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アザーサイド: OTHERSIDE  作者: 杉山 皐鵡
第1章 監視者たち
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scene 1 モン


東京目黒区にある()(りつ)(げん)()(だい)(がく)()(ぞく)(じょう)(なん)高等学校は、都内ではサッカーの強豪校として知られていた。

“元大城南”または、単に“城南”と言えば、

「ああ、あのサッカーの強い高校」と皆が口を揃えて言う。

その一方で、

昨年の卒業生のうち東大合格者数が60名、京大が28名、その名を冠する元治大学を含め、卒業生のほぼ全員が有名大学へ進学する名うての進学校でもある。


(たつみ)(はる)は、この高校の三年生で、サッカー部のエースフォワードであった。

先日のインターハイ東京都大会での活躍は目覚ましく決勝戦でも、彼が決勝ゴールを決め全国大会への切符を手にしたと、言っても過言ではない。


「ハル、どうした」


(はる)が、朝から浮かない顔をしていることに真っ先に気づいたのは、同じクラスの女子だった。

そんな中で彼のただならぬオーラを物ともせずに話しかけられたのは、たったの一人だけだ。

彼女の愛称モンちゃん。

本名は()(ぼう)(あや)だった。


晴は授業中も終始うわの空で、窓から見えるグラウンドの端っこをぼーっと眺めていた。

元々友達と群れるタイプじゃないが、

その日に限っては、誰に何を言われても「あー」とか「うん」ばかりで、

ろくすっぽ口を聞こうとしなかった。


(あや)は、巨大な製薬会社の社長令嬢でありながら、そうとは感じさせないくらい気さくな人柄で、誰とでもすぐに仲良くなれるのが取り柄だった。

ただ少々話が長かったり、空気が読めなかったりするので、陰では彼女が苦手という人も少なからずいた。


晴は、と言えば……

「ハルったら、聞こえてんの、見えてんの、お腹すいたの?」

とすぐ近づいてくる紋を、ほとんどの場合視界にすら入れなかった。


この日は、

まるで磁石のS極かN極同士のように、

紋は晴に近づくことすら叶わなかった。

紋が鶏でも捕らえるが如く晴の死角から抜き足差し足と音もなく近づこうものなら、その気配を察知した晴はプイっと教室から出て行ってしまう始末だった。


紋が所属しているチアリーディング部の部長原田夏菜子がその様子を見かねて、

紋の襟をひっ捕まえて、女子グループの輪の中へ引きづり込んだ。

「モン、今日はハルのこと放っておきな」


「なんで?」

紋はキョトンとして、女子たちの神妙な顔をキョロキョロ見回した。

「今朝、朝練の後、ハル、監督から戦力外通告受けたの……」

夏菜子は目を伏せた。

「なにそれ……」その言葉は、紋の頭の中で上手く漢字に変換されなかった。


「せん……りょく……がい……って?」


「“なにそれ”って、そこ?」

夏菜子は呆れた。

「だから、監督から今後は試合に出さないって言われたの」

他の女子が翻訳した。


「嘘、なにそれ……、理解できない、だってハルめっちゃゴール決めたじゃん、アレじゃん、……“ハンパないって”じゃん、」

紋は目に涙を浮かべて夏菜子に掴みかかった。

「そのくだり、私らもさっき散々やったから……」

と夏菜子。


紋は夏菜子の制止を振り切って、狂ったように泣きながら教室を飛び出して行った。


一方、外は抜けるような青空。

ハルは中庭のベンチで寝そべっていた。

暖かな日差しを浴び、緩やかな風を感じながら、心の平静を取り戻そうとするうち、いつのまにか寝息をたてて熟睡してしまっていた。

そんな彼の顔の上に、ぽたぽたと水滴が当たった。

晴が「雨か」と思い、薄目を開けた。

すると視界いっぱいに逆さまの(あや)の上半身が覆い被さっているのが見えた。


紋の輝く瞳から溢れ出す大粒の涙が、次々と晴の顔めがけて落ちて来た。

それはまるで降り始めの霧雨のように鼻先を僅かに濡らした。


晴は眠ったふりをして、紋の泣きっ面を

しばらく眺めていた。

普段は妙に馴れ馴れしくて、うるさくて、離れなきゃどうにもならない奴だが、子供みたいに小さな顔を皺くちゃにして泣いているのを見ていると、妙に愛おしさが込み上げてくる。


「ヒトの顔に鼻水垂らすな、」

晴は心の中の色々な感情を抑えこんで、迷惑そうな顔で起き上がった。

ベンチに座り直すと、

「うう……、ごめん」

と紋が当たり前のように彼の隣に座った。

そしてハンカチを指し出し、尚もグズグズ泣き続けていた。

「自分で使えよ」

と晴は顔を袖で軽く拭ってから、紋の手を押し戻した。


「叱られたのか……」

と晴がボソっと聞くと、紋はクルンと丸まった前髪を激しく揺らして首を横に振った。


「せ、線路……」

と紋、

「線路?」

晴が語尾をしゃくり上げると、

「ハル、線路外にされたんでしょ」

と紋は声を詰まらせた。


「戦力外な、脱線はしてねぇわ」

晴は堪らずニヤりと笑った。


「ダッセン?」

と紋が食いついて来ると、晴はやはり面倒くさくなって、その説明を省いた。


「……それで何でお前が泣くんだよ」


「だって悔しいじゃん、ハル、ハンパないのに、なんで……監督バカ?」


「いや、監督は正しいんだと思う」

晴はベンチに背凭れて、天を仰いだ。


「はっ、意味わかんない」

紋は、晴の横顔を見た。


「俺は、他のメンバーに合わせらんない、いままでは周りの連中が俺に合わせてプレーしてくれてたんだ、3年は殆ど受験メインで、司令塔の紅林も引退してボランチに2年が入ってるしな、俺みたいなフォワードは逆にチームのバランスを崩しちまう……」


晴は、晴れやか顔で紋を見た。

紋は一向に承服できない様子で首を傾げた。


「意味わかんない……ボランチとか、」


「え、“意味わかんない”って、そこ?」


晴はいつもながら面倒くさい奴と思いながらも、ついつい紋の泣き腫らした瞼の奥に輝く、澄んだ薄茶色の瞳を見つめてしまうのだった。


放課後、晴はサッカー部の部室には行かず。

そのまま帰路についた。

幸い母の澪は夜勤で家に居ない。

明朝は例によってゾンビ状態だろうし、

引退の話を根掘り葉掘り聞かれるのは、だいぶ後になりそうだ。


校門を出て、駅へと向かう道すがら、

シルバーのロールスロイスが少し先で、晴の行く手を阻むように歩道へ乗り上げて止まった。


運転手が降りて来て、後部のドアを開けると中から、紋がちょこんと顔を出した。

「ハル、ちょっと付き合ってよ」


晴は、そのとき思い出した。

()(ぼう)(あや)が有名なカボウ製薬の社長令嬢だと言うことを。



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