第九十五話:ライノスの胃痛
……スンスン、微かに甘いような鼻に抜ける匂いに目を覚ますと、麻のシャツにズボンを着ていた。
「寝ちゃってたか」
周囲を見ると、カーテンで区切られていて細々した剣だの鎧が置かれていたり、鉄製の盆があったりしている。
あー、多分救護室だろうか、ギルドのでかいテントにこんな場所があったような気がする。
身体を確認すると、問題なく動かせる。両腕には少し火傷の跡が残ってしまっているが、骨が折れ焼き爛れていた大怪我の跡にしては物足りないほどに綺麗に治っているといっていいだろう。
叶さんの回復術と多分フクちゃんの泡のおかげだなぁ。
ただ個人的には傷だらけの腕とかかっこいいと思います。
掛け布団代わりの薄いシーツをとって立ち上がると、グゥとお腹が鳴る。
「腹が……減った」
昔よく見ていた深夜ドラマのおっさんの台詞がでる。落ち着け、僕は腹が減っているだけなんだ。
とりあえず、誰か人がいる場所へ行こうとすると、カーテンがめくられファスが入って来た。
「ご主人様、起きられたんですか」
ファスはいつものローブ姿だった。もしかしたらローブの中は薄着なのかもしれないが。
「今起きたところ。あの後どうなったんだ。そしてここはどこだ?」
ボーッとしていたが徐々に頭が働いてきた。確か叶さんのことで勇者に大見得を切っちゃってたんだよな。その後トアに担がれていつの間にか寝ていたと……あれ? 僕普通に足手まといじゃね?
「騎士達がご主人様や叶を追ってきましたが、フクちゃんが森に張られていた魔王種のアラクネの巣を使い、妨害……といいますか壊滅一歩手前まで彼等を追い込み、私達は悠々と逃げ切ることができました。その後は森の外で、私達の様子を見に来た他の冒険者に拾われて臨時の拠点まで戻ってきました。ライノスさんに森でのことを簡単に説明し終わってご主人様の様子を見に来たところです。ここは奪還した砦の中にギルドのテントを張った臨時の救護場所ですね」
「なるほど、とりあえずお腹減ったよ。いい匂いするし」
「トアが砦にある食材でスープを作ってくれています。叶とフクちゃんも仕度しているので行きましょう」
ファスに連れられてテントからでると、開けた場所に出たが、ここも洞窟の中のようだ。
茶褐色の岩肌に刳り貫かれたようにたくさんの通路が開いている。
天井からは微かに緑がかかった光が降りてきている。ゲームとかであるヒカリゴケのようなものだろうか?風も感じるし空気がこもらないように工夫もされていそうだ。
確か砦って大岩を改造したものだっけか? 中はこんなになってんのか、元いた世界なら世界遺産とかになってそうだな。
なんか洞窟ってテンションあがるよね。
外では、大きな……なんていうんだろうなヘンゼルとグレーテルに出てくる魔女が使っていた大釜でトアが調理をしていた。他のも配膳の準備とかで何人かが忙しそうに動いている。あそこまで量があると、体力仕事だよなぁ。
「おっ、旦那様。起きたべか。もうちょい待つべ。」
鍋に汗が入らないように、気を配りながら懸命に大きな木の匙を回していくトア。
真剣な表情の彼女に対してただボーッとしているのもいかがなものだろうか、なんか手伝えることはないかなぁ。
そう思い、周りを見ると。冒険者達がぞろぞろと集まって来た。叶さんと人間の姿のフクちゃんもいる。
フクちゃんが一直線によってきて、抱き着いてくる。
白い髪の毛はいつものフクちゃんの感じがして、なんか落ち着く。
「マスターっ! だいじょぶ?」
「大丈夫だフクちゃん。そろそろご飯だってよ」
「真也君起きたんだね。よかった。今トアさんの手伝いをしてたの。すぐに、準備が整うと思うよ」
叶さんは、教会のローブを脱いで冒険者のような茶色をベースにしたダボっとした厚手の服を着ていて、その黒髪を帽子にしまうようにまとめていた。
叶さんと一緒に準備をしている冒険者達も声をかけてくれる。
「おーす、リトルオーガ。起きたか、お疲れだったな」
「お前が噂のデッドラインか、意外と細いんだな」
「……そこのちっちゃい子だれだ。ナデナデさせろルーキー」
なんかめっちゃ色々呼ばれてるんだけど、全部僕の呼称でいいんだよな?
