scene 5 機鋼巨神 アーガイオン
「ヘカトンケイレスは、このいちばん大きい《アーガイオン》、2番目に大きい《ギューエス》、いちばん小さいのが《コットス》、この三体からなる、結局、彼らは《ギガントマキア》には参加しなかったが、彼らのゼウスへの忠誠心は揺るぎないものじゃった、その意を示すため彼ら黙してゼウスに封印されたのじゃと聞く、さぞかし無念じゃったじゃろうて、ヘカトンケイルとは《百本の腕》と言う意味じゃ、《百手五十頭》の巨人と言われておる」
ユタは、まじまじと巨神像を見つめながら言った。
「《百手五十頭》って、普通の人型しているけどね──」と夏菜子はキョロキョロと辺りを見渡した。
「──三体目の《コットス》がいない」
「《百手五十頭》とは、百本の腕があるように強く、五十個の頭があるように賢いと言う意味じゃ」
ユタの説明をあまり聴かず、夏菜子は《コットス》を見つけ出した。
《コットス》像はいちばん奥で床へ座りこみ頬杖をついていた。
坐像なので高さは5m程の高さしかない。立ち上がったとしても15mほどであろう。
「ああ、コイツ可愛い、頬杖ついてイジケ虫じゃん、私コイツにする──」
夏菜子は飛び上がってコットス像の頭を撫でた。
「──コットスちゃん、元気出しなさいよ」
「“コイツにする”って夏菜子、1人一体貰えるわけじゃないんだぜ」
紅林が笑ってそれを見ていると、
突然コットスの目が輝きだした。
「うわ、光った」
と夏菜子。
その声を聞きつけて晴が、上から戻って来た。
「夏菜子、そいつから離れろ」
と叫ぶ晴。
「え、何?」
と困惑する夏菜子の身体をまるでスキャンでもするように、赤い光は何度か空中を往復した。
「夏菜子、」
と叫ぶ紅林の目の前で、
赤い光に包まれた夏菜子の体は、その光りが消えると共に消えた。
「どう言う事だハル、夏菜子はどこに行った」
取り乱す紅林を、ユタが優しく諭した。
「まあ、落ち着くのじゃイフリート、夏菜子の命の輝きは失われてはおらぬ、目に頼るな、しっかりと心で存在を感じるのじゃ──」
ユタの言葉を受けて、紅林は目を閉じた。
「大丈夫だよ、クレ、コットスが“他のヘカトンケイルにも魂を融合させてくれ”って言ってる」
夏菜子の思念が、紅林の頭の中に響いた。
「ハル、いまの聞こえたか?」
と紅林は、宙に浮いたままの晴を見た。
「ああ、俺はアーガイオンと融合する」
晴は早速アーガイオンの頭を撫でに昇って行った。
「じゃあ、俺はギューエスか、ギュエス……なんか、名前がダサいんだよな」
紅林はブツブツ文句を言いながら、飛び上がってギューエスの頭へと近づいた。
他の巨神とちがって、ギューエスの頭にだけ立派な角が生えていた。
「牛かよ」と紅林は顔を歪ませながらも、その頭を撫でて、
「ギューエス」とその名を呼んだ。
すると間も無く、ギューエスの目が赤く輝き始めた。
一方、ユタが地上で見守る中、コットス像の全身がみるみるうちに金属化していった。
「こ、これは《機鋼巨神》、まさか、動くと言うのか──」
ユタがそう口走ると、全身ブルーメタリック色に変わったコットスがゆっくりと立ち上がった。
「ちょっと二人共、モタモタすんなって、うちの“コットスちゃん”がもうシャンバラの座標を割り出しちゃってるよ」
夏菜子の思念が、晴と紅林へ飛んだ。
「こっちは、もうOK」
紅林がそう答えると、ギューエスの身体もガンメタリック色に金属化した。
「あと、ハルだけだよ、どうよ?」
夏菜子の声に晴は答えない。
アーガイオンの身体は未だ石像のままだった。
アーガイオンの体内へと入った晴は、
暗闇の中にふわりと浮かんでいた。
「我が名はアーガイオン──」
彼の目の前に男性の幽体が浮かび上がった。
「──そなたの魂は実に複雑怪奇、ライストリューゴン王としての魂、エルキュールとしての魂、そなたの中の魂がまだ融合しておらぬ──」
「俺は俺だ、巽晴だ」
「それには、同意しかねる」
「面倒くせー奴だな、俺が、俺だって言ってんのに同意できねぇって、どう言う事だよ」
「そなたが、そなた自身の運命に同意しておらからだ」
「訳がわからねぇ事言いやがって、俺の運命ってなんだよ」
「火防紋の死、ラミアの死、母の死、そなたは気づいておるはずだ夥しい数の屍を乗り越えて、生きてゆく覚悟、それが神族としてのそなたの運命……そして、父アンティパテースを自らの手で葬ること───」
アーガイオンの声はそこで止んだ。
次の瞬間、晴はアーガイオン像の前でうずくまっていた。
「──クソッ、クソッ」
埃にまみれた床へ拳を打ちつける晴の目からボロボロと涙が零れた。
「俺が選んだんじゃない、こんな運命、誰ひとり救えないなんて……」
「ハル、どうした、なんで追い出されてんの?」
夏菜子の声が飛んで来た。
「畜生、」
床へ伏して立ち上がれない晴に、ユタが歩み寄った。
「──救世主よ、《真の救い》とは生によるものだけとは限らない、死を受け入れて尚、人は誰かを愛し続ける、今も誰かが、そなたを愛しているとは感じぬのか?」
ユタの言葉に、晴は顔を上げた。
「───ハル、」
ふと、紋の声が聞こえた。
「───どこに居ても私はハルと一緒にいるからね」
晴は、アーガイオンを見上げて立ち上がった。
「モン、あの時は言えなかったけど、俺だってずっとお前と一緒にいる、みんな俺の中にいる、俺の中にも宇宙があるから──」
そして再び、アーガイオンの瞳は輝き始めた。