第九十二話:フクちゃん、復活! 勇者参上!
手ごたえはあった。会心の一撃だった。
爆炎を纏った手刀はカルドウスの身体を切り裂き、喰いこみ、爆ぜる。
命中に不安のあるファスが放った炎弾を【掴む】ことで加速させ正確に相手に叩きつけるこの荒技は、練習の時から威力は抜群だったが、【息吹】を掴むのは並大抵のことではなく生傷は絶えないものだった。
それでも【拳骨】と【掴む】を併用することで精々少しヤケドする程度ですんでいたのだが……。
「……痛ってえ」
爆炎と煙が晴れて最初に目に入ったのは自分の腕だった。
手甲は完全に壊れ、微かに布切れのような残骸が腕に乗っているだけであり、前腕は両手とも完全に焼けただれ、炎弾を抑え込めず、爆発の衝撃で無理やり剥がされた両指は何本かあらぬ方向へひん曲がっている。
練習でも見たことない、最高威力の【息吹】をこの場で吐き出すとは流石ファスだ。
というか【掴む】ってやっぱり実際の手と連動してんだな。
「ご主人様っ!!」
「ちょ、真也君!? 大丈夫なの?」
ファスと叶さんがあげる声がどこか遠くに聞こえる。
両手から伝わる激痛は耳鳴りとなってガンガンと頭の中で反響している。
それまでのダメージと相まって視界が狭くなってきたが、やり遂げた満足感はあった。
あぁ、ギースさん見てくれまし……。
「見事だったね」
子供の声、だがその声音から変わらぬおぞましさを感じる。
頭に血が上り、途切れかけた意識が覚醒する。
先ほどまで何もいなかった場所に一人の少年が立っていた。
というか、誰なのかは明白だろう。
「カルドウスっ!」
「いや、見事だよ。不完全とはいえ、この身体での余の存在核は破壊された。もう一度封印の中にもどらなきゃね。また会おう【竜の後継】達、余の妻にもよろしく言っといてくれないかな。やはり彼女は余の連れ合いに相応しい」
フクちゃんの繭を見ながら、まるで本当に子供のように軽やかに言葉を紡ぎ、笑みを浮かべている。
クッソ、両手が上がらない。
ならばと、両足を踏ん張り、頭突きをかまそうとすると、身体が消えつつある少年姿のカルドウスを飛んできた斧が切り裂いた。
「旦那様っ大丈夫だべか!?」
トアが斧を手元に戻し、僕を庇うように前に立つ。
「フッ、アハハハッ」
無邪気な笑い声を残しながら、カルドウスは今度こそ黒い靄となり、空へ消えていった。
「上等だ、覚えてろよ。ギースさんの仇は取らせてもらう」
悔し気にそう言ったものの、身体は満足に動かず、そのまま倒れこんでしまう。
トアがとっさに抱きかかえてくれる。鎧越しでなければよかったのにな、とかこんな状況でも考えてしまう。
そしてファスと叶さんが傍までやってくる。
「吉井君、大丈夫!? 【星涙癒光】」
「ご主人様申し訳ありません。自分でもわからないほど強い火力になってしまって……」
「いや、僕の【掴む】が未熟だっただけだから、ファスは悪くない。まだ要練習だな」
治療の為に鎧と服が脱がされ、ポーションを掛けられる。叶さんの回復もあるし大丈夫そうだな。
「仲間の技が一番のダメージとか笑えないべ。というか、カナエもファスもさっき潰されたダメージは大丈夫だか?」
「問題ありません。ご主人様が傷を引き受けてくれましたから。ただ、少し疲れましたね」
「私の方も問題ないよ。【聖女】って回復力とかも高い職らしいしね」
二人とも無事なようだ。
ただ、こんな時フクちゃんの泡があれば便利なんだが。
……あっ
「フクちゃん! さっき、助けてくれたよな」
叶さんの回復を受けて立ち上がり、繭の方へ行くと繭は微かに脈動し、今にも孵る寸前の卵のようだった。
「ちょ、ちょっと私も触りたい!」
「繭なら後で触ればいいべ」
「今はフクちゃんに譲ってあげましょうカナエ」
後ろでフクちゃんの繭に飛び掛かろうとしている(蚕とか好きだもんなぁ)叶さんをファスとトアが宥めていた。なにやってんだか。
それよりも今はフクちゃんのことだ。正直疲労が強く倒れそうだが、フクちゃんが待っててくれって言ってたからな、気は失えない。
向き直り繭へ手を伸ばすとトクントクンと拍動を感じる。
「フクちゃん、大丈夫なのか? さっき、助けてくれてありがとう。いつもフクちゃんに助けられてばっかりだな。本当にありがとう。初めて会った時から情けないマスターでごめんな」
