scene 2 境内
新宿。
小高いビルとビルとの狭間に鎮座する花園神社の社殿の前で、手を合わせる柊俊郎の姿があった。
踵を返し境内の階段を一段一段ゆっくりと降りる彼のもとに、部下の倉木が駆け寄って来た。
「自分なりに調べてみたっす、八王子の、道了堂跡の遺体の事っすけど、」
倉木はポケットから缶コーヒー取り出して柊に手渡した。
「ふん」
柊は気のない返事で、缶コーヒーを受け取ると階段の隅っこに座り込んでしまった。
「あの……」
倉木は、構わず話し続けた。
「人間のDNAって言うのはそもそも、日光を浴びると傷つくって知ってます?」
「知ってる、ニュークレオタイドの話か」と柊。
倉木は興奮気味に、柊の肩へ寄りかかった。
「そ、そうっす、その、ヌ、ヌクレオチドが変異してって話です、日本人はそのヌクレオチドが何らかの原因で修復されない、いわゆる色素性乾皮症を発症する率が高いって話なんすけど、でも太陽に当たって皮膚ガンになるならまだしも、あの(被)害者みたいに全身が灰になるなんて、相当何かが欠乏してるって事ですよね、それで他の遺伝性疾患についても調べてみたんですけどね……、ある日本人が書いた医学論文に特異9番染色体症候群ていう聞き慣れない症例を発見しまして……、色素劣性遺伝に関して、9番染色体は関係あるんで、気になって更に調べたら、急に情報がブロックされて“欠番”扱いになってるってんです、医大の教授にも確認したんですけど、“そんな症例は聞いたことがない”って……」
二人は、鳥居の天辺にとまったカラスが、カァカァ鳴いているのを揃って眺めた。
「それで、その特異染色体論文の出所は……」と柊は、カラスを見ながらポツリと言った。
「かなり古い日付だったと思うんすけど、一瞬で画面消えちゃったんで……
でも確か、火防なんとか、火防って名字は変わってたんで覚えてます」
倉木はクイクイ首を傾げながら、
更に続けた。
「俺、さっき、実は課長室の前で、あのお客さんと、柊さんが言い合いしてんの少し聞いちゃって……」
その時、鳥居にとまっていたカラスが、何処へともなく飛び去って行った。
「何か気になることでもあった……」
柊はチラリと倉木の顔を見た。
「すみません、」
倉木は神妙な顔で何度も頭を下げると、
「“夜警”ってなんすか、“欠番”ってなんすか、あと……、“ラミア”って、なんなんすか?」矢継ぎ早に尋ねた。
「お前な、大体全部聞いてんな……ちょっと、腕出してみい」
柊はそう言って、倉木の腕をとり彼のYシャツの袖を捲ると、手首から15cm程度の地点に3回“シッペ”を施した。
「痛っ……、」
倉木は声をつまらせた。
「俺の“シッペ”は全警察でいちばん痛いって伝説あんだよ」
柊は、そう呟いて、ニヤリと笑った。
倉木は、素早く腕をさすりながら缶を当てて冷やした。
「命が惜しかったら、このまま帰れ、
死んでも知りたかったら、この後俺に付き合え、……お前が選べ」
そう言って、倉木を見つめた柊の眼には、いつもの人を食ったような笑みが微塵もなかった。
まもなくして、花園神社の石段に腰掛けた二人の目の前を、
シルバーのロールスロイスが、横切って行った。