表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/18

カミングアウト

 実のところ、リアはダンスが苦手だ。

ステップも振りも完璧なのに、ダンス教師たちが揃って眉をひそめ、繰り返し注意を食らうのはなぜなのか。

ひとえにリアが他の『普通の』令嬢よりも体力があるせいなのだ。

ステップも振りも、無駄にキレが良すぎるために優雅さの欠片もなくなり、まるで体操か演武のように見えてしまう。

それだけならまだしも、筋力少なめの男性なら振り回されてダンスが崩れてしまいかねない。

口酸っぱく言われ続けて、この頃ではなんとか控えめに踊ることを心掛けられるようになってきていたリアだった、のだが。



ハーレウス王子の振る舞いに対する怒りで、その注意は頭からすっかり吹っ飛んでしまっていた。



大広間の中央で、にこやかに笑む王子と向かい合う。

笑顔は作っているけれど、自分の瞳は今感情を隠しきれていない。きっと怒りが漏れてしまっているだろう。

もしかしたら不興を買うかも知れない、けどかまわない。そしたら領地に引っ込んで暮らすだけ。

それでもダメなら父に勘当してもらって平民として生きていけばいい。その覚悟はできている。

リアが不敵なまでの笑みを浮かべた時、音楽が始まった。



少し早いテンポの華やかな曲に乗せて、リアは踊る。ステップも振りも加減などしない。

だが予想に反して、王子はびくともせずに笑顔で彼女をリードする。それどころか。



「ダンスがお上手ですね、アリアンヌ嬢」

「まあ、殿下はダンスだけでなくお口までもお上手なのですね」

心にもないことを言いやがって。そんな本音は隠してリアはにっこり笑った。

「まあ体力があるだろうなとは思っていたけれどね」

「そうなのですか?さすがにバルデス家の教育方針はご存じなのですね」

王子は上手にリアをターンさせ、応じてリアが華麗にくるりと回る。深緑のドレスの裾がひらりと翻る。

「もちろん知っているけれど、でもそれだけではないよ。実際に見てよくわかった」

「え……?じ、実際に、とは…」

「うっふっふ」



王子の笑顔が急に謎めいたものを含んだように見えて、リアは戸惑ったが、ちょうどそこで曲が終わった。

思わせぶりな物言いは気になるが、ここはとっとと逃げ出すに限る。

王子から離れ、最後の礼をしようとして…できなかった。

なぜか王子がリアの手を握りこんで離さない。



「あ、あの、殿下…」

「なあに?どうかした?」きらっっきらの笑顔がまぶしすぎる。くっ。

「曲が終わりましたので、わたくし、そろそろ…」

ぐずぐずしていたら次の曲が始まってしまうではないか。



この国の社交界では、二曲続けて踊れるのは正式な婚約者になってから、三曲以上は夫婦にならないと踊れない。

誰でも知っている常識であり、王子が知らないはずはない。

なのにどうして手を離してくれないのか。

焦ったリアはと、えいっ!と手を引っこ抜こうとした。

(もういいや!あとは野となれ山となれ、よ!どんと来やがれ不敬罪!)



それでも王子の手は全く離れず、むしろ反動でリアの身体は王子にぶつかりそうになった。

「えっ!」

さすがにこの勢いでぶつかったらヤバイ、とひるんだその時、リアは彼にしっかりと抱きこまれてしまっていた。

「え、え、え、…」

思わず顔を上げた時、無情にも次の曲が始まった。



「さ、ステップ踏んで、アリアンヌ嬢」

リアの内心など知らん顔で、王子はにこやかに踊り始める。先ほどとは違ってゆったりしたテンポのこの曲は、パートナー同士の密着度が高い振り付けだ。

彼女を抱き込んで楽しげに二曲目を踊る王子の姿に、大広間は騒然となった。



「殿下、どうして、こんな」

「どうしてって、それはもちろんあなたが気に入ったからだよ」

「ど、どこがです?先ほどお会いしたばかりではないですか!」



その時、王子がにやり、と笑った。きらっっきらだけど黒っぽいってどんなだ。

「へえ、あんなに話をしたのに、忘れちゃったのかい?ひどいなあ」

「は………?あんなに、とは、どういう」

「クマタン、ちゃんと飾ったの、リア?」

「………!」



言われてみれば、声が同じ。瞳の色も。

髪の色は違うし、そばかすも眼鏡もないけれど、でも、このひとは。

「まさ、か、………ハル?」



王子は嬉しそうに――でも黒っぽさ五割増しで、笑った。

「やっとわかったの、リア。全然気づいてくれないからどうしようかと思った」



呆然としながらもほとんと無意識にステップを踏みながら、リアはハルがダンスに誘い出した目的を悟った。

(お忍びで歩く姿を貴族の私に見られてしまったから)

(楽しそうに話す振りして、どこの誰だかきっちり調べて)

(こんなところでわざわざ正体を明かして、そして私を)



殺すつもり――?



リアは推理小説を読むのが好きだった。



お読みいただき、ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