数時間離れていただけなのに、森で一人戦っていたフクちゃんのことが心配でたまらなかった。
こうして戦いが終わると思うんだ。
きっと、この後にトアが美味しいご飯を作ってくれて、それをファスと叶さんとフクちゃんと食べるんだ。それが楽しみで、当たり前のような自然なことで、大事なことなんだ。
「あぁ、お腹減ったな」
「……ボクも、おなか、減った」
繭の中から、念話ではない澄んだ笛の音のような声が返ってきたと思ったら、繭が解けるようにゆったりと開き、その中から。
「マスターぁあああああああ」
「のわぁっ!?」
何かが突進してきた。普段ならば受け止められただろうが、疲労困憊でそのまま倒れてしまう。
見上げると、白い髪に朱い目の小さな少女がそこにいた。
髪はファスより長いほどで、濡れているように煌めいている。
右の朱い目の上にさらに小さな複眼のようなものがあり、異形であることを証明している。
幼い少女のようなほっそりとした体躯で、僕をみて満面の笑みを浮かべていた。
そして、その体は陶器のように白く……いやいやいや。
「というか服、服っ」
「フク? そうだよマスター、ボクはフクだよ」
「いや、そうじゃなくて、えっフクちゃん!? その姿は一体!?」
「とりあえず、泡だすね、ブクブクー」
驚きと同時にやっぱりという感想が出てくる。見かけはまったく違うが印象はフクちゃんを思い起こすものだったし、繭から出て来たんだから、そうなんだろうけど、どうしても混乱してしまう。
というか、この状況(裸の幼女に抱き着かれながら泡まみれになる)は不味い。
「待つんだ、フクちゃん、この状況は不味い、社会的に死んでしまう」
「マスター、無理しちゃダメ」
「違うんだフクちゃん、一旦離れて話を……」
「ヤダー」
「いや、ちょ、力強いっ!? ファスっ! 助けてくれ」
助けを求めファスを見ると、なぜだかファスは指先で眦を拭っていた。
「グスっよかったですねフクちゃん。でも一番奴隷は私ですよ」
「旦那様は知らねぇだろうけど、フクちゃんは陰ながらに努力してたんだべ。これでオラも遠慮なしに旦那様に奉仕できるべな」
チクショウ! 異世界組はダメだ。
「叶さん。とりあえずフクちゃんが離れるように説得を……」
「……真也君、私も覚悟を決めるよ、これが異世界なんだね……」
この上なく優しい笑みを浮かべられた。いや元いた世界の倫理観を大事にしてっ!
さっきまでこれ以上ないほどシリアスだったのに、なんだこの状況は。
「実際回復必要なんだからおとなしくしとこうよ。大丈夫、私そういうの理解あるから【星涙癒光】【導眠星灯】」
回復のスキルと共にほわほわと目の前を優しい光が包んでいく。
あぁ、ダメだ。高い体温と柔らかいフクちゃん(人間モード)の感触が気持ち良くて……グゥ……。
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「マスター? 寝ちゃったの?」
「みたいですね、腕の怪我は大分酷いようでしたが、大丈夫でしょうか?」
「私のスキルなら骨折位なら余裕で治るし大丈夫だと思うよ」
「とりあえず、フクちゃんは服を着た方がいいべ」
裸のまま吉井に抱き着いていた少女にトアが装備を脱がす際に預かっていたアイテムボックスから予備の服を取り出そうとする。
「いらないよ、トア。ボク、自分で作れる」
そう言うと、フクと名乗る少女は繭を作っていた糸を一本指先で摘み引く。
すると、糸が集まり簡素なワンピースとなった。
そのままフクはそれを着ようとするが、上手くいかない。なにせ服を着る行為自体が初めてなのだ。
「手伝いますよ、フクちゃん」
ファスが手伝い服を着させる。その様子は姉妹のようで、傍に冒険者の死体さえなければ微笑ましかっただろう。
「いやぁ、ちょこっとだけ話聞いていたけど、本当に人間になれたんだね」
「厳密には人間の姿になれるスキルを習得したということなのでしょうけど、元の姿には戻れるのですか?」
「できる」
ワンピースがパサリと落ち、一瞬でいつものズングリムックリとした、白い蜘蛛の姿に戻る。
「可愛い!!」
叶が顔を寄せると、ピョンとワンピースを爪の先に引っ掛けながら飛び退く。
(カナエ、コワイ)
「えええええ!!」
