第九十話:誰にも渡さんっ!!!!
大岩の砦から走り続けて、二時間ほど経っており、僕とトアは自分の足で、ファスと叶さんは馬に乗って森を目指していた。
途中何度か魔物の群れを見つけたが、彼等は一目散に逃げており、僕等が横を通り過ぎても無反応だ。
時折攻撃が飛んでくることもあったが、僕等に届く前にファスが打ち落としている。
……真後ろからの攻撃すら氷の弾丸で打ち落とす辺り、死角なんてないんじゃなかろうか?
「ファス、森まであとどのくらいだ?」
「このペースなら、あと30分ほどで森に着けると思います」
「旦那様、変な匂いがするべ」
クン、と鼻を動かしトアが声をあげる。
変な匂いってなんだ?
トアの合図で全員が止まる。フクちゃんは気になるが、少しでも気になったことがあるなら後回しにしない方がいい。
「これは……多分香水だべな。なんでこんな匂いが……」
「香水? 冒険者が近くにいるのか?」
「いえ、ご主人様。恐らくトアが匂ったのはアレでしょう」
ファスが指さす方向には、上半身が女性、下半身が蜘蛛の魔物が倒れていた。
「アラクネだね、もともとはギリシャの神話に出てくる――」
「……叶さん、その話はあとにしよう」
「アハハ、ごめんね」
嬉々として叶さんが語り始めようとしたのを止める。
ここで止めとかないといくらでも彼女は喋るからね。
警戒して近寄るが、すでにアラクネは死体となっていた。
……上半身だけなら、かなりの美形で精緻に作られた人形だと言われても信じてしまいそうだ。
近寄るとほんのりと甘い香りがする。アラクネは帯を体に巻いており、かなりきわどい格好で正直目線に困るな。
「確かに、甘い香りがするな」
「というかこの帯、王都で見たよ、今流行りの柄だって行商の人に勧められたもん」
「香水も人間が使うもん使ってるべ、行商から奪ったか、繋がりがあんのかなぁ」
「なぜ、こんなところで死んでいるのでしょう? フクちゃんが倒したならこんな綺麗な状態で死体は残りません。見る限り、このアラクネの身体には魔力が込められた糸が繋がれています」
「それでその糸はどこに繋がってるんだ?」
ファスは注意深くアラクネを観察しているが、首を横に振った。
「わかりません。あまりにも糸が複雑で読み取れません。ですが、このスタンピードの違和感と無関係ではないでしょう。もしかしたら魔物達を操っていたのかもしれません」
「糸で操るって、象徴的だよね。でもそれならますますどうして死んでいたのかわからないよ」
叶さんがそーっと指でアラクネの蜘蛛の部分を触ろうとしている。
まぁ彼女は蜘蛛が大好きだし、触ってみたいのだろう。
さて、アラクネの死体は気になるが、考えたってわからないものは仕方ない。フクちゃんの元へ行ったほうがいいかな。
そう思い、皆を促そうとすると、アラクネの死体から強い魔力が放たれた。
とっさに叶さんとアラクネの間に入る。
「伏せろ!」
「きゃあっ!」
「ご主人様!?」
「大丈夫だべか!」
アラクネの死体は、黒い靄を放ちながらドロドロに溶けていき、最後には黒い珠になって次の瞬間には消えてしまった。
「何だ今のは……」
あの黒い靄みたいなものの正体はわからないが、黒い珠には見覚えがあった。
ギースさんの胸にあったあの珠にそっくりだ。
「あのー、真也君? もしもーし」
息が当たるほどに近い位置から声が聞こえる。視線を降ろすと、抱きかかえてしまった叶さんがジッとこっちを見ていた。
あれー、おかしいな。間に入ったと思ったがそのまま腕に抱えてしまったのか、土ぼこりとアラクネとはまた違った甘い匂いに混乱してしまう。
すぐに離れて弁解をしよう。元居た世界ならセクハラだと言われてもおかしくない。
いや、そんな意図はないけど、向こうでも知り合いだった為か、なんか後ろめたくてしどろもどろになってしまう。
「ごめん、危ないと思っただけで、別に他の意図はないからっ!」
「わかってるよ、ちょっとビックリしたけど……うん? でもよく考えてみたら、それはそれで失礼じゃない? 一応こっちは告白もしてるんだけど……」
ジトーと睨まれる。どうやらどちらにしても、こうなるらしい。女心は難しいよ爺ちゃん。
「と、とりあえず。フクちゃんの所に行こう。今の黒い珠に関しては移動しながら話すよ」
「そ、それもそうだね」
「……私が一番ですよカナエ」
「まぁまぁ、ファス。今のは仕方ないべ」
ファスと叶さんが馬が乗って再び走り始める。
道中ギースさんの胸にあったおかしな珠とさっきの珠が似ていることを話したが、ファスもトアも心当たりはないようだ。
