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秋の大夜会

  グリンバウム王国の王宮では、繁栄している国らしく数多くの夜会が開かれる。その中でも春と秋に行われるものを特に「大夜会」と称して全ての貴族家に出席の義務を課していた。

 出席の対象となるのは家の当主夫妻および社交界デビューが済んでいる子女。もちろん急病や身内の不幸、何らかの事情があれば欠席は認められるが、その場合でも王家に対して詳細な報告が必要になる。

 年に二度、王家直々に臣下の顔を見ていろいろな意味で確認をする、そういう機会なのだが――

 今年の秋の大夜会に限っては、少し違う意味合いを持っていた。



 この国では、成年後、婚約者を定めなければ立太子ができない。そして国王の三人の子のうち、第一王子ハーレウス殿下が夏の間に18歳の成年に達した。

そうなれば王家としても政府としても、なるべく早く王子の婚約者を定めて立太子の儀を行いたい。

今回の秋の大夜会で、ハーレウス殿下が誰を見初めるのか――貴族たちの話題は過熱する一方だった。



「やはりシュニッツァー公のご息女が一番ではないかな」

「いやいや、デルムント公爵家のラヴィニア様であろう」

「宰相閣下には娘御がおられないからな。さぞかし残念だろうて」

王太子妃の実家となれば権勢は約束されたようなもの、いずれにつけば自分の家が有利になるか――情報収集と水面下のやり取りに男たちは忙しい。



夫人や令嬢たちのサロンやらお茶会やらはもっとかしましい。

当日の装いから化粧品にいたるまで、得られる限りの情報を知ろうとしてやまない。有力な令嬢の不興を買わないよう、自らの装いを被らないようにしたい者。あるいは逆に彼女たちを出し抜いて目立とうとしたい者。どちらの立場の令嬢も、会話の切れ端さえも逃すまいと必死だ。



もちろん、全く違う方向性の者も、ごく少ないが存在する。

アリアンヌ・バルデス侯爵令嬢はその少数派の一人だった。

バルデス侯爵領は、以前から各種薬草の名産地として知られている。近年はさらに染色に適した植物が多々発見されて、これを名物にしようと考えていた。

今度の大夜会は宣伝の絶好のチャンス、というわけで、侯爵夫人および令嬢のドレスには領地で染めた布を使った。いわゆる広告塔である。



侯爵夫人マレーネのドレスは深いワイン色。細身のシルエットで胸元と裾に愛する夫の色である銀糸をたっぷり使った刺繡が入り、白い肌を引き立てている。

令嬢アリアンヌのドレスは彼女の瞳と同じ緑を基調としたAラインのもの。オフショルダーにした肩のあたりは薄緑色で、裾に向かって色を濃くしていくグラデーションが美しい。

肩に繊細な金糸の刺繡を入れ、左裾の一部を少したくし上げて共布のリボンで止め、クリーム色のレースをのぞかせて少女らしさを出している。

母は落ち着きと色っぽさを、娘は清楚さの中にもほのかな色気を、それぞれ醸し出した素晴らしい仕上がりであった。

侯爵は妻と娘の美しさに舞い上がり、長男もいつもより表情が柔らかい。



「今日も綺麗だね、マール。他の男に見せたくないな」

「うふふ、嬉しいわアーティ」

「葡萄酒色がよく映えて美しいな。リアも本当に可愛い。可愛くて可愛くて可愛いぞ!私の妻と娘はなんて素晴らしいんだろう」

「アーティったら。あなたも今夜もとても恰好よくて素敵だわ」

最愛の妻と娘の盛装に笑み崩れる侯爵の手は妻の腰をしっかりと抱き寄せて離さない。馬車の揺れのせいにしているつもりだろうが、妻の髪やこめかみに掠めるようなキスを贈っているのを子どもたちは見逃していなかった。



バルデス侯爵夫妻の相愛っぷりは王国の貴族の中ではつとに有名ではあるが、至近距離で見せつけられる方はたまったものではない。しかもそれが実の親ではなおのこと。

侯爵夫妻の息子と娘は、王宮へ向かう馬車の中で繰り広げられる極甘なやり取りを、ひたすら遠い目をして耐えていた。

(ううう……いつものことだけど、キツイわよね、これ)

(父上!我々の前で母上の足を撫でるのはお止めください!)



「おいおい、ユリウス、アリアンヌ。これから夜会だというのにそんな不景気な顔をしていてはいかんぞ」

「そうよ二人とも。侯爵家のお仕事でもあるんですからね」

「……。……。」

(あんたらに言われたくない!!!)

兄と妹の声なき叫びは、残念ながら両親には全く届かなかった。


お読みいただき、ありがとうございました。

今日もう一話投稿・・・できるように頑張ります!

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