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アザーサイド: OTHERSIDE  作者: 杉山 皐鵡
第2章 血の記憶
13/107

scene 3 熱帯夜



新宿ゴールデン街の少し外れに位置する

人気韓国料理店。

そこの名物女将のパクさんが、

突然、包丁片手に店から勢いよく駆け出して来たものだから、近辺を警護していた警察関係者は騒然となった。


「アンタがた、いつまでこんなコトしてる」

ギャーギャー叫びながら包丁を振り回すパクさんに翻弄され、

派出所勤務の地域課巡査たちは右往左往するばかりだった。


表向き「麻薬密輸組織の摘発」と銘打った、欠番(吸血鬼)掃討作戦は開始から既に3時間が経過し、長期戦の様相を呈していた。


その間にパクさんは、ついに堪忍袋の緒が切れて、店の前に無断で停まったままの黒塗りのワンボックス車のリアゲートを、力いっぱい叩いていた。


「おい、コラ、早くクルマ動かせ、ここ停めたら邪魔」


パクさんは誰か降りて来ようものなら、

間違いなく斬りつける勢いだ。


「これは警察の車両で、現在、公務執行中でして、何卒穏便に……」

制服の巡査がそう説明すると、


「ワタシ、公務執行妨害言うか、公務執行妨害言うなら……、アンタら営業妨害よ、ワタシの店の前、勝手に、占拠して、今日一日分の売り上げ、どうする、誰が補償するよ」


いよいよパクさんの頭に血がのぼってしまった。

「韓国人と思ってバカにして」

パクさんが包丁をワンボックス車に向けてぶん投げて、腕を組んで路上へ座り込んでしまった。

すると、それまで物陰で見ていたゴールデン街商店会の面々が、大挙して表へ飛び出して来た。


「こら警察、パクさんに手を出してら、タダじゃおかねーぞ」


1人が口を開くと、また1人、


「お前ら一体何やってんだよ、隠しても俺ら知ってんだ、何がシャブだ、玲さんの店にガサ入れただろう、何もしてねーのに」


「あの、それはですね……」


狼狽する警官たちのもとに、茹で卵や蒸し器、泡立て器等々が色々な物が投げつけられた。



「玲さんは俺らの仲間なんだよ、ふざけんな、ゴールデン街ナメんじゃねーぞ」


怒れるゴールデン街商店会の面々に、常連客、そこらへんの通行人まで巻き込んで、路上は忽ち人でごった返した。


「なんだか、外が騒がしいですね」

警察隊指揮車の車内で、久坂がメガネをたくし上げると、俄かに車が揺れ始め、

久坂のメガネは再びズレた。


車の外では、

「ワッショイ、ワッショイ」と掛け声が響き出し、まもなくゴールデン街に集結した人々の手によって、指揮車はあえなく横転させられた。


新宿一丁目“ゴールデン街”の奥深く、

《Regina Albină》のあった一画は規制線が張られていた。

警察の避難勧告にも関わらず、規制線沿いでは、数百人にも及ぶ人集りが沿道を埋め尽くしていた。

同じビルで古書店を営む白髭の老人が、

その最前列で状況を伺っていた。


「日野くん、無能な上司を持つと大変だね」

老人は、近所の派出所の巡査を見つけて気安く声を掛けた。

「ジョンさん、ご迷惑お掛けしてすみません」

日野巡査は恐縮しながら謙虚に頭を下げた。


「玲ちゃんは、これしきの事じゃビクともせんよ、大勢の若者を犬死にさせてまで、まるでやる価値もない事だ、まったくこの国は戦時中と何も変わらんな……」


そう言いながら、ジョン老人は、先ほど古書店の店先で晴から見せられた指輪の事を思い出していた。


「“ラモス王の指輪”か……あの少年も中に居るのか……」



旧《Regina Albină》内部では、

晴の頭を掴んだまま、

MA-1を脱ぎ捨てた坊主頭の男が、

「冥土の土産じゃ、聞け」

と言って雄弁に何やら語り始めていた。


「ワシは昔、キックボクシングの日本チャンピオンやったんや、《カミソリ・キック》の(かに)(はら)言うてな、引退してからもしばらくテレビとか出とったんやで、兄ちゃん若いから知らんやろけど、そのうちどっからも呼ばれんようなって、いつの間に昔馴染みのヤクザんとこで下働らきや、結局なんやかんやで3人殺した、警察捕まって裁判で死刑判決、3日前に執行されて、目ぇ覚ましたら今度は、講習やら何やら、“お国のために働け”やて、アホらし、笑いぐさやろ」


