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アザーサイド: OTHERSIDE  作者: 杉山 皐鵡
第1章 監視者たち
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scene 4-2 監視者たち(2)


「柊さん、大丈夫っすか、柊さん……」


倉木は、閉まった防火扉をドンドン打ち鳴らした。


「どうなってるんだ、畜生」


彼が情けない顔で狼狽していると、

階段の上の方で、それを見つめる黒い影があった。


その影は、赤い瞳を輝かせ、

「ワン」と一声吠えると、倉木目掛けて、階段を駆け下りて来た。


「Eyes that shine burning red,

Dreams of you all through my head.」


倉木は咄嗟に、ある歌の一節を口にしていた。




一方、店内では、

ドムが怒りに任せて、柊の体を勢いよく硬い床へ叩きつけていた。


「痛っ……」

起き上がろうとする柊の頭を抑えつけて、ドムはドスの効いた声でたずねた。

「……誰だ、お前は」

ドムの瞳は炎のように赤く燃え、食いしばった歯に牙が長く伸びた。


「はい、はい柊です……、」

柊は、息絶え絶えに答えて、人差し指と中指を二本突き立てて空中に文字を描き、その指を唇へ当て

「おん……そわか……」と小声で呪文(じゅもん)(とな)えた。


すると2mはあろうかと言う、ドムの体がふわりと浮き上がり、反対側の壁まで吹き飛ばされた。


「このやろう、(まじない)を使うか」

ドムがめげずに立ち上がろうとすると、

「ドミンゴ、やめときな……」

と女性の声が飛んで来た。

「“覚醒”していないお前の力じゃ、この人には敵わない……」

暗がりから、黒いラメラメのロングドレスを着た、髪の長い女性が現れた。


「おお“ラミア”か、相変わらずいい女に化けてんな」

と柊は、床へ仰向けになったまま、彼女を見つめて笑った。


「人聞きが悪い、アンタも相変わらず口が悪いわね」

と女性は白く細い腕を柊へ差し伸べた。


柊が“ラミア”の手を取って立ち上がると、細面のもうひとりの男がモップの柄を柊へ差し向けた。

「レオ、この人は(わらわ)の“古い知り合い”だから、丁重にお持て成しして……」


細面のレオは急ぎカウンターの中へ入り、グラスを用意し始めた。


「バーボンでいいの……」

ラミアが柊へそう尋ねると、

「ま、非番だし……」

と彼は言葉少なに答えた。


ラミアは適当にカウンター席へ座り、ブラックストーンと言う茶色いタバコを一本、箱から取り出して口へ咥えた。

急ぎカウンターへ戻って来たドムが、ラミアの前へ灰皿を出すと、

「あちらも……」と言う風にラミアはアゴで柊の方を指した。


「ああ…」と声を漏らした、ドムが灰皿を目の前に置いたのを契機に、柊は徐に口を開いた。


「探したよ」


「よく、ここが分かったね、二丁目一帯結界張ってたのに」

ラミアは小さな唇で“クス”っと微笑んだ。


「時々、古傷が痛むんだよ……、昔とびきりイイ女に噛まれてな……」

柊はそう言いながら、袖を託しあげて手首に残った歯型状の傷を見た。


「ふふ、治療代請求しに来たの?」

とラミアは煙を吐きながら笑った。


「まさか、傷は“男の勲章”って昔から言うだろ……んなことより、夜警内で強硬派の動きが活発になっているらしい……」


柊の目の前に《I.Wハーパー》の瓶が“ボン”と置かれた。その隣には丸く削った氷の入った空のバーボングラスも添えられていた。

“好きなだけ飲め”と言う訳だ。


「わざわざ、知らせに来てくださったの?」


「まあ、元来、この国の“均衡”を保つのが、夜警の務めだからな……、それが夜警自ら均衡を乱そうってんだから、見てていい気分はしないわな……」


「あらま、案外とまともな事言うようになったわね……、あなたの15代前の先祖に聞かせてやりたいわ、食い殺されちゃったけど、(さかき)…なんだっけ、源之丞だったかな」


「へぇ、先祖は(さかき)だったんだ」


「うん、(ひいらぎ)(さかき)の庶流、元々は四国の神社の禰宜(ねぎ)の家だったからね、でも柊とは良く考えたものよね、魔除けの柊、下鴨(しもがも)だったか、いいとこよね……」


そう微笑む、ラミアの血のように赤い唇から、小さな牙が見えた。

柊は、意を決するようにグラスのバーボンを一気に飲み干した。


「神社と言えば、さっき花園神社に参拝したんだが、鳥居の上にカラスが居たんだ」


「へぇ、」


「……それで、ちょっと思い出した、親に夜警に入れらた頃のこと、あんたに噛まれた頃って言った方がいいか、“吸血鬼”とまともにヤリ合うには、人間は余りにも無力だ、その力の何分の1かでもあればって、例えば、“カラスを操る能力”ぐらいあればって、願ったもんだ」


「“吸血鬼”だって、脆弱な存在よ」


「まぁな、だがどっちがどうであれ、

“種の保存”は動物の本能だ、衝突は避けられない……人類のテクノロジーの進歩は目覚ましい、俺が夜警にいた10年前と今とでも、状況はかなり変わった……、例えば、捕獲した“吸血鬼”の細胞を使って、奴らあれこれ実験していたとしてもおかしくはない。……カラスを自在に操る能力者が、夜警に居たりしてな……なんて、勝手な妄想だといいがな……」


柊の言葉を受けて、

ラミアは目を閉じた。


「本当だ、カラスの眼が奪われてる」


ラミアの言葉を聞いたドムが、急ぎ外へ駆け出した。


(ひいらぎ)さん、確か、さっきもう1人居たよな」

とドムが、柊を振り返った。


「倉木……」

柊は、一目散に外へ駆け出した。

店に入る前とは打って変わって、

ゴールデン街に人通り全くはなくなり、街中が水を打ったようにシーンと静まり返っていた。


「みんな、逃げろ!」


柊は振り返り叫んだ。

しかしその声は通りにもこだましていた。


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