scene 10 エウリュメドン
「夏菜子ちゃん、起きて──」
機鋼巨神コットスはシャンバラの姿が消えてこっち、外界に漂う唯ならぬ気配に慄いていた。
彼ら機鋼巨神は搭乗者との魂の融合を図れなければ、フルパワーで戦う事ができない。
そんな中、シャンバラがいつ何処から仕掛けて来てもおかしくない状況であった。
当の夏菜子はコットスのコックピット内で、モフモフのムートンの上に横たわったまま眠っているように全く動かない。
「ああ、どうしよう」
と言いつつコットスはとりあえず、夏菜子の魂に宿る風特性を借りて、王宮前の広場で燻る炎を吹き消していた。
結界が解けた王宮上空では、雲の向こうから巡洋戦艦キリシマの艦影が、多くの戦闘機や空母を引き連れて現れた。
王宮内からは数百名に及ぶ、女性たちが互いに支え合いながら現れた。
イリオーン軍の女性士官に救出された囚われの女性たちだ。
中には、マキシマス大佐に肩を貸すエマや、すこぶるエロい格好をさせられたイリオーン王国に王妃ヘレナの姿も有った。
三体の機鋼巨神は手分けして、こちらへ向かって来る巡洋戦艦キリシマへ向けて女性たちを転送し始めた。
「女性たちを収容し終わったら、全艦、すぐここを離れるんだ」
アーガイオンの中から晴が叫んだ。
濃い緑色の空に、不吉を知らせる黒い狼煙が上がったのは、その直後のことだった。
艦隊護衛の戦闘機が数機、急にコントロールを失ったように弧を描き、互いにぶつかり空中で爆発した。
アーガイオンは即座に、キリシマ率いる艦隊の護衛のため上昇したが、姿なき何者かに叩き落とされた。
「俺は既に神だ」
そんな声と共に姿を現したのは、身長5〜600mはくだらない巨大なギガンティスだった。
砂漠に仰向けになったアーガイオンは、抵抗する余地もなくその巨大な足に易々と蹴りとばされ、数㎞先の砂丘の中へ突っ込んで行った。
「どうだ、絶対的な力を目の当たりにした気分は、汝らが忘れていた恐怖を思い出させてくれよう、」
シャンバラの声が、まるで雷鳴のように砂漠中に轟いた。
ギューエス、コットスがその高層マンションの廃墟のような足へ無数の誘導弾を撃ち込んだが、厚い煙が上がるだけでまったく歯が立たない。
「クッソ、なんか手はないか、アーガイオン」コックピット内で晴が声を荒げた。
「──三体の機鋼巨神が合体すれば、しかし、我々が出来るのはそこまでだ」
とアーガイオン。
「シャンバラの能力は巨神によるものではない、ハル、決して“カタチ”に囚われてはならない、お前の中に内包したお前自身の力を発揮しなければ、奴に打ち勝つ事は出来ない」
晴は、モニターの向こうの黒く巨大な怪物を見つめた。
その、多くの装置や管や、鉄板やそれを繋ぎ止める鋲や、何やら光っているランプや……、ともすればスクラップの固まりにも見える巨大な腕は、空を覆い隠すように軽々と伸びて、逃げる艦隊を掌握しようと言う勢いだった
「おい、アーガイオン、俺の脳波が読めんだろ、ちょっと曲流してくれよ──」
晴は目を閉じて、唐突に言った。
「何を──」
とアーガイオン。
「レイジ、……いや、オーディオスレイヴ、“Be Yourself ” あたり」
「──見つけた」とアーガイオン。
「そいつを紅林と夏菜子にもシェアして」
まもなく、紅林の居るギューエスのコックピットにその曲が大音量で流れ出した。
「なんだよ」
と紅林。
夏菜子もコットスのコックピットで、大音量のなか目を覚ました。
「クレ、夏菜子、合体すんぞ、ほんで、シャンバラを、ぶっ倒す」
そんな晴の声を聴いた夏菜子は、目の前の状況を見て直ぐに起き上がると、ギャル仕様のハンドルを握った。
「合体たってどうすんだよ」
と紅林。
