scene 4-1 監視者たち(1)
“夜警”とは、公安警察同様、警察庁警備局を頂点とする警備警察の一部である。
しかし、その歴史は公安の母体となったいわゆる“特高”(特別高等警察)より長いと言われている。
平安時代から江戸末期にかけて京都に実在していた朝廷の機関“陰陽寮”の流れを組むとも言い伝えられ、全国的に百鬼夜行が横行するたびに派遣された陰陽師たち、またそれを警護した京都所司代や幕府番方、特に先手組に属した旗本以上の武士たち、諸々、
その末裔たちによって構成されていると言われている。
明治期から昭和の戦前までは、宮内省に属し天皇の諮問機関である枢密院の管理下に置かれた。
戦後GHQにより一時解体されたが、
再び百鬼夜行が絡む事件が頻発するうち、警察内外の実力者によって自然発生的に召集された。
前述の警察庁警備局の下部組織という説明には矛盾するかも知れないが、
警察内部でも公式文書に“夜警”の名前が登場することは一切ない。
どの庁舎にも正式な部局が存在するわけではない。
しかしその影響力は公安調査庁を擁する内閣府にまで及ぶ、
ただの組合と言えば組合であり、秘密結社とも言えるかもしれない。
ただ唯一確かなことは………
「……この世に、人非る者がいて、それを監視するための組織が、どこの国にもあるってことだ……世界の均衡を保つために」
と柊は話を結んだ。
「は、はは、凄い」
倉木は、身体中の震えが止まらなかった。
「もう二度と、聞くな……」
柊は、缶コーヒーを飲み干して立ち上がった。
「じゃ、じゃあ、そのラミアってのも、人に非る者ってことなんすか?」
倉木は、辺りを気にしながら、柊の耳元でそう尋ねた。
「……自分で考えろ」
柊俊郎は、ふと腕時計を見た。
“午後4時25分”
新宿花園神社前、ゴールデン街の人通りはまだ疎らだった。
路傍に聳え立つ電柱の、柱上トランスの上のカラスが仲間を呼ぶように鳴いていた。
未だ暮れることを知らない空に黒点のようにカラスの姿が連なる。
倉木は、頻りにカラスを見上げる柊を頻りに見た。
「柊さん、どうしました」
「いいや、別に」
柊と倉木は、ゴールデン街の中深くへと入り込んで行った。
《Regina Albină》
ネオン管がまだ灯っていないのを確認して、柊は地下へと降りて行った。
「レジーナ・アルビーナ……ルーマニア語で《女王蜂》か……」
と倉木が呟いた。
柊は、突き当たりの“防火扉”をノックした。
まもなく扉が開き、
「まだ、開店前だ」
と言うドスの効いた声とともにスキンヘッドのドムが顔を出した。
「ラミアに用がある」
と柊。
「じょ、お嬢は……てか、誰だお前、」
言うが早いか、ドムは大きな手で柊の首根っこをひっ捕まえて、店の中へと引きずり込んだ。
“バタン”と閉まった防火扉の前で、
倉木はしばらく呆然と立ち尽くしていた。