第九十四話:勇者からの逃走
普段の僕ならまず言わないであろう、ハーレム宣言。
正直な所、相手が宙野でなければこんなこと言わなかったと思う。
闘技場での敗北だったり、生理的にこいつが気に食わなかったりでついむきになって言ってしまった。
だけど言葉にすることで、自分の中ですっきりした部分はある。
なんていうか言葉って『形』の一つなんだなぁと実感した。ただし、言われたほうはムカつくだろう。
その宙野は僕に向けた切っ先を震わせ、顔には青筋を浮かべている。
「このクズがぁ! 叶を離せぇ!」
宙野が剣を構えなおす。スキルを使うつもりか? だが、この距離なら出る前に潰せる。
そう思い、前に出ようとするが足に力が入らず、トアに支えられもう一度抱きかかえられる。
「トア、僕は大丈夫だから、離してくれ」
「どう見ても大丈夫じゃないだよ、いくら何でもその疲労で戦わせるわけにはいかねぇべ」
「そんなこと言ったって。向こうがやる気なんだ。対応しないとスキルがくるぞ」
宙野が構えた瞬間から魔力が剣に集まっているのを感じる。
が、次の瞬間地面から氷の杭が僕等の周囲へ飛び出してくる。
それは宙野の動きを封じるように(ついでに後ろの騎士も)突き出し牽制した。
「トアの言う通りですご主人様。口惜しいですがここでの戦闘は避けるべきです」
(コロセルヨ?)
フクちゃんさん、普通にできるけどみたいな感じで言わないでください。
一応僕のリベンジ相手なんだから。
「これは……ファスさんのスキルか? 吉井、男のクセに女性に守られて恥ずかしくないのか!」
「た、確かに」
的確な指摘にグウの音も出ない。
「いや、真也君。そこは言い返そうよ。一回落ち着こう。私は言いたいこと言えたしね」
「ここであったことは、ギルドに報告したほうがよいでしょうし、遅かれ速かれ貴族達の耳にも届くでしょう。……勇者、貴方にとっても重要な情報かもしれません。話を聞いてください」
パキンと氷が砕け宙野が自由になる。
「……話を聞こう」
騎士達が回復途中の身体を押して宙野に駆け寄る。まぁ今の魔術を見せられたらな。
「この場所で二体の魔王種を確認しました。一体は私達の仲間が倒しています。死体はそこに」
(ゴチソウサマー)
トアに再び背負われながら横を見るとミイラのようなアラクネの死体が横たわっている。
うーん、グロい。
「魔王種が二体、そんなことが……いや確かに魔王種の可能性は示唆されていたが……」
「だが、だとすれば一体どんな魔王が……」
「だとすれば、彼らは魔王種の討伐に成功したということか」
後ろの騎士達に緊張が走っている。
「もう一体の魔王種はご主人様が退けましたが、女神の封印の中に戻ると言っていました。デーモンの魔王種でカルドウスと名乗る魔物です。不完全な様子で勇者に因縁があるような口ぶりでした」
勇者のスキルか聖女の加護ないとダメージを与えれないって言ってたっけ?
「馬鹿な! 伝説のデーモンではないか? 過去に勇者が倒したはずだ」
「しかも退けたと……にわかには信じられん」
宙野は口元に手を当て何かを考えこんでいる。そんな宙野に騎士の一人が耳打ちをした。
「……なるほど、そういうことか。わかったぞ吉井、お前の狙いがな」
「……多分違うけどどうぞ」
絶対因縁付ける気だろ。というか騎士は何吹き込んだ。
「この場に二体の魔王が居たというのは本当のことだろう。そしておそらく魔王同士の戦いが起きた。敗れた魔王を、さも自分が倒したようにしたというわけだ。残った魔王は勇者である俺が近づいたことで逃走をした。こう考えれば辻褄があう」
いや、そんなバカな。ちょっと考えればそんなことは破綻しているとわかるだろう。
「一応、言っておくけど叶さんもここにいたし、カルドウスと対面している。確かこの世界には嘘がわかる道具とかあるんだろ? 僕等が本当のことを言っているかなんてすぐにわかるはずだ」
「わかってないな吉井。もしお前の言っていることが正しくても、そんなことは関係ないんだよ。得体の知れない男が偶然魔王種を討伐したという事実よりも、勇者が伝説の魔王種を退けたという英雄譚を皆は望むんだ」
傷がいえた騎士達も剣を抜いて構える。
「ちょ、翔太君。それって……」
(サスガニ、ヒクワー)
フクちゃんがドン引きしていた。つまり、魔王種を倒したのは自分ってことにするってことか?
まぁカルドウスは倒せてないし、アラクネにいたってはフクちゃんが単独で討伐してるけど。
「叶はこの場で取り戻す。吉井、お前さえいなければ全て俺のものになる。幸いこの場を見ている者は誰もいない【地喰ら……】」
「フクちゃん!!」
(リョウカイ)
ファスの声かけにより周囲に隠されていた糸が、騎士もろとも宙野に巻き付く。
「逃げるべ、旦那様掴まってるだ」
「【氷華・アヤメ】」
ファスが地面に杖をさし、一面に鋭い氷の花畑を作る。
「陣形を取れ【重盾守】!」
騎士達が足元の氷から懸命に守るが、全てを防ぐことはできていない。
その隙に僕等は踵を返し全力で逃げ出した。
「本っ当に信じらんない! まさかあそこまで頭悪いとは思わなかった」
「情報を渡せば休戦できると考えた私が馬鹿でした」
「よいしょっと、マスターだいじょぶ?」
隣で叶さんが走りながら叫び、ファスが悔しそうに歯噛し、フクちゃんが人間の姿に変わる。(戻りながらワンピースを着るという器用なことをしていた)
「大丈夫だ。トア降ろしてくれ、自分で走れ……グゥ」
「うわぁ、旦那様この状況で寝てるべ」
「限界だったのだと思います。トアは走れますか」
「大丈夫だべ、森の中で撒ければいいだけんどなぁ」
「ボクがおばさん(テオドラ)の巣を使って足どめできる」
というわけで僕等は森の中でなんやかんや言いながら、勇者達から逃げ出したのだった。
短くてすみません。令和になってもよろしくお願いします。
次回予告:ギルドで一服、桜木さんとの契約?
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