきたく。どうか我らに味方を。そして関白に。」
「ふざけるな!」
小早川秀秋が叫んだ。
「なにが太閤の血縁だ。元来俺は太閤殿下の後継として養育されてきた。
それを小早川家に追い出した上で朝鮮での武功を誣告して筑前名島すら取り上げようとしたのは
お主だろう。」
はい。おっしゃるとおりだと思います。太閤殿下にご恩なんて怪しいですよね。はい。
「越前に飛ばされたのを助けてくれたのは徳川家康殿だ。違うか?」
は。重ね重ねおっしゃるとおりでございます。徳川家康様に恩義ありますよね。うん。
「内府殿は戦功あれば畿内に近い大国2カ国を与えるとおっしゃっている。これが書状だ。」
といって投げてよこす。
読んでみると…筆書きのウネウネ文字だがすらすら読めた。
これがスキルというものか。この点だけは感謝。でも地味だよ>スキル。
なんかバーっと光ると相手一万人ぐらい倒せるとか敵のボスにスイカバー刺さるとかサクッと
決まるのが欲しかったよ。
「ならば私は関白の座と山城、丹後、近江他畿内中枢で三カ国100万石以上を約束しましょう!」
と言って近くにあった筆を執りスラスラ書く。
おお。書ける。私にも書けるぜ。これこそが異世界転生スキル!
その上で先の書状を松明に投げ込んで燃やす!!
「これでどうだ!!!」
「どうだと言われても…」
気がつくと激しく冷たい目をした小早川秀秋が目の前にいた。
「この書状になんの効力があるのだ?西軍の総大将は毛利輝元だろ?秀頼様の認可もなければ
朝廷の裏書きもないだろ?」
あうあう。俺はしでかしてしまったことに自分であわてて混乱した!
そこに小早川秀秋は容赦なく氷のような目で続ける。
「第一そちらの豊臣家の親族ならば宇喜多秀家殿がいるではないか。
今回も正面に陣取って自分こそが豊臣家親族筆頭と主張しているわ。
ふ、家臣も統率できずに逃げられる無能なお坊ちゃまの癖に。」
あれー。やっぱ宇喜多秀家とは仲悪いのー。宇喜多様泳ぐ以外はあまりいいところないよねー。これならいっそ宇喜多様連れてきて土下座してもらえばよかった?(無理)
そこに小早川秀秋がさらに追い打ちをかける。
「それにな、俺のことをさっきから小早川小早川って豊臣姓、羽柴氏として扱う気無いだろ。」
あらー。そこは都合よく変換、はされていなかったのね。
なら徳川家康に会ったときに二郎三郎、とか呼びかければ影武者の方だけ振り向いてくれるのかしら。
「小早川呼ばわりの扱いで、まあ、万が一関白には就くことができたとしても、秀次様のように都合が悪くなったら処分して殺すつもりだろ。」
おっしゃるとおり秀次様は殺さないほうが良かったですね。
確かに最上とか敵ばっかり増えてしまいましたし。
なんでこの人小早川秀秋のくせにすごい頭回って正論ばっかりいうんだろう。
正論ばっかり言って煙たがられるのってこの石田三成の役割じゃなかった?
「この夜中にここまでわざわざ来たことに免じて命は取らぬ。
が、お主の言うことを聞くつもりもまったくない。明日は正々堂々戦おうぞ。早く行け。」
と無事返してくれました。
小早川秀秋さんいい人です。下手すると切られていたものなぁ。
下手は打ったけど。とぼとぼと自陣に帰る。
落ち込んでいたけれど私は元気です。
でも夜の山は行きよりも一層厳しくて、なんども転んで泥まみれになりながら帰りました。
そしてボーッとしながら…気づいたら朝になっていて鉄砲の音がそこかしこから聞こえてきました。
関ケ原の合戦が始まってしまったのです。