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アザーサイド: OTHERSIDE  作者: 杉山 皐鵡
序章 鬼火
2/107

scene 2 ハル




窓を()め切っていても、鳥のさえずりが聞こえる。

中でもスズメの“朝礼(ちょうれい)”は、()(ごた)えがある。

いつも決まった木に集まって、群れの全羽が枝枝にとまると、まずは全員揃(そろ)っているか点呼(てんこ)をとるのだ。

それはそれは(にぎ)やかなもので、

リーダーの一羽が「チュン」と鳴くと

別の誰か一羽が「チュン」と答える。

それが羽数分、(きわ)めて迅速(じんそく)に行われる、点呼と伝令(でんれい)()ねられているのか、

その朝礼が終わると、すぐスズメ達は一斉(いっせい)に木から飛び立つ。

其々(それぞれ)の持ち場で(えさ)採取(さいしゅ)を開始するのだ。

まるで人間の会社組織のようにシステマティックに事が運んでゆく。

先のリーダーなのか、見張りが一羽だけ、木の上で辺りを見張り、カラスなど外敵が接近しようものなら、まるでサイレンのように鳴き声を変えて、けたたましく鳴きわめく。

すると群れの面々は一斉に元いた木に舞い戻り身を隠す、危険(きけん)が過ぎ去ると、

リーダーの号令でまた作業が開始されると言う具合だ。

離れ過ぎた仲間に対しては、無事を確認するためなのか、リーダーは例の点呼よろしく返事があるまで何度でも鳴き続ける。


聴いている人間によっては、まるで楽しく歌っているだけのように聞こえるかもしれない、

しかし当のスズメたちにとっては(きび)しい自然を生き抜くために培った知恵(ちえ)とでも言おうか、毎度命がけでさえずっているのだ。


窓のこちら側、ベッドに横たわる(たつみ)(はる)の耳には、

そんなスズメたちの声が、まるで人の言葉のように聞こえていた。

「危ない、ちょっと待て……よし、行け」

リーダーの声は、一際大きい。

遮光度(しゃこうど)の低いクリーム色のカーテンから、溢れ落ちるように射し込む光が、

(はる)の目覚めを促した。


彼の長く適度(てきど)に太い腕は虚空(こくう)()き、いっぱいに広がったしなやか指は、まるで発光しているように輝いていた。


その手は、ベッド際のスマートフォンを探して空中でくるりと回転して、そこいら中を荒らして回った。

(はる)は薄目を開けて、待ち受け画面を逆さに見て時計を確認した。

そして直ぐに、何の躊躇(ちゅうちょ)もなくベッドからムクッと起き出して、その足でキッチンへと向かった。


(はる)は、誰もいないキッチンで(おもむろ)に調理を開始した。


まな板の上で、味噌汁に入れるネギを軽快(けいかい)(きざ)んでいると、

その素早い包丁の音に釣られるように、

リビング横の和室の(ふすま)がスッと開いた。


「ごめん、ハル、私がやるから……」


母親の(みお)が、ゾンビのようにリビングの床を這って来て、(はる)の足首をその冷たい手で握った。


「ひっ、危ねぇだろ、包丁持ってんだよ……もう、(朝食)作り終わるし」


「ごめんてハル、あたし夕べ病院から呼び出しくらってさ」

澪は、ボサボサの長い髪を振り乱し、某ホラー映画の貞子さながら、(ハル)の足元へ追いすがった。


「わかったから、それヤメろって……とっとと顔洗って来い、メシ出来たぞ」

(はる)は、素早い足払いで澪の手を振りほどきながら、料理の載った皿をリビングのサイドテーブルへと運んだ。


少々顔に血の()の戻った澪はソファに腰掛けると、朝食を目の前にして、

「ありがたや、ありがたや……」

と手を合わせて、しばらく拝んでいた。


「いいから、拝んでねぇで、さっさと食えよ……今日は日勤なんだろう」

(はる)は面倒くさそうに顔をしかめてから、白飯の上の目玉焼きを半分だけのっけて一気に掻き込んだ。


「夜勤に代わってもらった、でも通しの医師()が居るから早めに行かなきゃだよね」

澪はぶつぶつ言いながら、まだ眠たそうに目を瞬かせながら味噌汁を一口(ひとくち)(すす)った。


「なんだよ、じゃ俺が先に出んじゃんかよ……」と晴は、壁の掛け時計を見て、

すぐさま立ち上がった。

「こっち時間ギリギリなんだからさ、そう言うの先に言ってくれっかな〜」


「ごめんよ〜ハル、でもアタシだって急患(きゅうかん)あって(つか)れてんよ〜、朝練(あされん)たってあれでしょ、サッカーだってもう引退でしょ、あんたインターハイ終わったら辞めるって……、まさか全国行くつもりなの?」


澪の言葉に、晴はまた顔をしかめた。

「せっかく優勝(ゆうしょう)したし、終わったら()める」

と捨て台詞を残して、彼は一旦自分の部屋へと消えた。

澪は廊下へ出て、晴の部屋の前でドア越しに声を荒げた。

「アンタ、受験は……、もう8月だよ」


「分かってるって、大学受かりゃ文句ねぇんだろ、サッカー勝って、受験も一発で決めてやるよ」

部屋の中から晴の声が聞こえた。


そこまで言い切られては、澪はもう何も言えなかった。

「あっそ、」


学生服姿で、玄関を出て行こうとする

晴の大きな背中を、澪はぼんやりと眺めていた。


「じゃあ、行って来ます」


「うん、行ってらっしゃい」


晴の背中がドアの向こうに消えて直ぐに、澪は急に何かを思い出して、寝間着(ねまき)姿のまま外へ飛び出した。


「ちょ、ちょっとハル、待ちなさい」

澪のただならぬ形相(ぎょうそう)に、

祐天寺駅通りを駅へと急ぐ人々が皆振り返った。


晴の足は早く、すでに大通りを少し行った先の交差点で、信号待ちの人混みに紛れていた。

高校三年生にして180cmの図体は、そんな中でも頭ひとつ飛び出ていて、見つけ出すのは容易なことだった。

澪は、必死でその人混みを掻き分けて、一心に晴の腕を掴んだ。


「なんだよ、んな格好で、」

晴は迷惑そうに澪を睨みつけた。

「く、薬……まだ、飲んでないでしょ」

澪は半ば咳き込みながら、晴の腰にしがみついた。

「そんなんで、いちいち追っかけて来んなよ、死ぬ訳じゃなし……」

晴は鼻で笑い飛ばしたが、

澪はにこりともせずに、息子の目をジッと見つめた。


「約束でしょ、アタシが見てる目の前で飲むって、1日1回でいいんだから」


澪は、晴の腰を固く抱きしめたまま動かなかった。


「わーったよ」

晴は肩からリュックを下ろし、中からプラスチック製の小さなケースを取り出した。

「ほら、これだろ……」

彼はそう言いながらケースの中から錠剤をひと粒取り出して、口の中に入れた。


「口開けて」


澪は、晴があんぐり開けた口の中を隅々まで入念に調べた。


「ヨシ、いいよ」

澪は、晴の肩をポンと叩いて、やっと安心したように笑った。


「勘弁してよ……ったく」


「気ぃつけてね、」

と手を振る澪に、

「そっちこそ」と、晴は返した。


自分の裸足を見つめて、澪は“何だへっちゃら”と思ったが、数歩歩いてから、

寝間着の下に下着を付けていなかった事に気づき顔を赤らめながら家路を急いだ。




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