第5話
スーツを着た男は話を続ける。
「君が飲まされた薬は人間を強制的に進化させる薬で危険を伴うが、超能力的な力を手に入れることができる。実は私もその力を...」
男はテーブルの上に置いてあった林檎を手に取るとニコッと笑った。
すると掌から林檎が崩れ落ちる。
子供が砂場の山を倒すかのようにパラパラと破片が飛び散った。
「私には原子レベルでものを分解し構築する力がある。」
と言った。到底信じることのできない話だが
目の前でそれが行われているので信じざるおえない。パチンと指を鳴らすと左手に林檎が戻った。
僕は言葉を失う。体は硬直し動かなくなっていた。強大な力を目の前にして人は無力であると分かった。逃げようという気持ちすらなくしてしまうのである。
男は持っていた林檎を僕に投げると食べるか?
と聞いてくる。僕はこのとても気持ちの悪い林檎を食べてやろうとは思わなかった。
丁重に断ると今度は男はマジックでも見せるかのように瞬間移動をしてみせた。
テーブルの前にいたはずの男が視界から消えたかと思うと、サッと後ろから現れる。
これは自身の体を分解して別の地点で再構築する原理を使っている。と説明されたが
理科の苦手な僕にはあまりわからなかった。
「これで超能力については信じてもらえたかな?」
男の問いかけに一応ではあるが頷いた。
「君にもなんだかの力が現れるはずだ。」
男は言った。僕は自分の体を見つめる。
落ちていた林檎を拾ってみたが分解できそうにはなかった。
もしも1つだけ超能力が手に入るなら。
なんて話題で盛り上がった過去を思い返した。
僕は普通を失って、特別になった。
小さい頃なりたかったヒーローに近づいたのだ。
自分が特別であるという高揚感をすぐに大きな不安が飲み込んだ。ヒーローになった僕はこれから戦わなくてはならないのだ。悪意を持った怪人たちと。