scene 1.5 トンネル
シルバーのロールスロイスが、山手通り地下の中央環状線を走っている間、
火防紋はずっと同じ話を繰り返していた。
「……だから複雑なんだよね、お父さんのお婆ちゃんの弟の孫の……」
「そこは、お父さんの母方のはとこで、ショートカットできるぜ」
隣で黙って聞いていた巽晴だったが、5度目で堪らず口を挟んだ。
紋は一瞬固まってから、顔をしかめた。
「ハト……うちの親戚に鳩子なんて居ないよ」
「だから、“はとこ”だって、祖父母の兄弟の孫、従兄弟同士の子供同士」
そう晴が口を出す度に紋はフリーズし、リカバリーよろしく、話を最初からやり直した。
「だってお父さんから辿らないと、わかんなくなるもん、いい……お父さんの、お婆ちゃんの、弟の孫の……なんだっけ、」
紋の白い小さな手は、それからも空中を謎り続けていた。
晴は車窓の外に目をやった。
中央環状線のトンネル内を照らすオレンジ色ライトが一定のリズムを刻みながら流れて行く、
《このトンネルは、別の世界へと続いているのではなかろうか》
物心ついた頃から母子家庭で、
母が医者をやっているお陰で、あまり遠くへドライブに連れて行ってもらった記憶もなかった晴にとっては新鮮な光景で、多少胸が踊った。
その時、
運転手が「なんだ、あれ……」
と不意に声を荒げた。
晴も前方に目をやると、
どこから入り込んだのか、大きな黒い犬が道路の真ん中を走ってこちらへ向かって来ていた。
運転手は犬が近づいて来ると、ハザードランプを点けてスピードを緩めた。
そして後続車を気にしながら大きくハンドル右へ切り上手い具合に犬を交わした。
すれ違いざま、晴はその黒い犬と目があった。
犬は、その赤い瞳で、まるで人間のように、しっかりと晴の顔を睨みつけながら、通り過ぎて行った。
「お父さんの、お婆ちゃんの……」
と夢中で繰り返す紋の身体が、ふわりと浮き上がって、晴の膝の上に雪崩落ちて来た。
「お嬢様、申し訳ありません」
と運転手の声が運転席から聞こえた。
紋は、晴の膝の上に横たわったまま、「大丈夫」と答えて、そのまま動かなかった。
「おい、どっかぶつけたのか」
と晴が紋の肩を揺すると、彼女は何も答えず肩を掴むその手にそっと触れた。