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アザーサイド: OTHERSIDE  作者: 杉山 皐鵡
第3章 我等はそれを革命と呼ぶ 
19/107

scene 4 未発症児


()(ぼう)(あや)とその専属運転手の(しげ)()は、車をロールス・ロイスからフィアット500(チンクエチェント)へ乗り換えはしたものの、(たつみ)(はる)の行方すら見失い、いまだ東北沢周辺に居た。


「お嬢様、今日はあまり天気もよろしくないようで、もう暗くなって参りました、そろそろ……」

と繁田が腕時計を見た。


「何時?」後部席で紋が繁田の動きを目ざとく監視していた。


「午後5時を回ったところでございます」

と繁田はもどかしそうに、ハンドルに置いた手をバタつかせた。

「奥様のお車まで持って来させてしまって、後で叱られても知りませんよ、もう帰りましょう」


「大丈夫、叱られるのは繁さんだから」

紋は、爪を見ながらサラッと言ってのけた。


繁田と紋は、晴を探して東北沢を車で巡っているうちに、とある駐車場で田沢のものと思しき黒のセダン車を発見した。

とりあえずフィアットを同じ駐車場へ入れて、田沢が現れるのを待ってみることにした。


「なぜハルさんが、その田沢先生を追いかけているのか、お嬢様はご存知無いんですよね、それなのにここまで付き合う必要はないんじゃないんですかね?」

と繁田は至極もっともな事を言って、

また紋を不快にさせた。


「あのハルが、凄い恐い顔で“追いかけろ”って言ったのよ、なんかあるに決まってんじゃん、犯罪の臭いがプンプンするわ」


「……お嬢様は先程“楽しそうだから追いかけろ”って仰ったんですよ、犯罪がどうこうなんて話は一言も仰っておりませんでした、だいたい犯罪に絡む事でしたら、お嬢様を巻き込む訳には参りません、即刻帰りましょう」

繁田は早口で捲くし立てた。


「やだ、それより繁さん、ちゃんとあの車見張ってて」


「なんで、私が……」


繁田は、改めて田沢のらしき車を繁々と見つめた。

すると、その車の側に突然 人影が現れた。


「誰か車のところに居ます、お嬢様伏せて、伏せて……」


繁田は、「やーん」と嫌がる紋の頭を必死で押さえて下げさせた。

「誰かと一緒です、あれは女子高生か?」

と繁田も伏せながら、注意深くセダン車の方を見て囁いた。

そして、懐から名刺を取り出して、

自分の携帯電話と一緒に紋へ手渡した。


「なに、これ」

と紋が名刺を見て、眉をひそめた。


「刑事さんです、昨日の……と言ってもお嬢様は寝てらして覚えていらっしゃらないでしょう……いいからそこへ電話して私の言う通りに言って下さい」


「え、」

紋は、やりにくそうに名刺の連絡先へ電話をかけた。


「田沢先生の車が動くんで、後を追いかけますね」

と言って、繁田は取り急ぎフィアットのエンジンを始動させた。


「ああ、警察ですか、(ふゆ)さん、お願いします」

電話が繋がったようで、紋はあっけらかんと刑事の名前を間違え、電話口の相手から切られそうになっていた。


(ひいらぎ)(ひいらぎ)

と繁田が運転席から叫んで、言い直しを要求した。


「あ、(ひいらぎ)(ひいらぎ)さん、お願いします」

紋は電話を耳に当てたまま、きちんと座わり直した。


「お嬢様、早く、柊さん、お電話出られましたか?」

繁田は、田沢のセダン車を見失うまいと、必死でハンドルをサバきながら、素早く車線変更を繰り返していた。


「只今呼び出しておりますので、少々お待ちくださいませ」

紋は、至って冷静に電話口で応対してくれた相手に言われた通りに答えた。





警視庁では、捜査一課9係捜査主任の柊が、係長の橘を交えて、

ある殺人事件に関連した案件で打ち合わせを行なっていた。


「柊さん、2番にお電話です、緊急だそうです」

奥から一課詰めの職員の声が飛んで来た。

「緊急、何だろう」

柊は受話器を取った。

「はい柊です、はい、なんですか?」

電話の声がよく聞き取れない。


「田ざ、あ、田沢が、……あなたはどなたですか?」

柊は、わりと冷たく言い放った。


「子供のイタズラ……」と、

周りで見守る捜査官たちの顔には、嘲笑が溢れた。

「ああ、()(ぼう)(あや)さんね昨日はどうも、はい分かります、はい、田沢という教師が、女子高生を連れ去った、女子高生は意識が……混濁、女子高生と話をしましたか、してないのね、じゃあ、見間違えとか、その田沢先生の生徒ではないんですか?」


