秋の大夜会2
王宮に着いたバルデス侯爵家一家はさっそく行動を開始した。当主のアトレウスは妻のマレーネと娘のアリアンヌを連れて挨拶まわりという名の商談へ。長男ユリウスは別行動で若手貴族たちが集まっている一角に向かう。そうこうしているうちに国王一家が登場して本格的に夜会が始まった。
国王ウェザリスの挨拶はいつも短めで、臣下たちからの評判は大変に良い。今夜もその例にもれず、あっさりした言葉の後、すぐにダンスの音楽が流れ始めた。もちろん最初に踊るのは国王夫妻である。
グリンバウム王家の特徴である黄金の髪と夏空の青を映した瞳を持つ国王は威厳と親しみやすさを併せ持つ美丈夫であり、寄り添うレアラ王妃は三児の母とは思えぬほどの若々しい美貌を保っている。そんな二人の踊る姿はまさに一幅の絵のようで、女性たちのため息を誘っていた。
国王夫妻のダンスが終わればあとは無礼講、貴族たちがそれぞれにパートナーを誘って踊り始める。そんな中でもやはり注目の的はハーレウス第一王子。彼が最初に踊りに誘う女性こそ、婚約者の第一候補と目される――
にこやかに貴族たちに挨拶をしながら大広間を歩くハーレウス王子の周りを、彼の目に止まらんとする令嬢たちが取り巻いている。遠目から見ると、色とりどりの花畑が動いているかのようだ。
そんな光景を、アリアンヌ――リアは王子がいるのとは反対側の壁際で見るともなしに眺めていた。
ようやく両親の挨拶まわりから解放されて、目立たない壁際に引っ込み、果実水でほっと一息つけたところであった。
(うあーま・さ・に、お花畑。しかもどんどん増えてくし。すごいなぁイロイロ空気悪いんだろうなあ。あーもう帰りたい)
(あっあの青いドレスの子、隣の子に肘打ちした!怖っ怖っ怖っ!早く帰りたいなー)
(そうかと思えば二大公爵家の令嬢は広間の端と端で火花飛ばしながら殿下見てるし!怖っ!ホント帰りたい)
(あんな雰囲気悪そうなのに、ここからでもわかる王子のきらっっきらオーラってどうなの?やっぱ王家ってコワイ。もーやだ帰りたいよー)
(……てか帰りたい。帰りたい。帰りたいよー)
どんどん遠い目になっていくリアに、横からそっと声がかけられた。
「リア、久しぶり」
「フィル!久しぶり、元気だった?」
栗色の髪と瞳を持つ大人しそうな青年が静かに微笑んでいる。フィリップ・ユルゲンス、リアより一つ年上の彼は実は宰相ユルゲンス侯爵の継嗣だ。父同士が仲が良い二人は幼馴染で、フィリップは小さいころから元気すぎるバルデス三兄妹にもまれて育ってきた。成長した今でもお互いに本音が言い合える仲だ。少なくともリアはそう信じている。
「リア、もうちょっと顔なんとかした方がいいよ。せっかくの素敵なドレスが台無しだよ」
「顔?どーせ美人でも何でもないけど、その言い方はちょっとどうかと思う」
「あ、いや、そうじゃなくて、リアは可愛い、けど、も。…えーと、さ、帰りたーいっていう本音がダダ洩れしてるんだよ」
「う。そんなにか。アリガトウ」思わず頬を押さえるリアは、フィルの耳が赤くなっていることには気づかない。
「リア、今夜はユリウスにエスコートされてきたんだよね」
「うん、お義姉さまがいらっしゃれないから」
「そうか、クルト家はまだ…だったね」
「それに、毎回フィルにお願いしてばかりでも悪いしね」
「え?」
「フィルだって、そろそろ婚約者決めないといけないでしょ?いつまでも幼馴染の面倒見させられないよ」
フィリップはちょっと絶句した後、さらに耳を赤くしながら反論した。
「そんなことない。僕はリアのことを面倒だと思ったことは一度もないよ」
「うーん…なら、いいんだけど」
首を傾げるリアに向かって、フィリップはちょっと息を吸い、次の言葉を言おうとした。
「じゃあ、リア、今夜は僕と…」
「やあ、フィリップ」
リアとフィリップは同時に振り返った。
後ろにお花畑を従えたきらっっきらオーラの持ち主が、にこやかな笑顔でそこに立っていた。
お読みいただきまして、ありがとうございました。
ぼちぼちストックがヤバい…頑張って書きます。