第八話:ポイズンスパイダーをゲットせよ
「そ、そうか。まぁ人の好みにとやかく言うものじゃあないか」
甲冑のおっさんはドン引きして一歩退いていた。一方ファスはこれまた信じられないものをみるような目で僕をみていた。
いいんだ。僕は男の意地を貫いたんだ……。
「それでなんの用ですか? 取り込んでいるのですけど」
「見ればわかる、……ハァ、拍子抜けしちまったな。それなりに覚悟決めてきたんだが」
「覚悟ですか?」
おっさんがハゲ頭をポリポリとひっかきながら、ドアの外に置かれたお盆を取り出す。朝ごはんかな?
「これは、そこで給仕から引き取ったお前らの朝飯なわけだが」
「豆のスープですか、おいしいですよね、それ」
「毒入りだけどな」
「えっ?」
マジ? まぁその可能性はあるだろうと思っていたけれど。
「時間がないから、手短に説明するぞ。これからお前のもとに出される飯は全部毒入りで、体の中に少しずつ溜まり徐々に体を蝕むものだ。あのボンボンは二か月後にある諸侯会議までにお前を殺すつもりらしい」
「僕を殺す理由は?」
「お前が他の転移者に比べて、話にならんほど使えず、他の貴族にそんな様をみせるわけにはいかんから殺すということだ」
グサッ、わかっているけど実際に言われるとそれなりに傷つくな。ちなみにファスは制服の上からボロ布にくるまり部屋の隅で防御するようにまるまっている。
「それでえーと」
「ギースだギース・グラヴォ、ここの騎士団の団長をやっている」
「ギースさんはなぜそれをわざわざ教えてくれるのですか?」
「……気まぐれだ。強いて言うなら、あのボンボンにはうんざりしてるってことさ。一泡吹かせてやりたいからお前を利用するってわけだ」
「僕らを助けてくれるんですか?」
「あくまで、できる範囲でだ。自分の身を犠牲にするつもりはない。手助けくらいはしてやるってわけだ」
そっぽを向きながらそんなことを言ってきた。おっさんのツンデレなんて需要ないと思うのだが。
「ありがとうございます。あなたを信用します」
手を出して握手を求めると強く握り返してきた。剣ダコがありゴツゴツとしている祖父によく似た手だった。だからというわけじゃないがギースさんは信用できると思う。
「よーし、さっさと話を進めるぞ。とりあえず俺の考えはこうだ。まずお前を鍛える」
「へっ?」
何言ってるんだおっさん、今は脱出の話じゃないのか。
「お前なぁ、今のまま外に出ても野垂れ死ぬだけだぞ。幸い俺はボンボンにお前をしごけと言われている。一か月で戦闘の基本くらいは身につけさせてやる。そうしたら冒険者ギルドにでも行って自分の食い扶持くらいは稼げるようになるだろう。本来はもっと時間をかけるが、まぁ大丈夫だろ仮にも転移者だし」
確かに、今の僕はなんのリソースもないからなぁ。ファスもいるし最低限稼ぐ手段はいるよな。
「わかりました。でも僕はほとんど素人ですよ」
「それをどうにかするのがプロの腕ってもんよ。練兵は得意でな」
ニヤリと笑うギース。なんだこのおっさんカッコイイぞ。
「脱出は一か月後だ。伯爵の所から転移者を査察する役人が来る時を狙う。もてなしや書類の整理で忙しくなっているからな。もとより死んだことにしたがっている奴らだ。追われることもないだろう」
脱出は一か月後か、それまでにファスの呪いをどうにかしたいな。
「それで、当面の問題はこの毒薬ってわけだ。ちゃんと食っているか給仕が見張るらしいからな、それに食べなきゃ鍛錬もクソもない。というわけでお前はこれから毒を食べても大丈夫にならなきゃならん」
「スキルを使ってですか?」
それだとファスがご飯を食べられないのだが。
「スキル? 【解毒】でももってんのか? 残念ながらダメだな、そうとう高レベルじゃないとこの毒は解毒できないぞ。なに、そう難しい手段じゃない。今日は屋敷にボンボンも召喚士のやろうもいないからチャンスだ。近くに森があってな、そこにいまから行ってもらう」
「森ですか?」
解毒草でもとりにいくのかな?
