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アザーサイド: OTHERSIDE  作者: 杉山 皐鵡
第3章 我等はそれを革命と呼ぶ 
23/107

scene 8 雨が止むとき

不思議と痛みが薄れて行く。

晴の身体中に広がる見るも無残な傷の数々は、既に所々が塞がり、急速に癒え始めていた。

正気を取り戻した山田ミサは大量の血を吐いて、咳き込みながら泣き叫んでいた。


「ごめんなさい、ごめんなさい」


「ほら、見てごらん(たつみ)くん、こんなに弱い者が、勝ち残れるのかね元来修羅のこの世界で、我々が力を与えてやらねば、吸血鬼は人間に虐げられても抗うことも出来ないのさ」

田沢は苛立ちながら、腕を捉えた晴の手ふり解いた。

「抗う必要なんかない」

晴は田沢を睨みつけた。


「抗わなきゃ……だから“歴史をもっと学べ”って言ってんだよ、君も私の授業なんてまるで聴いてないだろう、人間はいつの時代も排他的なんだ、異教徒や異民族を直ぐに見下して虐げるんだ、虐げられた者は抗い自由を勝ち取って来た、もっとちゃんと歴史を感じろ、こんな仮初めの平和のために犠牲になった多く人々の痛みを」

田沢は、自らの胸を打ち鳴らし、大きな身振り手振りで弁舌した。


「道具にした彼女の痛みをアンタは感じてんのか、ただ個人的な恨みを大義にすり替えてるだけだろうが」


晴は素早く田沢の腹部へ一発拳を捻込んだ。その体はまるで爆風を受けた布の切れ端のように飛ばされて、数メートル先の大木の枝に引っかかって静止した。



「何が悪い、」

と言って田沢は、割れてしまったメガネを左手で投げ捨てた。

「結果良ければ全て許されるってのが大人の理屈なんだよ……バカなガキめ、全く不愉快な奴だね巽晴……」

田沢は、木の上で気が狂ったように笑っていた。そして右手に握り締めていた注射器の針を自分の首へ刺した。


「俺だって覚醒すれば、君ぐらいの能力は……」それだけ言って、田沢は木に引っかかったまま気絶した。


田沢が動かなくなったのを見て、

晴は、紋のもとへ駆け寄った。


「大丈夫だ、まだ生きてる」

晴は力一杯、紋の体を抱きしめた。

「痛い……」

紋が薄目を開けて呟いた。

「ああ、ごめん、」

晴の目から涙が溢れた。

「ハル、大丈夫、血出てる」


「ああ、こんなのツバつけときゃ治る、それより、ありがとうモン、助けに来てくれて」


紋は静かに微笑んでまた目を閉じた。


「モン?」

晴の手から伝わる紋の鼓動が、だんだんと弱くなっていた。


晴は再び紋を抱きしめた。

“モン、死ぬな”


