第九十三話:ハーレム宣言
颯爽とペガサス(のような従魔)から降り立ち、この場にいる皆を守ると宣言した宙野だったが、まず要求してきたのは叶からの回復だった。
「ここに来るまでに魔物に襲われてね、倒しても良かったけど、叶のことが心配でちょっと無理しちゃったんだ。回復を頼めるかい?」
「えっ、わぁ! 後ろの騎士さん。すごい怪我じゃん。すぐに治すよ【星涙癒光】」
宙野自身には目立った傷はなかったが、その護衛の騎士は装飾もはがれ激闘を物語っていた。
宙野のペガサスとは違い、彼らのペガサスにも疲労が見られている。
「け、結構です聖女様、我等にはポーションがありますので」
「はいはい、そういうのいいから。もうスキル発動しちゃったからそのまま休んでて、この辺りには魔物もいないから休めるよ。ペガサスちゃんも回復させないとね」
騎士だけでなくペガサスにも個別に回復を重ね掛けしていく叶を見て宙野はヤレヤレと肩をすくめる。
「あんまり魔力を使いすぎるなよ。まったく、昔から優しすぎるよ叶は」
そんな叶の様子を笑顔で見つめている。それは桜木 叶のことなら俺が一番わかっているとでも言いたげな表情だった。
(どうするー?)
人の姿を見られたくなかったのか、子蜘蛛の姿に戻りファスのローブに隠れたフクからの念話がファス、トア、叶の脳内に響き。緊急会議が開かれた。
(……どうすると言われても……さっさと切り抜けて、帰りましょう)
(というか旦那様にまだ気づいてねぇべ、さっきから叶とファスしか見てねぇもんなぁ)
(気づいてないふりしているけど、さっきから視線が露骨なんだよね。まいったなぁ、何とか爆睡している真也君を隠せないかなぁ)
(そうしたいのはやまやまですが、難しいでしょう)
(オラが旦那様を担いで逃げるってのはどうだべ?)
(いよいよ、話がもつれたらそうしましょう)
(……人間、メンドウ)
フクは面倒臭くなったのか周囲の糸で警戒する方向に意識を向けることにしたらしい。
結局大した解決策は思い浮かばず、すぐに宙野がファスの方に歩み寄る。
「やぁ、ファスさん。大丈夫かい? 後ろの獣人の方も僕等がいれば安心だよ、そこに寝ている人も……吉井!? なんでっ! 死んだはずだ!!」
「あちゃー」
「トア、一応準備をよろしくお願いします」
「了解だべ」
手斧をベルトに差し込んで、両腕を空けたトアが吉井を担ぐ。
翔太はあろうことか腰の剣を抜いて切っ先をトアの背中にいる真也に向け、トアとファスに緊張が走り、フクちゃんが糸による防御を展開しようとする。
叶がその様子をみてすぐに間に入った。
「そいつを降ろせ」
「翔太君、ちょっと、ストップだよ。なんで剣なんか向けてんの?」
「聖女誘拐の犯人が分かったからだ。覚悟しろ、皆、その担がれている男を捕まえろ!!」
「いやいや、どうしてそうなるの」
叶が必死に誤解を解こうとするも、宙野の脳内では、砦での魔法陣を使った移動からして全て吉井のものだと思い込んでしまっていた。
指示を受けた騎士達も聖女が間に入っている状況ではどう動いて良いのかわからず困惑するばかり。ファスが魔術の準備を始め、トアがいつでも走りだそうと足に力を入れた所で背中から間の抜けた欠伸の音が聞こえた。
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気持ちよく寝ていたのに、周囲の喧噪で眼が覚める。
目を開けると、うなじが飛び込んで来た。どうやらトアに背負われているらしい。
ボーッとする頭で周囲を確認すると、目の前に宙野がいてこっちを見ている。
「旦那様、起きたべか」
「嘘っ【導眠星灯】は身体がある程度回復しないと目が覚めないスキルなんだけど……相変わらずチート並みの回復力だね真也君」
「すみませんご主人様。厄介な状況です」
「まだ、大分眠いけどね。なんで宙野がここに?」
いずれリベンジしたかった相手ではあるが、流石にカルドウスとの戦いの後に戦うのは勘弁だ。
両腕の火傷と指先の骨折は綺麗に治っているように見えるが、実際に動かしてみるとまだ違和感がある。
疲労も酷い。あぁまだトアにおぶってもらいたいが、そんなこと言える状況ではないようだ。
とりあえず、降ろしてもらい宙野に向き直った。
「吉井、自分が死んだと偽装していたんだな」
「否定はしない」
偽装と言うより、貴族側に戻らなかっただけだけど。
「そして、機会を探り、叶を誘拐した」
「……いや、してないよ」
なんで、そんな話になってるの?