ガーンと衝撃を受け膝をつく聖女、本気で泣き出しそうなその表情をみて哀れに思ったのかフクちゃんは叶に近寄りチョコンと膝に乗る。
(ジョウダン、カナエ、コワクナイ)
「フクちゃああああん!」
そのまま抱き着こうとする叶の抱擁を躱し、フクはまた少女の姿に戻る。
今度はそれほどてこずることなくワンピースを着ることができたようだ。
「もう、繭とかなしでも変われるんだべか」
「うん、最初だけ、身体を調整するのに時間かかった。いっぱいできること増やしたから」
魔王種であるテオドラを取り込み、アラクネの性質を我が物にしたフクは人間と蜘蛛の強みを最大限に使える身体の構築の為に繭を必要としたらしい。
「マスター、気に入ってくれたかな……おっぱい小さいけど」
「大丈夫です。ナノウさんも言われてましたが、持たざる者の武器もあるのですよフクちゃん」
フクちゃんの手をとり、励ますファスの言葉はあるいは自分に言い聞かせているのだろう。
「うん、ボク、頑張る」
「その意気です!」
何がとは言わないが、無い組の結束が強まる様子を見ながらトアと叶はボソボソと会話していた。
「いやーというか、改めて見るとちょっと信じらんないレベルで可愛いよね。これは反則じゃないかな」
実際、人間の姿をしたフクの姿は幼い容姿でこそあったが、それゆえのあどけなさと異形が交わり神秘性を帯びており、フードを脱いだファスにも負けないほどの透き通るような美しさを誇っている。
その内面性からくる純粋さも相まって思わず手を伸ばしてしまうような、見るものが求めずにはいられぬほどの強烈な魅力を容赦なしに周囲に振りまいていた。
「フクちゃんが半端な仕事はしないと思っていただが、これは想像以上だべな。下手に貴族とかの目に付かないように気を付けた方がいいかもなぁ」
「なんだか、女としての自信がなくなっていくよ」
「いや、カナエも相当だべ。それに旦那様は中身もちゃんとみてくれる人だべ」
「ありがとうトアさん。うん、私も気合入ったかな。しかし真也君、順調にハーレムだね」
「強い雄の定めだべな。オラは皆と群れに入れて幸せだと思うだ」
「アハハッ、お母さんが聞いたらきっと泣くだろうね。でも私もそう思う」
笑みを浮かべながら、眠る真也のことを叶が指先でつつく。
「まったく、思ってたのとは違うけど。幸せにしてよね」
ツンツンとつついていると、ひとしきり結束を強めたのかファスとフクがこちらにやってきた。
「ご主人様はもう少し眠らせてあげましょう。とりあえず、冒険者達の死体を運ばないとダメですね。木々がありますがここは開けていますし、狼煙を上げましょう。運が良ければ見つけた冒険者が応援をよこしてくれるはずです」
「だべな。とりあえず、スタンピードの魔物がこっちにこないか見張るべ」
「そうですね、幸いこの場所はフクちゃんが糸でかなり広範囲を把握できるようです。私達も疲れていますし休憩を……チッ、トア、カナエ、やっかいなことになりました」
露骨に嫌悪感を浮かべ、ファスが一点を見つめる。
「どうしたんだべ?」
「何人かこちらへ向かってきます。問題はそれが勇者だということです」
「えぇ! なんでこの場所がわかるの? ……まだ奴隷契約結べてないんだけどなぁ」
戦闘の疲労が癒えておらず、眠っている吉井のこともあり、動きが取れない一行の前にペガサスに跨り白銀の剣と白い歯を輝かせ宙野 翔太こと【勇者】と護衛の上級騎士達が降りてくる。
「大丈夫か叶。俺が来たからにはもう大丈夫、おっとファスさんもいるのか、安心してくれ、僕が君達を守るよ」
爽やかに笑いかけてくる。勇者に対し、フクが一言呟いた。
「ころす?」
「賛成したいですフクちゃん」
この後の展開を考え頭が痛くなるファスだったが、そんな奴隷の悩みは露ほども知らず吉井は爆睡していたのだった。
というわけでフクちゃんがやっとこさ人間の姿に慣れました。もちろんアラクネとしての半身だけ蜘蛛姿とか色々書いていく予定です。そしてスタンピード編の決着でした。次回からは勇者や他の転移者達とのからみが増えていくかもしれません。もちろんざまぁも書いていきます。よろしくお願いします。
次回予告:勇者は激怒した。
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