あと最後の奴、フクちゃんに触ったら、ぶっ飛ばすぞ。
冒険者にわちゃわちゃされながら(ガンジさん達のパーティーもいた)空いているスペースを見つけたのでそこに移動する。
横倒しにされた丸太を椅子代わりに座ると、あっという間に机だとか食器が準備されて食事の準備が進められる。自分も手伝おうとするが、後ろから伸びてきた太い腕に無理やりに座らされた。
「おめぇは座ってろ。話すことが大量にあるんだ。まぁ飯の後になりそうだがな」
そう言って、僕を座らせたのはライノスさんだった。見るからに疲れているが、一仕事終えたような安堵の表情を浮かべている。
程なくして、トアのスープといつもの硬いパンに干し肉が配られた。
こういった場所では同じようなメニューになりがちだが、いつも調理担当(トアや料理が得意な他の冒険者達)による味付けの変化があるのでそれほど飽きたという感じはない。
そもそも、牢屋生活でずっと毒スープだったし。
今日のスープはかなり濃い黄色でペースト状の……多分豆かな、それが青のりのような緑の乾燥した香草と一緒に入っている。
微かに甘い匂いと芋のような土の匂い、そしてちょっと不思議な薄荷のような鼻に抜ける香りがする。
味が想像できないな。とりあえず一口食べてみる。
「ズズゥ……あー、美味い」
鼻に抜けるようだと感じたのはショウガだ。そんでめっちゃ香ばしい。多分ニンニクみたいなのも入ってる。
食いごたえ(飲みごたえ)がある濃い味付けで腹に入ると熱を持つような刺激がある。匂いから想像ができなかった辛みが後からきて食を進めてくる。
ペースト状の物体はやっぱり豆だ。かぼちゃのような味で甘味があり、それが香辛料のきいたスープと絡む。
「こ、これはとっても美味しいです」
「なんていうか、中東? の料理に近いかも。この地方の料理なのかな?」
「マスター、ボクにも―」
フクちゃん膝に乗ってアーンと口を開ける。冷ましてから口に入れる。
「まいうー」
「フクちゃん。ご主人様に食べさせてもらうのもよいですけど、せっかく人間の姿になれるのですから、自分で食べる練習もしましょう。ほらフクちゃんの分の器です」
「えー、マスターに食べさせてもらう」
「わ、私が食べさせてあげるよ! というか蜘蛛の姿になってくれたらもっと嬉しいんだけど!」
「……自分で食べる」
「なんでぇっ!」
別にフクちゃんに食べさせるのは苦じゃないけどな、でも見た目的には不味いかもしれん。
フクちゃんはしぶしぶ自分で匙をグーで持って、何とかスープを口に運んでいた。
お腹が減っていたこともあって、すぐにスープが無くなってしまった。無論パンと干し肉も完食している。
ファスとフクちゃんも全部食べ切ったので(叶さんは食べるのが遅く、ちびちびパンをちぎっていた)お替りを貰おうとすると、案の定鍋の前には行列ができていた。
トアは鍋の番を離れて、横の調理台でローストされた何かの肉を薄く切って、ソースをかけパンに詰めている。ケバブみたいなもんだろうか。
端からみても恐ろしい速さであり、5秒くらいで一個のケバブを作っていた。
そんなことをしながら、他にも数品の調理を続けている。
「ホイ、肉詰めできたべ、取りにくるだよ。スープのお替りは別の鍋で作るべ」
「トアさん。パンがもう無くなりそうだ!」
「肉はあるんだから、別のモン作るべ! 砦の食料で使えそうなの持ってくるだ!」
「トアちゃん。味みてくれない?」
「ホイよ。……塩と乾燥したクメルを足せばいいと思うだ。火は弱めだよ」
「トア、解体した肉置いとくぞ」
「助かるだよ!! 網を変えるべ!」
調理場は戦場というがまさにその通りだ。他の料理人たちに指示をだしながら自分の手は一秒たりとも止めていない。
キャベツみたいな葉物の野菜も一瞬で千切りにしたかと思えば、瓶に入っていた多分スパイスをお玉で分けて肉に振りかけている。
違う調理をそれぞれの工程で行うというマルチタスクを完璧にこなす彼女はさしずめ戦場の指揮官と言ったところか。その様子を一緒に見ていたファスとフクちゃんが真剣な表情で僕を見た。
「ご主人様……」
「マスター……」
言いたいことはわかっている。
「今トアが作ったパンの肉詰めが無くなる前に取りに行くぞ! 手段は問わん!」
「了解ですっ!」
「まかせろー」
そうして、数多の冒険者達と料理を取り合ったのだった。
途中スキルを使おうとするものまで現れ、場は混乱を極めたが、トアを始めとする料理番と「いい加減にしろ大馬鹿どもっ!!」と雷を落としたライノスさんのおかげで表面上は落ち着きを取り戻した。
飢えた冒険者達をさばき切ったトアが僕等の元へと戻ってくる。
「何やってんだ、旦那様」
「だって、肉詰めがもうないっていうから……」
「だからって横入りした冒険者の頭を掴んで投げるのはやりすぎだべ」
「ボクならコロしてた」
「私なら氷漬けです」
「頭が痛くなってきたべ……」
「だ、大丈夫トアさん?」
飯の為なら、何だってするのが僕達だからな。
ご飯も食べ終え、場が落ち着いたのを見計らったのかライノスさんが現れた。
「まったく、飯を食いながら話をするつもりだったんだが……お前等ときたら落ち着くってことをしらんのか」
片手に鉄製のスキットルを持ってライノスさんが座る。他の冒険者が装備を脱いでいるなかライノスさんは未だ鎧を着ていた。
「えーと、すみません。それで何の話でしたっけ?」
「色々だ馬鹿っ! 魔王種に勇者に目をつけられた所まで全部だ。ファスの嬢ちゃんからはさわりしか聞いてないからな。色々聞きたいことがあるんだよ。クイーン・アラクネとカルドウスを名乗るデーモンの魔王種についてだが、正直カルドウスについては話が荒唐無稽すぎる」
「騎士達が伝説のデーモンと言っていました。皆は知ってるのか?」
ファス、トア、フクちゃんは首を横に振ったが意外にも叶さんがチョンと片手を上げた。
「教会で見た資料にあったかな、何代も前の勇者が女神の加護を受けて討伐したっていう話だったような」
「その通りだ。教会の資料を読んでるとは珍しいな。お嬢ちゃんは坊主の知り合いか? 砦で坊主達と一緒にいて馬を用意したが、ギルドじゃあ見かけない顔だな……砦に常駐していた神官か? いや待て、黒髪で坊主と知り合い……まさか……」
ライノスさんが訝しむ。あれ? 叶さんの説明してなかったっけ?