横をみるが、どんよりした視線をファスから返された。なるほど厄介だ。
こういう時は、叶さんに丸投げしよう。
そう思い、叶さんにアイコンタクトを送ると、叶さんは顎に手をあてて考え事をしているようだった。
僕の沈黙を図星だと思ったのか、さらに宙野が糾弾しようと前にでると、叶さんが杖を前に出してそれを止める。
「……翔太君」
「叶、いくら叶が優しいからって、誘拐犯を庇うのは彼の為にもならない。本当のことを言うんだ」
宙野の方を向いているので叶さんの表情はわからないが、背中からなんだか怒っているようなオーラが出ている。……うん、絶対怒ってるよあれ、宙野何したんだ?
「ちょっと、聞きたいんだけど、翔太君達は私と別れてからどうなったのかな?」
「叶、今はそんなことを……」
「いいから、話してくれない?」
……これはダメですわ、一番怒っている時の叶さんですわ、昔図書館の本を延滞した上にコーヒーをこぼしてたのがバレた時と同じテンションだ。あの時はガチ土下座して本を弁償したっけなぁ。
「ご主人様、あの、なぜ震えてるのですか?」
「ちょっと、トラウマが……」
(カナエ、怖い)
「多分カナエは何で勇者がここに来たのかって部分でピンときたんじゃねぇだべかなぁ」
(オバサンのせい。ここに居た魔物が、勇者がこの場所に来るように魔物達に指示を出してた)
「そんなら、なんで叶がこの場所にいることに驚かないんだべ? まぁ想像はつくべな」
トアは叶さんがどうして怒っているのかわかっているようだ。僕は全然わからん。
「魔法陣で避難場所まで転移して、安全な場所まで行こうとしたら、避難場所にも魔物がやってきて、他の転移者と分断されながら、なんとかはぐれた叶を助けようと、必死でここまで来たんだ。もちろん君の為に」
「魔物に襲われながら、そもそも全く違う場所へ転移した私を追いかけて来た。そんなこと普通じゃ無理だよ。いろいろツッコミ所はあるけど、一番はこれだよね。翔太君? 私に発信機みたいなもの付けているでしょ?」
「なっ、そんなこと、僕がするわけないだろう!」
「そうだよね、翔太君はそんなことしないよね。多分教会じゃなくて国から貰った装備……多分このイヤリングなんか、怪しんじゃないかな」
そう言って、黒髪をかき分け耳からイヤリングを外す。
「いま教会で保護している転移者の中には、【上位鑑定】持ちの子がいるんだよね。調べればすぐにわかると思うけど」
【上位鑑定】か、多分日野さんだろうな。
宙野はため息をついて、今度は叶さんの肩に手を置いて言い訳を始めた。
なんだろう、ちょっとモヤッとするな。
「叶、これは君の安全の為だ。僕等は特別な存在なんだ。君を守るために必要なことだったんだ。秘密にしたのは悪かった。この通り謝るよ。でもおかげで今だって誘拐された君の元へ来れた。君は昔から荒事は苦手だろ、だから僕が守らなくちゃいけないだろ?」
叶さんは無言で肩に置かれた手を強くはたいて、振り向きこっちへ歩いてきた。
表情は笑顔だったがどっちかというと獣が歯をむいているというイメージの方がしっくりくる。
そしてそのまま、僕の首に手を回して引き寄せキスをした。
「か、叶っ、何を……」
「叶さんっ!?」
宙野が叫ぶ、いや僕も叫びたいです。なんで火にガソリン入れるような真似をしてるんですかね叶さん。
「それでこそカナエです」
「勘違い男にはそれが一番だべ」
(ヒューヒュー)
茫然としている男二人(僕と宙野です)を置き去りにして、盛り上がるパーティーメンバー達。
叶さんはキスの後に僕を抱きしめてから宙野に向き直る。
「このっ、勘違い男! ストーカーっ! 私はあなたが思っているようなお上品な女の子じゃない! 私はホラー好きで、虫好きで、都市伝説好きで、真也君が大好きな。特別じゃなくて変わっているだけの女の子なの。言っておくけどもう告白してOK貰って、ファスさんやトアさんやフクちゃんと同じように真也君のハーレムメンバーだからっ!」
あぁやっぱりあの夜のことはOKとなってるんだ。いやそのつもりだったけど、まだ覚悟が固まりきってなかったりしてたんだけどなぁ。
なんていうか、ファスにしろ叶さんにしろ女性ってやつはいつも僕の数歩先に進んでいる感じだ。
でも、ここまで言わせて、知らないなんて言えるわけがない。
多分、この場でこのセリフを言ってしまったなら。今後凄い面倒なことになりそうだけど、そんときゃ皆で立ち向かおう。
やっと覚悟を決めて、半ばヤケクソに、僕は宣言した。
「そうだっ! 皆、僕の女だ。手を出すなっ!!」
その言葉を受けて、ファスが身を寄せ、トアが後ろから頭を抱き寄せて来た。そして叶さんが笑顔で腕に絡みつく。フクちゃんは肩に乗って「ボクモー」と念話を飛ばしていた。
……あぁ爺ちゃん。多分今僕は、相当悪い男に見えるんじゃないかな。
更新遅れてすみませんでした。
言っちゃった吉井君です。頑張って男をみせて欲しいです。
次回予告:手柄が横取りされる!?
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