「そこらへんは巨神が適当にやってくれる、俺らはパワーを解放する事に集中するんだ 」
そんな晴の声のバックでオーディオスレイヴの演奏が流れ続けていた。
「この曲、趣味じゃないけど、なんとなく了解」
と夏菜子。
三体の機鋼巨神は空中の一点を目指して飛び上がった。
「ゴッ◯マーズ!」
と晴が訳の分からないことを叫ぶと、
黄金の光に包まれた三体の機鋼巨神は一旦バラバラに分解され、再構築され、まったく違う外見の巨神へと変貌を遂げた。
シャンバラの巨神は、全身至る所からはみ出した何やら不気味な管からピンク色の蒸気を上げた。まるでそれは興奮しているようにも見えた。
「おお、伝説の《ゴッド・アーガイオン》か、こちらは相変わらずギガンティスの王エウリューメドンだが、それで充分だ、私は完璧なのだからな」
そう言うシャンバラのエウリューメドンの顔面へ《ゴッド・アーガイオン》は駆けつけ一発、強烈な拳を食らわせた。
エウリューメドンは少しフラついたが、まったく応えていない様子で、直ぐ態勢を立て直し、右手に東京タワーぐらいの大きさの劔を出現させた。
「デカけりゃ良いってもんじゃねーぜ、オッサン」
オーディオスレイヴの曲がちょうどサビに入り、晴のテンションは最高潮に達した。
説明はつかないが、まったく根拠のない自信が身体中にみなぎって来たのだった。
「誰がオッサンじゃ、まだ1万年も生きてねーわ!」
そう怒り狂ったシャンバラのエウリュメドンは《ゴッド・アーガイオン》目掛けて、巨大な劔を振り下ろした。
《ゴッド・アーガイオン》はひょいとその劔に飛び乗るとタタタッとエウリュメドンの腕を駆け上がり、肩で踏み切って飛び上がると頭へ取り憑いた。
「クレ、行け」
と言う晴の掛け声で、紅林がパワーを解放すると、
エウリュメドンの頭が一気に赫く発光し、あっと言う間に砕け散った。
ぽっかりと穴の開いたその首元に、
《ゴッド・アーガイオン》は、すかさず両手をかざし掌からエネルギー弾を連射した。
エウリュメドンは、まもなく両肩の周りから火を噴いたが、それでも飛び上がろうとするゴッド・アーガイオンの足首を掴み、その身体ごと地面に叩き落し、その上へとのしかかった。
「夏菜子なんか、やれ」
晴は、のしかかるエウリュメドンの身体を押し上げながら叫んだ。
紅林は掌に熱を集中させるが、
エウリュメドンは学習し、その力を吸収し始めている。
夏菜子は、多少の不安に駆られながら目を閉じた。
「コトちゃん、私の魂に何が見える?」
「そうだな、風の精霊シルフィってとこかな」
コットスはこの状況下で割と冷静に答えた。
「そっか、サンキュ、」
まもなく、エウリュメドンの周囲に複数の竜巻が上がった。
それらは砂を巻き上げて巨大な龍のように暴れながら、エウリュメドンを跳ね除けた。
尚も執拗に押し寄せる竜巻の中で、エウリュメドンの体は四つに分裂した。
竜巻をやり過ごすと、分裂した各部はそれぞれぞれ四分の一サイズの体となり、立ち上がったばかりの《ゴッド・アーガイオン》へフォーメーションを組んで襲いかかって来た。
「これぞ神の力だ」
とシャンバラの声が、晴の頭に響いた。
「神だの何だの、うるせぇよ───ってか俺の曾祖父さんゼウス だかんな」
と叫ぶ晴の掌に小さな雷が光った。
まもなく《ゴッド・アーガイオン》の両手から多量な稲妻が発せられた。
4体のエウリュメドンはそれらを巧く避けて飛び上がると、また1個体へ合体した。
《ゴッド・アーガイオン》
稲妻を発し続ける両掌を、まるで祈るように合わせて、乱れ飛ぶ稲妻の中から劔を創造した。
「曾祖父ちゃんに代わって、落っことしてやるよ《神の雷》って、ヤツ」
晴は既に指先から流れ出す夥しい量の電流を制御できなくなりつつあった。