ファスを見る。
「そういえば、してなかったように思えます。今の格好も目立たないように適当に着替えてもらった感じですしね。話しておいたほうが良いでしょう」
「えっと、真也君と同じ転移者で【聖女】のクラスの、桜木 叶です。よろしくお願いします」
ライノスさんが無言でスキットルを地面に落とし、数秒後お腹に手を当て始めた。
「どうしたんですか?」
「いや、胃が……一応俺も【聖騎士】だからな、それなりに信仰心とかあるんだよ。それをお前いきなり聖女様が目の前にいるって言われて平静でいられるか」
ストレスで胃痛を起こしたらしい。豪快に見えて意外と気を使う性質だからなライノスさん。
「そんな時こそ、出番だ叶さん」
「ちょっと待って、杖持ってくるから」
「待て、止めてくれ、聖女様のスキルを受けるってのは聖騎士にとっては儀礼的にも重要なことなんだ。それを胃痛で受けるのだけは勘弁してくれ、後生だ……」
そういや、宙野についてきた騎士達も叶さんのスキルを受ける時変なリアクションだったな。
やっぱりこの世界の常識だと聖女ってのは特別なんだろうか。
まぁライノスさんの胃は心配だが、話を進めよう。
「どこまで話しましたっけ?」
「なんでここに聖女様がいるかは後で聞こう、とりあえず魔王種についてだ。カルドウスってのは教会にも伝わる魔王なわけだが、実際の所、今代のデーモンの魔王種が名前だけ名乗っているだけだろう。それでも脅威であることには変わりないがな。そのデーモンには逃げられて、もう一体のクイーンは倒したとファス嬢ちゃんから聞いた」
「倒したというより、食べたんですけどね」
「美味しかった」
その一言でまたライノスさんが凍り付く。
「ちょっと待て、討伐したんだよな。一パーティーで魔王種を討伐したというのはにわかには信じられんが……」
「違います。ここにいるフクちゃんが一人でクイーンを倒して食べたんです」
困惑しすぎて、固まっているライノスさんの前でフクちゃんが、元の蜘蛛の姿に戻り、すぐにまた人間の姿になる。
「おばさん、食べて、変身できるようになった」
ライノスさんには姿を見せてよいと思ったのか、人見知りのフクちゃんにしては珍しくライノスさんの前にでている。
「おい、ちょっと待て、コイツ、坊主の従魔か? それが単体で魔王種の討伐……つまりこいつ魔王種並みの強さを持っているってことか」
「フクちゃんは食べた魔物とかの力を自分のものにするので下手すれば魔王種より強いと思います」
「エッヘン」
「…………」
再び無言になる。ライノスさん。
心配になってのぞきこもうとすると、そのまま前のめりに倒れる。
「ライノスさあぁあああああん」
「気絶してるべ、完全に許容量を超えたんだべな」
「……とりあえず、精神の回復かけるね【星守歌】」
結局聖女のスキルを受けることになったライノスさんが起きた後、宙野との確執とか叶さんとのことで恨みをかっているだろうことを説明した結果。
「こうなりゃヤケだ。酒持ってこい酒、飲むぞ馬鹿野郎。そんで明日考える!! とりあえず、坊主と聖女様は隠れてろ、多少金がかかってもいいから婆さんに連絡とって指示を仰ぐ。話はそれからだ!」
そう言われ、僕等はテントに戻ったのだった。
予告まで進みませんでした。すみません(土下座
今回から台詞も一行間を入れてみたのですがどうでしょうか?
こちらの方が読みやすいのであればこのままやっていこうと思います。
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