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アザーサイド: OTHERSIDE  作者: 杉山 皐鵡
第3章 我等はそれを革命と呼ぶ 
22/107

scene 7 咒


繁田の運転するフィアット500(チンクエチェント)が相当な遠回りをして仙川沿いの道へ出たのは繁田の腕時計にして午後7時を回った頃だった。


「お嬢様、また見失っちゃいましたよ、もう雨も酷いし帰りましょうか」


繁田は運転席から手を伸ばし、

後部座席で相変わらず気持ち良さそうに眠る()(ぼう)(あや)の腰あたりを揺すった。


その時、紋が眠ったまま握りしめていた繁田の()()()()がバイブレーションと激しいライトの点滅で、着信を告げた。

繁田は間違いなく、毎度お馴染み紋のお母上からのお叱りのお電話に間違えないと察し、携帯のバイブと連動するように震えた。


一瞬、電話を取るのを躊躇した繁田に代わって、ムクっと起き上がった紋が、目を閉じたまま応答した。


「はい、はい、私です、はいちょっと待って」

紋は一度電話を耳から離して、目を見開いて、面倒くさそうに繁田の方を見た。

「繁さんって、ずっと起きてた?」


「起きてましたよ、そりゃ……、」

まだ何か言いたげな繁田の声を遮って、紋はまた質問した。

「ここは何処?」


「仙川です、どなたからですか?」

と言う繁田の質問には答えず紋は、また電話を耳に当てた。


「仙川だそうです、割りと橋の近くです、はい、はーい」

と言って紋は電話を切った。


「お嬢様、どなたからでした?」

と執拗に質問を繰り返す繁田の顔を見つめ、紋は少し涙目になって言った。

「繁田さん、いまアタシ怖い夢見たの、ハルが……殺されちゃう」


「あのお嬢様、怖い夢をごらんなった割には、ぐっすり寝てらして、寝覚めもよろしかったようにお見受けしましたよ」


「どうしよう、ハルが死んじゃう、ハルが死んじゃう」

紋は目から大粒の涙を流して、大声で泣きだしてしまった。


「わかりました、お嬢様、この繁田にお任せください、そのハルさんの夢が正夢でないことを証明してご覧に入れましょう」


「どうやって?」

紋はやっと繁田の言葉に反応を示した。


「まず、夢の中でご覧になった場所まで、行ってみましょう、ハルさんは何処で殺されそうになってました?」


「この近く」


繁田は、紋のお母上に叱られる恐怖を忘れて、ゆっくりフィアットを進め始めた。

10mちょっと進んだところで、紋が叫んだ。

「ここ、繁さん止めて」


繁田が路肩へ車を止めると、

紋は素早く助手席を前へ倒して、繁田の制止も聞かずに外へ飛び出して行ってしまった。


繁田は、傘を持ってそのあとを急いで追いかけた。

紋について行きしな繁田は傘をさしたが、数秒で頭以外全部がずぶ濡れになった。


「お嬢様、待って」

水たまりになった道の窪みに足を取られ繁田は哀れ転んでしまった。


土砂降りの中走る紋は、道から一段低くなった場所に、夢で見た草むらを見つけた。


手前に田沢が悠然と立っていて、

その奥に血みどろになった晴が倒れていた。

血染みだらけの聖華女子高校の服を着た女子生徒が晴の上へ馬乗りになって、彼の体から溢れ出る鮮血を一心不乱に舐めていた。


「山田ミサ、汝に告ぐ……、晴から離れよ、冥、冥界へと立ち去れ」

紋は泣きながら、吸血鬼の山田ミサの方へ手をかざし叫んだ。


「はい?」

紋に気がついた田沢がこちらへ近づいて来た。

「君もE組の生徒だね、ここで何してんの、こんな所にいたら、危ないよ」


紋は、田沢のそんな声には耳を貸さず、もう一度最初から言い直した。

「山田ミサ、汝に告ぐ、巽晴から離れ、

冥界へと立ち去れ、」


「何をやってるんだって、聞いてるんだよ、“力”も無いくせに悪魔祓いのまねごとかい、お嬢ちゃん」

田沢は、紋の腕を掴んだ。


紋は目を閉じ(まじない)を唱えた。


「六根清浄、急急如律令」


次の瞬間、田沢の体が吹き飛ばされ、

増水した仙川の中へと消えた。


紋は、次に山田ミサのもとへと歩み寄った。

「悔い改めよ」


山田ミサは、血の涙を流し、赤黒く濁れた眼で紋を見上げた。


「助けて、私を殺して」


そう懇願する山田ミサへ向けて

紋は今一度、手をかざし、咒を唱え始めた。

「六根清浄……」


その刹那、紋の体は弾き飛ばされてしまった。


「同じ手は二度と食わんよお嬢ちゃん」

全身泥だらけになって仙川から戻って来た田沢が笑いながら紋を見つめていた。

紋は地面に、うつ伏せになって気を失ったまま動かない。


「おい、山田、新しい“餌”だ、あっちも食っておけ」

田沢は、薬液を充填しておいた注射器をポケットから取り出して、山田あやへ近づけた。


山田ミサは、必死で首を横に振った。

「もういや、こんなの嫌だ……いっそ殺して」



「何言ってるんだよ、私は、君のせいで教授になり損ねたんだよ、私みたいな、

“未発症児”が大学の助教授になるのにどれだけ苦労したか知ってんのか、三年前お前に全て台無しにされたんだ、私たちの時代は子供を持つことさえ許されなかった、私は去勢されたんだ、教授になることにどれだけ賭けていたかお前に分かるか……これは正当な償いの儀式だ」


そう言って、田沢は震える山田ミサの腕を取り注射針を近づけた。


そんな田沢の腕を、晴の手が掴んだ。


「うるせぇんだよアンタ、いちいち長ぇんだよ話が」


晴はすっくと立ち上がり、

田沢の身体を投げ飛ばした。

そして、彼は伏したまま動かない紋をちらりと見て呟いた。

「やっと殺意が湧いてきたわ」


巽晴は牙を見せてニヤリと笑った。




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