柊は、右手にペンを持ち、周りの捜査官に何か紙を要求した。


「その女子高生が聖華女子の制服を着てたのね……うん」

机の上へコピー用紙が置かれ、

柊はコピー用紙上に事の概要をメモし始めた。


「田沢先生は、城南高校の世界史の先生なのね……、だから生徒じゃない、間違いないね、わかった」


柊はそこで、受話器の口を手で塞ぎ、

「警察データベースで調べて、城南の田沢って教師、一応、公安にも問い合わせて、」

と小声で指示を出した。

「早くしろよ」

と言う興奮気味の柊の一声で、

一気に緊張が走った。

周囲の捜査官からは笑顔が消え、会議室の中は俄かに慌ただしくなった。


(あや)ちゃん、今どこに居る、甲州街道、甲州街道のどこ?」


柊は、紋からの答えに耳を疑った。


「現在、運転手が、田沢の車を追跡中?」


周囲から、ため息が漏れた。


「紋ちゃん、危険な事しないでね、」


柊は受話器を持つのと逆の手で、

倉木へメモを手渡した。

するとそのメモを基に、会議室に用意されたホワイトボードへ捜査官たちが手分けして、次々と概要の詳細を書き出した。


「紋ちゃん、そのまま電話切らないでね」

柊は、受話器を耳に当てたまま、捜査官たちの報告を聞いた。


「まず、教師の《田沢純希》元の元治大学助教授ですが、3年前に痴漢騒動に巻き込まれて助教授を退いてます」

倉木がホワイトボードを指しながら、説明した。


「聖華女子の女子高生の方は?」

と柊。


「多分、《山田ミサ》ですね、新宿を中心に活動していた詐欺グループと関係あります、電車内で一般男性に痴漢の濡れ衣を着せて“ユスる”って手口で3年前に補導歴があります、保護観察が解けたばかりです、自宅へ問い合わせましたが、まだ帰っていないそうです」

と別の捜査官が報告した。


「じゃあ、田沢は被害者か」

柊は、そう言って鼻の頭を掻いた。


「おそらく、田沢は実際に痴漢していますね、当時の山田の証言によると、田沢に限っては“痴漢を目撃”してユスったと、」


「やっぱ、“ユスった”のか……」

と柊は少し笑った。


「そして、《山田ミサ》が関係していた組織の黒幕と言うのが《蒼龍会》です、我々が追ってる事件の被害者の武井が過去に所属していた」


ホワイトボードの前に集結した捜査官たちは、皆一様に柊を見つめた。


「ビンゴ、繋がったな」

と笑う柊のもとに、席を外していた橘係長が戻って来た。


「公安へ問い合わせたら《夜警》から、返答が有った、田沢は《欠番》として登録されているそうだ、登録番号が66698-K10004だから、大文字の《K》は未発症児の中でも《危険》、発症率が高いってこったろ?」


橘は、そう言って柊の顔をまじまじと見つめた。


「追跡中の彼女は大丈夫ですか?」

と倉木が不安気に尋ねた。


(あや)ちゃん、田沢に近づかないで、って切れてる」

柊は落胆したように受話器を机上へ投げつけた。


「急がないと、その()も危ない」


そう言って倉木は橘係長へ手で《ピストル》のジェスチャーをして見せた。

橘は無言でうなずいた。


「田沢純希を殺人と青少年略取の容疑で指名手配」

と橘は職員たちへも指示を出した。


「倉木は俺と来い、あとエルシステムで田沢の登録車を追跡」

言うが早いか、柊は走って会議室を出て行った。


「もう、やってます」

奥の職員が答えたが、その声は柊の耳には届かなかった。






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