森へ着くまでにも数体のアラクネの死体をファスが確認したがすぐに消えてしまった。
何が起こっているのかわからないがよいことではないだろう。
程なくして森へ到着した。こうして見ると、この異世界へ来て初めて森へ入ったことを思い出す。
あの時はギースさんに言われて、ポイズンスパイダーを従魔にするために森へ入ったんだっけ、フクちゃんに会うために森へ入るってのは奇妙な符号だな。
「ここからは、歩いて進んだほうが良さそうですね。私の目とトアの鼻があっても奇襲される可能性は考えた方がよいでしょう」
「とりあえず、防御のバフをかけとくね【星光鱗】【星守歌】」
「ありがとうだカナエ。それにしてもこの辺だけ馬鹿に静かだべな」
「魔物がいる感じもしないな、というか森からも逃げてたみたいだし、気を付けよう。何よりギースさんをあんな風にした奴もいるかもしれない」
もはやクセになっている手甲の締め直しを行い。僕等は森へ足を踏み入れた。
フクちゃんを従魔にしているので【位置捕捉】で何となくの場所はわかる。
森は至る所に苔が生えて少し歩きづらいものの、拍子抜けするほど何もなく奥へと進むことができた。
「ファス、何かわかることはあるか?」
「フクちゃんの捕食の跡がありますが、それ以外は何もありません。あまりにも何もなさすぎです」
「む~逆に不気味だべ」
「お約束だと、絶対なんかあると思うけど、フクちゃんが全部食べたとか?」
「いくらフクちゃんでもそれは無理……いや、フクちゃんならできそうか」
マジでできそうだから困る。
とか話しているうちに開けた場所に出てきた、それなりに太い木々が綺麗に切られており、大小様々な魔物の死体が散乱している。
そしてその先には人間の死体が積み上げられていた。
その前に3~4mほどの巨大な繭が周囲の木々に糸を張ってぶら下がっていた。
「うっ、これって先に森へ入った冒険者よね。……【星守歌】で精神の保護をしてなかったらキツかったかも、後でちゃんと弔ってあげないと」
叶さんが杖を握り黙祷を捧げる。本人は聖女じゃないなんて言っているけど様になってるな。
僕もファスやトアと一緒に冒険者達に黙祷を捧げた。すぐにでも積み上げられている死体をどうにかしたかったが、まずはこっちの繭が先だ。
「これって、フクちゃんだよな?」
振り返りファスに確認すると、ファスが頷いた。
「はい、そうです。さすがフクちゃんですね。中からすごい魔力を感じます」
「おっきいべな」
「うわぁ、私でもわかるくらい、強い魔力だよ」
「なんでまたこんな繭なんか作ったんだ」
芋虫とかならわかるが、フクちゃんは蜘蛛だ。別に羽化なんて必要ないだろう。
何はともあれ、無事なようでよかった。人間の死体に心の中で合掌しながら繭に手を伸ばそうとすると背後から声がかけられる。
「余の花嫁に軽々しく手を触れるな」
ぜんっぜん気づけなかった!?
振り返るが、どこにも声の主は確認できない。ファスと叶さんは杖をトアは斧を構えているが、皆もどこから声がしているのかわかっていないようだ。
「ファス! 索敵を……」
言い終わる前に、目の前に曲げられた中指が見えた。
ピンッと指先で跳ね飛ばされる。額から血がでるが、それどころじゃない。
空中で体勢を立てなおし着地すると、氷柱が僕が立っていた場所に生える。
パチンッ
ハンドスナップの音が響き、氷柱が砕かれる。
そこで初めて僕をデコピンした奴をみることができた。
捻じれた角が二本、口は頬まで裂けており、その体は病的なほど細く肉などついていないようだ。
青白い肌をしており、赤い瞳の眼が額のも合わせて三つ。頬はこけている、今にも死にそうな病人のようだ。
黒い皮の手袋に上半身にフィットした袖の大きなチュニックを着ている。
そんな男が立っていた。
そしてその男のすぐ横にはファス達が立っている。
明らかに敵だ。そして、この立ち位置は不味い。こいつに皆を攻撃させてはならない。
せめて僕に意識を寄せないとダメだ。
【威圧】を発動させ、二歩で距離を詰める。その動きに合わせてトアが斧をファスがもう一度魔術を使おうとする。
「まっこと、人間は羽虫のように煩わしい」
スキルの発声は無かった。ただ人差し指を立てて下に振る、その動作で僕等は地面に叩きつけられた。
全員から呻き声が上がる。マジかよこれってファスの【重力域】じゃねぇか。
「そうしておればよい。余は今、機嫌が良いのだ。」
「【重力域】ッ!」
ファスの声が響く、身体にかかる重圧が弱まる。
トアは地力で立ち上がり飛び退いた。