「ルールルルル、お嬢様、」

繁田が、キツネを呼ぶような声を挙げながら茂みの中から顔を現した。


「繁田さんこっち」

と手を挙げて呼んだ晴の姿を見て、繁田は目を剥いた。


全身血みどろの男が、泥にまみれたもんを抱き上げている。

わりとゾンビ映画好きの繁田は、“こんなワンシーン何かの映画であった”と思ったが、俄かには思い出せなかった。

とは言え、これは現実の光景だ。


「おい、お嬢様から、手を離せ」

繁田は傘の先端を晴の目前へ突き立てて、さっき転んで打った足を引きずりながら、ゆっくりと紋へ近寄った。


「お嬢様、」

繁田の声に、紋は反応を示さない。


「心音が微弱だ、繁田さんすぐモンを病院へ、」

と言う晴の声を遮って、繁田は叫んだ。

「分かってる、お嬢様のことは私が一番分かっています、お小さい頃からずっとお世話させて頂いております、」

繁田は、晴へ傘を向けたまま、紋の体を抱き上げると、一目散に逃げ去った。


晴はふらふらと立ち上がって、血に染まった地表を見下ろした。


ふと、山田ミサの方を向くと、彼女を取り囲むように背広姿の男が二人立っていた。


男の1人が、腰から銃を引き抜いて、

山田ミサの額へ銃口を当てていた。


「や、やめろー」

晴は叫んびながらその男の背中へ飛びかかった。

しかし、目に見えない透明な壁に弾き飛ばされて男へ近づくことすら叶わなかった。

まもなく仙川の川沿いに銃声が鳴り響いた。

男は山田ミサの心臓辺りにもう一発銃弾を撃ち込んでから、地面へ力なく屈み込む晴の方へと歩いて来た。

見上げた晴の目に映ったその顔は、(ひいらぎ)俊郎だった。


「何も殺さなくたって……」

と言って歯をくしばる晴に、柊は冷たい視線を送った。


「一度、血の味を知った“獣”は、いつかまた人を襲う」


そして、柊は晴の眼前にも銃口を差し向けた。


「お前はどっちだ、こっち側か、向こう側か?」



晴はただ黙って、柊を睨みつけていた。


その最中、柊の背後で倉木が狼狽えたように叫んだ。


「ひ、ひ、(ひい)さん、ありゃ何ですか」


柊は、倉木が指差す方をちらりと見た。

「ああ、ありゃあ、化け物だな」

柊はそう冷静に言って、晴の腕を取りその体を引き抜い起こした。


「坊主、戦うんなら、ちゃんと敵へトドメを刺せ」

柊は、晴の狼狽えた目を見据えて、その血に染まった頬を拳で殴りつけた。



倉木が見つめる視線の先で、田沢の身体が肥大化し続けていた。

骨の砕ける音とともに肉が皮膚を突き破り、触手ののように伸びて地面を探っているようだった。


そしてまたもう一本の触手が生えて、田沢の顔は後片もなく肉塊の中へ埋もれた。

「どうなってんすか、」

倉木は震えながら後退りした。

それに対して柊は実に冷静に解説した。

「つまりだな、吸血鬼遺伝子の数に対して活性剤の用量が多過ぎた訳だな、《薬》ってのは度を越えると《毒》になる、田沢の遺伝子は薄かったらしい……」


そう言っている間にも、田沢の体から肥大化した怪物の触手は一本また一本と数を増し、さながら戦車の如く草木をなぎ倒しながら、こちらへ向かって来た。

倉木は早々に前線を離脱した。


柊は、しっかと地面に踏ん張って、

大相撲の力士のように怪物相手に掌を向けて構えた。

「いいか坊主、俺が結界で奴を食い止める、その間に奴の図体を《業火》で焼きつくせ、肉塊には脂が多く含まれてるからよく燃える」


「《業火》ったってやったことない」

晴は飛び上がって、拳を振りかぶった。


「素手でやり合ったって、あの肉ん中へ呑み込まれて潰されるだけだ、俺の結界は精々もって3秒、その間にお前が奴の動きを止められなきゃ、俺は呑まれて死ぬ、なんとしてでもやれ」


そう叫んでから、急に静かになった柊は目を閉じてゴモゴモと口の中で(まじない)を唱え始めた。

「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前……艮坤を封じ、元柱固具、八隅八気、五陽五神、陽動二衝厳神、是へ奉ずるものなり………」

すると柊の掌が青白く輝き初め、大きな光の輪の中に、六芒星が浮かび上がった。


肉塊戦車の歩みが止まった、

柊が囲い込みに成功したのだ。


宙に浮いてまま、苦悶の表情を浮かべた晴は、敵へ手をかざして

「《業火》」と叫んだが何も起こらない。

「バカ野郎、何やってんだ、頑張れ」

下から柊の檄が飛んで来た。


「じゃあ、(きゅう)(きゅう)(にょ)(りつ)(りょう)と言って、火防紋のことを考えろ、火防……」


そう言っている間に、柊の結界は消え、

彼の体は肉塊の中へ呑み込まれて行った。


「刑事さん、」と、空中で落胆する晴に、

更に檄が飛んで来た。


「柊警部補のご意志を無駄にするな」

と泣きながら吠えたのは、倉木だった。

「君しかいない、君がやるしかない」


晴は、黙って頷いて深呼吸すると、

目を閉じて紋の顔を思い出した。


「我、汝に告ぐ、急急如律令、冥界へ立ち去れ《業火》」


次の瞬間、

肉塊の戦車は青白い鬼火に包まれた。

その炎は豪雨に打たれても消えることはなく、怪物の体を焼き尽くすまで燃え続けた。


地上へと降り立った晴のもとへ倉木は銃を向けて、じわじわと近づいた。

「手を挙げろ」

と言った彼の後頭部を、叩く者があった。

「お前バカか、」

倉木の背後には、柊が笑顔で立っていた。


「生きてたんですか、死んだかと思った」

倉木は、思わず柊へ抱きついた。

「あれしきで死なねーよ……キモい、そして臭い、マジ離れろ」


独りもの思いに耽る晴は、

山田ミサの亡骸と、田沢の掛けていたメガネを見つめて、無心に手を合わせた。


「もうすぐここへ《夜警》が現場検証に来る」

柊は、晴の肩をポンと叩いた。


「《夜警》?」

晴は首を傾げた。


「平たく言うと、いまは吸血鬼専門の殺し屋集団」柊は、ニヤリと笑いながら、晴の頭を撫でた。

「巽晴くん、君のことは個人的に良く知ってる、君のお母さんと言った方が正しいか……だから逃げなさい」

さっきと打って変って、柊の目には優しい光が宿っていた。


晴は、倉木の方をちらりと見て頭を下げた。

倉木は“お前のことなど知らん”と言う風に目を背けた。


晴はもう一度、2人の刑事へ一礼して、

ふわりと宙へ浮いて直ぐに猛スピードで夜空の彼方へと消えて行った。


「はー羨ましい」

と倉木は、惚れ惚れとその光景を見つめていた。

まもなく、《夜警》の黒い車が現場へと到着した。

夜警付きの科学調査官たちが、探知機を持ち出して土壌調査を開始するのを、

倉木と柊は、現場の隅で借りてきた猫のようにすました顔で眺めていた。


倉木がふと空を見上げて指差した。

「ああ、明星か……」

それを見た柊が退屈そうに言った。


いつの間にか雨は止んでいた。





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