「ああ、今ちょうど産卵期だ。お前ツイてるぜ」
「その言葉から、嫌な予感しかしないんですけど」
「昔からある。由緒正しい解毒の方法だ。つまりポイズンスパイダーを従魔にしろってことだ」
そんなことを言われてから数時間後、僕はやけにおどろおどろしい森の中にいる。渡されたのはナイフ、水筒、方位磁石、契約に必要だと言われた鑑定紙によく似た紙、あとはこっそり隠し持っている鑑定紙だけだ。
ギースが言うには、ポイズンスパイダーは低級の魔物で、成虫の大きさは日本でいうところの中型犬くらい。子蜘蛛はソフトボールくらいで昔から従魔としてよく使われているようだ。戦闘力はほとんどないが、大概の毒なら無効にするし、従魔になれば契約者を毒から守ってくれるとのこと。
その特性から要人の屋敷や、食べ物に毒が入れられる立場の人間は奴隷にポイズンスパイダーを従魔として契約させて毒見をさせるそうだ。
従魔とは、人間が契約により従えた魔物である。まぁ日本でいうところのペットみたいな立ち位置らしい。魔物は基本的に人間になつくことはほとんどないが、生まれたばかりの低級な魔物ならば従魔にすることができるらしい。
本来は魔物を従えるためのクラスを用い、そのクラスが捕獲した魔物と人の仲介をして契約を結ぶとのこと。従魔を持つのは一流の冒険者や貴族にとって一種のステータスらしくギースさんもなんらかの従魔を持っていると自慢された。
さて、そんな説明を投げやりにされて放り込まれたのは、明らかに素人が入っていけないレベルの深い森である。流石異世界、自然豊かだな。そんな現実逃避をしつつ藪をかきわけ森の奥へ進む。
ギースが言うには、転移者は強力な魔物とも契約を結べることが多いらしいのでポイズンスパイダーくらいなら余裕とのこと、ファスはまだうまく歩けないのでお留守番だ。出ていくときにこそっと耳打ちしてくれたのだが。
『転移者についてはわかりませんが、従魔の契約を専用のクラス以外が行うのは、非常に難しいと本で読んだことがあります。これはご主人様を殺す算段かもしれません』
『……わかった。警戒しとくよ。ありがとう』
『無事を祈っています』
このおっさんなら、こんな回りくどい方法をとらなくても僕らを殺せると思うけど。
そのあとは部屋をでて馬をあてがわれたが、勿論乗れないのでその旨を伝えると。
『これは、馬術も教えなきゃな』
とつぶやきつつ小さな馬車を用意してくれた。やっぱりいい人だと思う。
『いいか。俺はお前が屋敷にいないことを誤魔化すために、お前を森に放り込んだら一旦屋敷に戻る。日の入り前には戻ってくるから、それまでにポイズンスパイダーの子蜘蛛か卵をもってこい。森のいたるところに巣があるから腹から落ちているのを拾うだけだ。バカにでもできる、森の奥には行くなよ。浅いところから卵を持ってこい』
そう言って戻っていった。絶対もっといい方法がある。とか思いながらさらに藪をかき分ける。時々立ちどまり金属の水筒からぬるい水を呷る。蜘蛛の巣らしきものはあるが蜘蛛も卵も見つからない。
もう少し奥へ行くべきか、そう思って藪をかき分けると。
地面がなかった。
「えっ、うわあああああああああああああああああああああ」
蜘蛛の巣を見つけるために上を見上げていたことと、藪のせいで先が見えない状況が重なり先が崖になっていることにまったく気づかずそのまま僕は、がけ下にゴロンゴロンと転がっていった。
蜘蛛ってかわいいですよね。