叶さんとファスを抱きかかえ、距離を取る。
「ファス、助かった」
「【星涙癒光】【星光鱗】【星守歌】イタタ、顎を打っちゃった」
叶さんが回復とバフをまく、青い光が周囲に蛍の光のように優しく浮かび上がる。
「ありゃあ、何だべ」
トアが斧を構えながら、低く唸る。黒い痣のようなものが腕や顔に浮かんでいる。
昨夜一瞬だけ確認した【獣化】のスキルだ。身体能力が向上するパッシブのスキルらしい。
使用に際しいくつか問題があるから、現状あまり使いたくないって話だったが、使うことを決めたらしい。
ファスは視線を男から一切動かさず、集中している。
角の男は感心したように僕等を見ていた。
「フン、その忌々しい光。女神の奇跡か、戦場に【聖女】が来るなぞここ最近はなかったのだがな。そして我らと同じ【闇魔術】を使える魔術師……なるほど、貴様が今代の【勇者】というわけか」
……いや違うけど、すごいシリアスな雰囲気で申し訳ないが、【勇者】は宙野で僕は【愚道者】とかいう良くわからんクラスだ。
どうしよう、違いますよ、とか言っても大丈夫だろうか。下手に刺激したくないんだけどな。
「ご主人様を【勇者】なんかと一緒にしないでください」
静かにファスがそう言った。えぇ、ファスさん言っちゃうんだ。
「【勇者】ではないと? 確かに聖剣もなければ奇妙な雰囲気だ。だが、その目と髪の色、お前も転移者だろう? 面白いな【勇者】と【聖女】以外は転移者なんぞ取るに足らないと思っておったが、興味が湧いた。テオドラが死に、遊び場に興味が失せ、適当に呪珠を魔物から作っていたが、思わぬ暇つぶしになりそうだ」
角の男が踵を地面に打ち付けると、趣味の悪い髑髏の装飾の椅子が現れた。
男はその椅子に座り肘を置いてこちらを見る。それだけで内臓を掴まれたようなプレッシャーを感じる。
くっそ、なんなんだコイツ。というかさっきから妻とか言っているが……。
「さっきから、妻とかいっているが、もしかしてそれって、フクちゃんのことか?」
「フク? この繭の者はフクというのか。その通り、この者が余の100番目の妻だ。女神の封が解けるまでの手遊び替わりに嫁を集めていてな。テオドラはそれなりに可愛い奴であったが、このフクはそれ以上に魅力的である。戦いをずっと見ていたが、まさか魔王種を喰らうとは思わなんだ。様々な魔物の種の雌を集めたがフクはその中でも極上の存在になりうる。余は女の化粧をのぞくほど無粋ではない、フクが繭から出た時に正式に求婚しよう」
フムフム、文脈から言って多分テオドラってのがフクちゃんが食べた魔物だろう(魔王種とか聞こえたけどスルー)そんで元々そのテオドラを妻にしていたけど、それを倒したフクちゃんを新しく妻に迎えたいと……ハッハッハ。
「断るッ!」
力強く宣言した。フクちゃんをこんな変なおっさんの嫁には出さん。絶対だ。
「旦那様? なんか変なスイッチ入っているみたいだべ」
「ご主人様は前々からフクちゃんを猫可愛がりしていましたからね……」
「やっぱり、ラスボスはフクちゃんか」
(…………)
なんか繭からも呆れられたような念話が来たような気がするが気のせいだろう。
例え相手が誰であろうが、僕の大事なフクちゃんを渡すわけにはいかん。
両手を合わせ合掌、息を吸い、ゆっくりと吐く。
フクちゃんが動けない状況である以上、逃げることはできない。
相手の底は見えないが、全力で戦ってやる。
「奇妙な人間だな。まぁフクが繭から出てくるまでの暇つぶしにはなるだろう。名乗れ」
「その前に一つだけ聞きたいことがある。この森へ来た冒険者をアンデッドにしたのはお前か?」
それだけは聞きたかった。
角の男は首を傾けてニタリと笑った。
「あぁ、あの玩具か。テオドラからの貢ぎものとして楽しませてもらった。特にあの、鎧を着込んだ男はよかった。仲間を庇っておったから周りから順に殺したら良い表情をしていたぞ、名を教えてやりたいが名前を聞く前に余の玩具にしてしまった」
「……名前なら教えてやる。ギース・グラヴォだ。そして僕は、その弟子の吉井 真也だ」
「余はデーモン種の魔王『カルドウス・キスピオ』という。転移者と戦うのは久しぶりだ。楽しませよ」
ギースさん見ていてください。そう心の中で呟いて、僕は大きく一歩を踏み出した。
吉井君父性に目覚めてない? 更新が遅れてすみません。
次回予告:意地の一撃
ブックマーク&評価ありがとうございます。モチベーションが上がります。
感想&誤字報告いつも助かっています。感想がくるとやっぱり嬉しいですね。






