scene 3 “夜警”
警視庁へ戻った柊俊郎に係長が声を掛けて来た。
「課長がお呼びだ、“お客さん”が来てるらしい」
オフィスから廊下へ出た柊に、今度は若手刑事の倉木が近寄って来た。
柊は倉木をあからさまに無視して課長室へ急いだ。
「なんで逃げんすか、柊さん」
倉木は唇を尖らせた。
「急いでっから……」
柊がそう言うのも聞かず、倉木は矢継ぎ早に質問を投げかけた。
「ヒトひとり殺されたのに、なんであんな早々に帳場(捜査本部)畳むんすか?」
「“ヒト”?」
柊は鼻で笑った。
「公安が出て来て事件(資料)全部持ってかれて、俺、納得出来ないっすよ……、班長なんとか言って下さいよ」
柊は、そんな倉木の甲高い声に耳を塞ぎ、堪らず立ち止まった。
「うるせーよ、おめぇは記者か」
「だって、何にも知らされないんすよ、何にもすよ」
「知りたきゃてめぇで調べろ、おめぇは刑事だろ、朝んなってあの遺体はどうなった……」
柊の叱咤(しったに、倉木が言葉を失った。
「ハイ、は、灰…に…、」
倉木はボソボソ言いながら、迷子のように廊下を右往左往、やがて方向を見失った。
そしてすぐに「ダメだ」と天井を仰ぎ見た。
柊が課長室のドアを2回ノックすると、
「柊さん、早く入って」
捜査一課長が自らドアを開け、柊を迎え入れた。
既に室内の応接ソファには、見慣れない男がひとり座っていた。
「公安部の佐藤です」
と名乗った男は、立ち上がって柊に握手を求めた。
「柊さんのお噂は、予々」
と佐藤は続けた。
「俺は、アンタ知らないけど」
と柊は嫌味に笑って見せて、握手を拒んだ。
「へへへ」と笑う佐藤の顔を眺めながら、その向かい側のソファに深々と腰掛けた柊は、
「須賀だろ、その笑い方、顔変えたのか」
と言い放った。
「いや、柊様には敵わんすね」
と佐藤はまたひどく笑った。
捜査一課長は、とっくに姿を眩ませていて、室内には柊とその佐藤と名乗る須賀の2人きりになっていた。
「先ずは“鬼火”の件、ご報告有難うございます」
と深々と頭を下げた須賀の顔から笑顔が消えた。
「そんな、おべんちゃらいいからよ……
何の用なんだよ」
柊は不機嫌そうにタバコを咥えた。
「今回の件は……というか、今回の件もラミアの仕業であることは明白でして……、“夜警”としてはラミアを排除する方向で……」
と須賀が言いかけると、
柊は咥えていたタバコを吹き飛ばした。
「何で、そうなるんだよ、お前ら……」
「だから……」
「ラミアは人じゃなく欠番を食ってる今回だって“鬼火”が出た、夜警にとっちゃ都合がいいじゃねぇか……欠番を一匹でも減らしたいんだろ」
「だから、そこです、柊さん聞いて下さい、ラミアがいくら欠番を襲っていても、奴ら減ってないんですよ、むしろラミア一派に敵対する連中が増えてる」
須賀は、床に落ちたタバコを拾いあげ、柊との間を隔てるテーブルの上へ置いた。
「あん?」
柊はソファに片足あげたまま固まった。
「ラミアとコンタクトとってもらえませんか?」
と須賀、柊は石のように固まって動かない。
「奴が、どんなに強大な力を持っていようが薬を飲まない欠番である以上、太陽の下へ引きずり出せば、我々にだって勝機はある、これ以上この国で騒ぎを起こさせる訳にはいかない」
須賀は血走った目で、柊を見つめた。
「俺も、昔はそんな目をしてたのかな……」
柊は、テーブルの上のタバコを取って、再び咥えた。
「お願いします」
須賀は、立ち上がって頭を下げた。
「俺はもう、夜警を辞めた身だ、巻き込むなよ」
柊は、どこか悲痛な表情を浮かべ、タバコに火をつけた。
「じゃあ戻って下さい、夜警内部でも強硬派の声が日増しに大きくなってる、このままヴァチカンも介入する事態にもなれば、奴らと全面戦争に……」
須賀は俯いたまま、小声で言った。
「若さに託けて、滅多なこと言うもんじゃねぇよ、安心しろそうはならねぇ」
柊は鋭い眼光のままで、煙を吐き捨ててニヤリと笑って見せた。