MA-1の蟹原はキャッキャと腹を抱えて笑った。

「でもな、ワシ後悔してへんねん、殺した3人もクソやったけど……倫理とか抜きにしたらな、ワシは必死で生きた、アリトキリギリスも言うてたやろ、

“人間は目標を追い求める動物や、

目標へ到達しようと、努力することのみによって、人生に意味がある”ってな、ワシの人生はエキサイティングやった、ものごっつぃ意味があった、」


「アリストテレス……」


と晴は、震える声で言った。


「何やて」と蟹原。


「アリストテレス……」


「ああアリトテレ……、せやった」


蟹原は冷めた目で、なんの躊躇もなく晴の体をぶん投げて、カミソリキックをお見舞いした。

カミソリで斬られたように、晴の胸元が斬り裂かれ大量の血が噴き出した。


「賢いくせして何の目標も持たんと死ぬんか、高校生、意味ないで」


闇の中で崩れ落ちた若者の影を見つめて、蟹原は勝ち誇っように嘲り笑った。


一方、

ドロドロのキモスギに伸し掛られた玲は、手足を溶かされながら、その様子を見つめて溜息を吐いた。


「潮時か……」


時刻は午後7時を過ぎていた。

屋外は既に日が落ちていた。


「ほんま、張り合いないから帰ろっかな」


蟹原がプイッと踵を返すと、


「待てやこら、オッサン」


背後から声が聞こえてた。


「誰がオッサンや、まだ40歳やぞ」


そう叫びながら、蟹原が声のしたほうへ向き直ると、視線の先に血みどろの晴が、瓦礫を踏みしめてすっくと立ち上がっていた。


「何やお前、オバケか」


と言った刹那、晴の姿は蟹原の視界から消えた。

次の瞬間、晴は蟹原の鼻先に拳を突き立てていた。


蟹原はすんでのところでそれを交わしたが、その風圧だけで右半分顔の骨が砕け、崩れかけの壁を突き破り(おく)(がい)まで吹き飛ばされていった。


晴は薄明り射す屋外まですっ飛んで、まだ地面へ着地する前の蟹原の体を天高く蹴り上げた。


「お前が言ったのはアリストテレスだし、カミソリパンチは蟹じゃなくて海老だ、海老原だろうが、お前はちょっとずつ人生を間違えてんだよ、テレビ出てた時もスカしやがって、クソつまんねーから干されたんだクソったれ」


宙へ浮いたままの晴は叫びながら、落下して来た蟹原の体を受け止めて、今度はビルの2階部分の壁へと叩きつけた。


蟹原の体また鉄筋コンクリートの壁を突き抜け、2階屋内へ入ったが、2階と1階の床は既に落盤しており、そのまま元居た地下階の瓦礫の上へすり鉢状に落ちていった。



頭から地上へ打ち付けられた蟹原の頭はカチ割れドクドクと黒い血が流れ出ていた。

彼は薄れゆく意識の中で、ふとキモスギの方へ目をやった。


既にキモスギの体は破裂し、バラバラの肉片となってそこら中に飛び散っていた。


「外側はヌメヌメでも、中身はただの肉と骨だからね、体内の熱量を少し上げてやったのよ、(わらわ)の敵ではないわ」

と五体満足になった玲が、無言の蟹原の顔を覗き込んだ。


ドムも何事もなかったように戻って来て、涼しい顔で玲の背後に立っていた。


正気を失った晴が、トドメを刺すために、爪を鋭く尖らせて、ミサイルの如く蟹原の心臓めがけて突っ込んで来たが、

「もういい」

と咎めた玲のひと蹴りで、ほぼ直角に飛ばされ、彼は瓦礫の中へと姿を消した。


「お嬢、蟹原を助けるんで?」

ドムが晴の方をまるで気にせずに、蟹原の体を抱きおこした。


「うん、なんかコイツ気に入った、死んだレオの代わりにどうかと思って……」


玲はそう言って、ふわりと宙へ浮き上がった。


「お嬢、ハルの野郎はどうします?」


そう言いながら、蟹原を背負ったドムも、玲の後を追って飛び上がった。


「放っておけ」


玲とドム、そして気絶した約1名は、倒壊しかけたビルの隙間を縫うように飛び回った後、星の輝く夜空の彼方へと消えて行った。



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